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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第26話 一目惚れなんて迷信だ

 小遣い稼ぎを始めたことによって、週休一日というスタイルが確立してしまった。

 ただ、つらいといことはなかった。研究所でのお手伝いはそこまでハードではないし、一日寝て終わるよりは健康的だという見方もできる。お給料も出るし。

 とはいえ、本業はシステムエンジニア。あっちは副業なのだから、そっちにかまけるわけにはいかない。


「紫峰。急で悪いんだけど、今日の午後に会議出てくんね?」


 朝礼の後、申し訳なさそうな顔で近寄ってきた谷田は拝むように両手を打ち合わせた。


「会議? 何の?」

「環境調査会社の基幹システムの開発。本当は往訪しないといけなかったんだけど、顧客の都合で来訪させて欲しいって話になってさ」

「新規案件?」

「そ。どうせうちで会議やるなら開発からも会議出て欲しくて。部長に聞いたら飯田さんに出てもらえって言われて、飯田さんからは紫峰に出てもらえって。部長にも紫峰で許可取ってきたから!」

「出るのはいいけど、話の流れも分かんないし、特に役には立たないよ」

「要件の聞き取りの前段階だから、話しの流れを理解してもらえればそれでいいんよ。んで、議事録を飯田さんに報告してもらえると助かります」


 最終的にはこっちにお鉢が回ってくるだろうから、先んじて会議に入るのは構わない。担当中のプロジェクトが押していれば話は別だが、今はそんな状況でもないし。ただし、二年目の私には経験に基づいた発言をするのは難しい。本当に聞くだけの置き物になるだろう。

 快諾すると谷田は感謝の言葉と詳細はメールするとの言葉を残し、突風のように消えた。午前は外出らしい、あっちは忙しそうだ。

 メールボックスを確認すると、すでに会議の資料が送られてきていた。受信時間は朝礼が始まる寸前である。断られるつもりは微塵もなかったな、あいつ。


 顧客との初対面の会議はいつだって緊張する。午後までの時間はあっという間で、その間に資料は隅々まで確認したものの、悠長にする余裕は一切なかった。上司はよく営業部と一緒に外に出て行っているが、私はまだその経験が少なく、慣れない業務なのだ。

 谷田と営業部の先輩とが受付に客を出迎えに行ったため、私は一人、会議室で待機。あまり規模の大きな案件ではないと聞いているし、資料を見たところ難解なものではないと思う。

 ぐるぐるといろんな考えを巡らせていると、会議室の扉が開いた。音に合わせて席を立つ。

 谷田とスーツの男が二人。一人は一回りは年上だろうか。もう一人は同年代に見える。


「こちら弊社システム部の紫峰です」


 谷田に紹介され、私は自己紹介ともに深々と頭を下げた。

 先にこちらへ名刺を差し出してきたのは、きちりと背筋を伸ばした上司さんの方で、名刺に印字された「美湊環境測定株式会社」というに改めて妙な感慨を覚えた。ついでに技術部所属というのも親近感が湧く。

 続けざまに、新たな名刺が飛び込んでくる。


「同じく、営業部の三鷹みたか省吾しょうごです。よろしくお願い致します」

「頂戴致します」


 三鷹さんの名刺を受け取り、私も名刺を差し出す。――が、いつまでたっても紙は手元から消えていかない。なんで。

 相手の顔を窺えば、目を丸くして瞬きしていた。黒い短髪にシンプルな眼鏡、知ってる顔……ではないはず。三鷹省吾、名前にも聞き覚えはない。


「あの……?」

「あ、すみません」


 ぱっ、とほとんどぶんどられるように名刺が渡る。本当にどうしたんだ。あがり症だろうか、だとしたら気持ちはよく分かった。


「御社は美湊にあるんですね」


 人魚の住む海、美湊。私の中ではとても旬な場所である。


「紫峰さんは美湊へ行ったことはありますか?」

「え?」


 私の雑談を拾ったのは技術部の上司さんではなく、先ほど変な動きをしていた営業部の青年の方だった。呆けた顔はどこかにやってしまい、人当たりの良い顔でにこにこしている。

 谷田といい三鷹さんといい、営業部に愛嬌のある笑顔は必須スキルなんだろうか。


「ええ、用事があったのでこの前の土曜に行きましたよ。綺麗なところですよね」

「そうなんですよ。ちょっと駅から離れるだけで大自然ですから」


 分かる。特にあの研究所の周囲は人気もなく、隔離された世界を感じさせられる。バスの本数は少ないし、コンビニも遠いし。人工物が見つけられない自然、研究所の孤立感、あの一帯が禁足地にも思える雰囲気も相まって、すっかりお気に入りの場所になっていた。


 会議は最初に思っていた通り、私の出る幕は一切なかった。質問のために口を出したのは最後の質疑応答での二、三言。

 美湊環境測定株式会社のお二人は、見たままに穏やかな人たちだった。たまにいる高圧的で付き合いにくいタイプではないだけで好感度は高い。

 和やかな雰囲気で会議が終わり、谷田に連れられて会議室を出て行く二人を見送った。

 あとは片づけをして、報告用の議事録をまとめれば、いったんは任務完了と言ったところだろう。


「紫峰さん」

「わっ――!」


 びっくりした。派手に肩が跳ねた。恥ずかしい。

 出て行ったはずの三鷹さんが「すみません、驚かせてしまいましたか」と申し訳そうに眉を寄せていた。そんな顔をする前に、ノックぐらいして欲しい。心臓に悪い。


「い、いえ、忘れ物ですか?」

「あの、突然こんなことを申し上げるのも、不躾なんですが――」


 うろうろと視線をさ迷わせた三鷹さんは、決心したようにこちらを見据えた。


「俺と友人になってくれませんか?」

「はい?」

「俺、あなたに一目惚れしました」


 ぐえ。


「是非、連絡してください」


 差し出されたものを無意識のうちに受け取る。会議開始時の挨拶をしたときに受け取った名刺と同じもの。違う点は裏面に手書きの電話番号が書かれていること。

 言うが早いか、三鷹さんはさっさと会議室から出て行った。


 ――? なんだ今のは。


「聞いちゃった」

「わっ――!」


 まったく同じ反応をしてしまった。再放送には早すぎる。もう、なんでみんなノックしないんだよ、常識だろ。

 私はよく知った仲である来訪者をねめつけた。


「尾野、ノック、常識」

「紫峰に一目惚れとは。あの人、見る目あるわよ」

「話聞け」

「来訪先の会社で、業務中に告白してくるのはちょっといただけないけどね」


 尾野はくすくすと笑うだけで、私の意見はまったく聞いていない。


「一目惚れなんて迷信でしょ」

「またそうやって可愛げないこというんだから」

「なんとでも」


 一目惚れ? 誰が、誰に?

 三鷹さんには悪いけれど、ドキドキとかときめきとか喜びとかそんなのは一切なかった。三鷹さんのことは好きでも嫌いでもない。それを判断できるほど人となりを知らない。一目惚れと言われても、絶望的に価値観が合わないなとしか思えなかった。

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