第23話 理想の恋
異人を認識してしまった人間の監視。異人の存在が隠されているのだから、こういった措置があるのは当然なんだろう。
どういう処理をされるかは分からないが、異人の存在が表立っていないことを考慮すると、中々に闇が深い気がする。
「異人のこと口外したり、害する人はどうなるんですか?」
「君は違うでしょう? それなら知らなくていいんじゃないかな」
こっわ。この人、こっわ。
軽々しく小遣い稼ぎに来たのんきな自分が悪いのか――、いいや、騙し討ちで何も知らない私に枷をつけた流星さんの方が悪い。
「どっちにしろ、判定期間のうちは僕の監視下だ。君の都合に合わせるつもりはないから、ここに通ってもらうよ」
「……」
「ついでに仕事を手伝ってくれれば有難い。君の小遣い稼ぎには丁度いいだろう。働いてもらった分は契約書通りに支払うよ。それから、あの二人の仲を邪魔してくれればいい」
信じられない。こんなの契約違反では。
しかし、どんなに騒いでも”異人の目撃者”というステータスを持った私の声は何にもならない。むしろ、騒ぎ立てるほど自分の首を絞めることになりそうだ。
さっきの契約書は建前だっただけで、本質ではなかった。あの入り江に招かれた時点で私の身の振りは決まっていたのだ。
騙された。本当にこの人、詐欺師じゃないか。
弟がモテるばかりに気苦労の絶えない人だと思って同情していたのに……!
「……流星さんの仕事の手伝いは、もちろんやります。契約書にサインを書いたのはそういうことですから」
「うん」
「でも、大君とネルちゃんのことは、引き受けられません。流星さんの監視下にいる必要はあるかもしれませんが、大君たちのことで強制されることはないはずです」
こればかりは曲げられない。
私は勇気を振り絞って、流星さんと視線を合わせた。怖い。彼の原動力が大君への過保護だけだとしたらもっと怖い。
固唾を呑む、殺伐とした空気。
流星さんはぐっと目を細めた。そこに僅かな嫌悪を見つける。そうだ。そもそも、ストーカーだと思い込んだ女を平手打ちするような男だ。穏やかで柔らかなのは美しい造形の顔で作った仮面である。
「……」
「……」
「……分かった。分かったよ」
流星さんはすっと両手を上げた。降参のポーズのようだが絶対にただのパフォーマンスでしかない。
「じゃあ、まずは二人のことを知って。そうすれば、僕が言いたいことが分かるから」
大君とネルちゃんのことについて、とてもしつこく言ってくるがそこに理由は本当にあるのだろうか。ブラコン爆発させているだけでなく?
少なくとも、私が何も知らないのは本当だ。二人と友好を深めるうちに見えてくることもあるかもしれない。流星さんの要望とは逆に、やっぱりお似合いじゃんってなる可能性も十二分だけど。
苦々しさに満ちた声で「……それなら」と絞り出すのが精一杯の返答だった。
「手酷いことをしなくて済んでよかった」
「……」
「これからよろしくね、紫峰」
爽やかな笑顔が憎たらしい。
どんなに美人だろうと、性格が悪ければどうしようもないことを体現している。こんなに捻くれた人が大君のお兄さんとは。弟はポメラニアンのごとく愛らしいのに。……まさか、大君も性根は捻じ曲がってました、なんてことないだろうな。
「…………よろしくお願いします」
私の肯定を聞くのが目的だったらしい。海中展望室にいる理由はなくなったようで、流星さんは階段に立ち塞がるをやめた。すぐさま、とんとんと軽快に階段を上っていく。ご機嫌なようで。
ここは竜宮城だ。たかだか数分でどっと老けた気がする。
重くなった足で階段を上っている途中、性根の腐った悪魔は「本当は紫峰がどちらかと恋に落ちてくれれば一番いいんだけど」と血も涙もない展開をさもないように呟いた。
驚く点は二つ。一つ、流星さんには人の心がない。もう一つは――。
「は……? 流星さん、私と大君が恋人になってもいいんですか?」
「大河は女性を好きにならないから、君では恋人になれないよ」
「言ってること矛盾してません?」
流星さんの考えていることを理解しようと思うことが間違っているんだろうか。しかし、大君のこととなると饒舌だ。熱量が段違いである。
「紫峰と大河が関わることには賛成なんだ。大河は女性が苦手だから、極力関わらないようにしてる。でも、世の中半分は女性だ。そう理想通りには生きていけない」
「そりゃあ克服できるに越したことないですけど、大君の拒否反応って結構なものだと思うんですが」
「そうだね。大河は小さい頃からずっと女性に危害を加えられ続けられているから」
てっきりモデルを始めてからの被害かと思っていたが、幼い頃からあれなのか。今は体格で勝てるから優位性があるけれど、幼いときにあんな目に遭い続けていたなんて未知の恐怖だ。
「でも、紫峰とは仲良くなった」
私は仲良く楽しくやれていて嬉しいけれど、本当にどうしてこうなったという感しかない。
「君が大河が社会に馴染むためのいい足がけになる。これからも、適切な距離感で仲良くしてやって」
「……はい」
流星さんに言われずとも仲良くするつもりだ。
「よければ、ネルとも仲良くしてやって」
「え!? ネルちゃんと仲良くしてもいいんですか?」
てっきり、仕事上の関係を保ちなさいと言われるとばかり。
「悪いことはないよ。あの子もああいう感じだから、仲間内から遠巻きにされていてね」
「ああいう? いい子じゃないですか」
「人魚たちにエックスジェンダーは受け入れ難いらしい」
人魚の常識や伝統は知らないが、流星さんの口ぶりでは随分と閉鎖的で凝り固まっているようだ。そうじゃなきゃ、あんなに優しい子が遠巻きにされるなんてことない。
なんとなく、実家に寄りつかない自分が重なった。個人の”普通”という感覚は生まれ育った環境の影響が大きい思っている。育ってから学ぶことももちろんあるけれど、やっぱり最初に接した社会に左右されることは多い。
外からどうこう言うのは簡単だが、実際に内側に立つとそう単純な話ではない。DV被害に遭っている人が抜け出せないとか、田舎の偏った風習を世界の常識だと思っているとか――、個人の力だけで抗えないことはある。
「ネルは男も女も好きになるみたいだけど、君が恋人になれる可能性は限りなくゼロに近いかもね」
「そもそも、大君ともネルちゃんとも付き合うつもりないんですが。というか、大君とネルちゃんは種族が違うから駄目なのに、私とネルちゃんはいいんですか?」
「君の恋は君の責任。まあ、大河よりは向いてると思うよ」
大君以外はどうでもいいってことか。
でも、人魚との恋に向き不向きなんてあるんだろうか。目指してはいないが、ちょっと興味はある。
ようやく研究室に戻り、展望室に行く前に座っていた休憩エリアのソファーへ向かった。無論、流星さんの指示だ。変わらずのふっかふかが疲弊した私を包み込んでくれる。




