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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第24話 愛とか恋とか

 私の隣に座った流星さんは「ネルと恋仲になるようなことがあれば、すぐに報告してね」とあり得ない話を振ってきた。


「……絶対にないことを前提としてなんですが、私が恋人になる必要あります? ありませんよね?」

「君は好きな人がいて、その人に彼氏ができそうになったらどうする?」

「好きな人に彼氏……?」


 さっきから、なんて想像しにくい例題を出してくるんだろうか。ここ最近、恋愛しようという気力の欠けている私には何とも縁遠い話だ。

 大君とネルちゃんのことを言っているのは承知のうえで、流星さんって恋バナ好きなんですか、と茶化したい気もしたけれど、多分、口に出した瞬間、遠慮なしに叩かれる気がする。


「うーん、諦めると思います。だってその人、男の人が恋愛対象ってことでしょう? 私が頑張ってもどうしようもないですし」

「そういうこと。特にあの二人の場合、相手に彼女が出来たら、それは性別としてあるべき組み合わせだ。余計に自分の身を引こうとする」


 寓話のような無垢の愛。

 私の脳内ではすでにミュージカルの幕は上がっていた。大君とネルちゃんのダブル主演。心を通わす人間と人魚、二人を引き裂こうとする意地の悪い兄。私は兄に唆されて二人にちょっかいをかける当て馬役である。


「二人とも、相手が大事で仕方ないからね」

「そこまで想い合っているのを知ってて、許せないんですか?」

「幸せになれない恋は応援できない。可愛い弟の未来のために」


 あの二人の気持ちはどうなるんだろうか。”幸せになれない恋”とは流星さんを含めた大衆の価値観であって、彼らの気持ちとは異なるんじゃないだろうか。遊びで別種に手を出すほど貞操観念が緩いなんてこと――悲しいかな、大君はあり得るけども。

 流星さんぱしんと手を打ち鳴らすと「紫峰。これ、雇用に必要な申請書とか説明書」とわざとらしく話題を捻じ曲げた。


「提出が必要なものはできれば今日出して」

「はい」


 整えることもなくずいと渡された紙。ぽいと投げて寄越されたボールペン。すっかり私の扱いが雑である。

 交通費手当の申請書、異人目撃者の対処について、研究所専用ポータルサイトのログイン情報、給与振込先口座の申請書。二枚目を確認した時点で指先に力が入った。くしゃりと紙にしわができる。さっきに騙されたばかりの私は「本当にこれだけですか? 後出しはもうなしですよ」と責めるように問いかけた。

 ふっと鼻で笑うだけが返事だった。いけ好かねえ。


「君の方から会社への副業申請とかはしなくていいから。異保管の方から直接、君が補助員になったって旨の通達がされる――、実際の通達内容に異保管の名前は出てこないから、自分から口にしないようにだけ気をつけて」

「……私は何している人ってことになるんですか?」

「僕もそのあたりの業務は詳しくないからな。とある国営機関が無作為に選出しているモニターに選ばれたって感じじゃない? 守秘義務があるからって何か聞かれても突っぱねていいよ」

「異人保護管理機構ってそんなに力のある組織なんですか?」

「公にはされていないけど、実態は国際機構だからね」


 本当に私は壮大なドッキリに掛けられているんじゃないだろうな。すべてが理解の範疇を越えていて、驚くのにも疲れてしまった。考えすぎて今日の夜は寝れないかもしれない。それでもって、明日の朝、昨日の出来事は一体何だったのかと自問自答するのだ。

 疲弊がしっかり顔に出ていたのだろう。流星さんは「今日はそれを書いたら終わりだよ」と仕方がなさそうに苦笑した。


「また来週、今日と同じ時間にこの研究室に来て」

「分かりました。……あの、この資料、持って帰っていいですか?」


 テーブルに積まれた山。来週までに完読はできなくとも大雑把に目を通すことは可能だろう。小難しいマニュアル以前に、単純な読み物として面白そうでもある。


「原則、この部屋にあるものはすべて持ち出し禁止。秘密保持契約、読み直して」

「えっ!? じゃあ、仕事の勉強もここでするんですか!?」

「他にどこでするの?」

「家とか電車で移動中とか……? だって、あの雇用契約じゃ、その時間も給料発生しちゃいますよ!?」

「……、発生するでいいんだよ」


 流星さん哀れなものを見る目をしたかと思えば、「書庫に新機構員向けの持ち出せる教育資料があったと思うから貸してあげるよ」と立ち上がった。まったく取りつく島もないってわけじゃないんだよなあ。

 流星さんが部屋を出て行くと、必然と私はこの部屋に一人きり。ソファーの背もたれに体を預けた。急に力が抜け、間抜けな吐息が漏れる。もしかしたら、無意識のうちに緊張していたのかもしれない。


 ――世の中、広い。本当に広い。


 この数時間で私の人生は見たことのない色を取り込んだ。夢みたいな、嘘みたいな体験。

 ぼけっと高い天井を見つめていると、ぴぴぴと解錠音が鳴って、私は慌てて背筋をぴんと伸ばした。……、まるで短時間のうちに流星さんに躾けられた犬のようである。悔しい。情けない。


「お疲れ、灯」


 違った。恐怖統治の人じゃなかった。


「大君……、びっくりした……」

「あれ、兄貴は?」

「私の勉強用の本を取りに行った」


 ほっとする。見慣れたイケメン万歳。言いたいことも聞きたいこともたくさんだが、まずはいてくれるだけでいい。流星さんと二人じゃないだけで十分に救いだった。

 大君は当然のように私の隣に座ると、長い足を組み上げた。それから、横目に私を見て小さく笑って見せる。


「灯はいつも通りだな」

「いや、いつも通りじゃないから」


 そう見えるとしたら、余裕がないだけだ。冷静だったとしたら、もっといろいろ考え込んでしまっているし、焦っていると思うから、これでいいのかもしれないけれど。


「でも、ネルを見て怖がらなかったろ」

「……? ネルちゃんは怖くないでしょ」


 恐れる対象となれば、間違いなく流星さんの方である。


「大君のお兄さん、いいところ顔だけだけど大丈夫?」

「兄貴は頭もいいよ。優しいし」

「大君のことを溺愛しているのは分かるよ」

「そう。兄貴は俺のこと、ほんとに大事にしてくれてる」


 それはもうこれ以上ないくらいに目尻を下げた大君に、私はごくんと流星さんを批判する言葉を飲み込んだ。彼が弟想い兄でいるのは知っているけれど、過激すぎる節があるのも本当である。大君はその点について流星さんを非難したことはない。むしろ、自分のせいで流星さんが割を食っているとでも言いたげである。

 流星さん、大君の前では猫をかぶっているんじゃないだろうか。特大サイズを何匹も。


「ネルちゃんは素敵な子だね。優しくて、気遣いできるし」

「――だろ?」


 流星さんを語る顔も腑抜けたものだったが、その比にもならない。うっすらと頬を染め、だらしなく顔を緩ませ、合わせた両手で口元を隠す。彼は自分がどんな顔をしているか分かっているのだろうか。

 大君は本当にネルちゃんが好きなんだなあ。

 いつぞやの居酒屋で、谷田が「恋するイケメンが尊い」と騒いでいたのを思い出す。確かに、恋する姿は微笑ましいし、こちらまでほっこりしてしまう。


「あのさ、灯」

「ん?」

「俺とネルのこと、なんだけど――」

「大河」


 びくり、と私と大君の肩が跳ねた。ぎぎぎぎ、とブリキの人形のようにぎこちない動作で声の方向へと振り向く。

 いつの間に部屋に入ったのだろうか、扉を開けた音も聞こえなかった。


「兄貴」


 こちらを見下ろしていた流星さんは無表情から一転、にこっと柔らかく笑みを浮かべる。寒気がした。


「丁度良かった、大河。今日は紫峰と一緒にあがっていいから、帰り道ついでに事務棟の説明もしてあげて」

「ああ、分かった」


 あんまり何度も驚かせないで欲しい。消耗する心臓を抑える。今日だけで随分とくたびれてしまったかもしれない。流星さんめ。余計なことを察するくらいなら、私の不満もちょっとくらい察してくれてもいいのではと思ってしまう。

 私の無言の訴えを催促と受け取った流星さんは「はい、紫峰」とハードカバーの本を手渡してくれた。ありがとうございます。でも、違うんです。


「……”よいこのいじんじてん”? これが教育資料ですか? ちょっと趣味の悪い絵本じゃないですか」

「これなら落としても情報拡散の心配が少ないからね」


 表紙に描かれているのはポップな文字のタイトル。あとは、吸血鬼と狼男のイラスト。随分とデフォルメされた絵柄である。適当なページを開いてみれば、可愛いイラストと平仮名が多めの文章が並んでいる。上半身が人間、下半身が蛇の蛇人は目を合わせた相手に暗示がかけられるらしい。

 現実に存在しない伝説の生きもの図鑑の体裁をとっているが、これが機構員向けの教本であるなら、どの生きものも本当に存在するということなのだろう。なんて物騒な絵本だ。


「それじゃあ、毎週土曜。よろしくね、紫峰」

「はい、よろしくお願いします」

「カードキーさえあれば、ここには三百六十五日二十四時間入れるから、いつでもおいで」


 こき使ってやるからな、と続く声が聞こえた。きっと、被害妄想ではない。


「お先に失礼します。お疲れさまでした」

「じゃあ、兄貴。お疲れ」

「ああ、気をつけて。何かあればすぐに連絡して」


 貸してもらった本を鞄にしまい、いそいそと研究室から出て行く。扉一枚、隔たれるだけで安心感が違った。

 ああ、今日はもうこれ以上は何の刺激もいらない。腕時計はまだここにきて二時間も経っていないことを証明しているが、嘘ばっかりである。


「やっぱ灯はすげーな。兄貴が他人とあんなに素で話してるの滅多にねぇよ」


 全然、嬉しくない。

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