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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第19話 知らない世界

 私は大君とネルさんへ頭を下げ、颯爽と来た道を戻っていく流星さんのあとに続いた。彼の言う()()()()()()の意味は分かったが、話が呑み込めているがどうかは別である。

 先ほどまでは驚くだけで精一杯だったが、段々と冷静さが取り戻され、心臓がばくばくと高鳴っていた。人魚、本物の人魚。数分の邂逅だったけれど、脳裏にはあの美しい光景が鮮明に浮かぶ。とても貴重で稀有な経験をしたのでは。


「ああやって注意しても、僕は二人の恋を燃え上がらせる障害にしかならないんだろうね」


 ぽつり、と独り言と聞き間違う声量。流星さんは困ったように「だからと言って、注意しないわけにもいかないし」と続けた。これは相当苦労していそうだ。

 それにしたって、美しい人魚だった。そして、彼が大君の想い人。なんてリアルおとぎ話。


「紫峰さんもネルに会うときは人目には注意して。人魚の誘拐が多発しているんだ」

「――――、ゆっ、誘拐?」

「ああ」

「……え、あ、人間が人魚をってことですか?」

「そうだよ」


 今日の天気を語るような平然で告げられたのは私の知らない世界。世の中には人魚の存在って知られているものなのか、私の反応がおかしいのだろうか。 

 人間が人魚を誘拐と聞いて、悲惨な結末を次々と妄想してしまう。誘拐するということは、そこに何か利益があるということ。どうあがいても最悪の結末しか思い浮かばない。


「それって、ちゃんと誘拐された人魚たちは見つかっているんですか?」

「闇オークションまで流されてからだけど、今のところ被害者は全員保護されてる」

「…………そう、ですか」


 私の知らない世界セカンド。闇オークションってどういうこと。非現実的。物騒。

 思いのほか、話の内容が重くて受け止めきれていない。流星さんはこんな重大な話を雑談よろしく、部外者の私に話してしまってよいのだろうか。


「人魚たちにも海岸に近づかないよう注意しているけど、若い子たちは安全よりもスリルが好きなんだろうね。自分の命がかかっているのに」


 そういうのは人間も人魚も、思考傾向には大差ないのかもしれない。自分は大丈夫だと信じて疑わない、経験のないことを懸念するのは難しい。

 あの入り江が研究所の敷地に含まれるかどうかは分からないが、絶対に人が来ないとは言い切れないだろう。まさかの遭遇はありえない話ではない。

 人魚が実在することに、どれだけ認知度のあるものなのか不明だ。一般には秘匿されているけれど海を研究するものならみな知っている常識のか、地域によっては共存していたり、土着信仰があったりして――なんにせよ、私がこんなに簡単に出会えていいものではないと思う。


「仕事で海上に来るのも制限させているのに」

「……仕事って、人魚のお仕事ですか?」

「人魚の仕事、といってもさまざまだよ。まずもって、全員が異保管(いほかん)の機構員ってわけじゃないしね」

「イホカン?」

「人型異生物保護管理機構」


 まったく聞き覚えのない機構である。人魚だけではなく、人型異生物と多くを対象した名称であることを突き詰める余裕はなかった。


「ネルさんはそのイホカン? の機構員なんですか?」

「ああ。僕も機構員だよ」


 流星さんは私の質問にすべて回答してくれているが、日本語が耳に入ってくるだけで内容はちっとも分からない。聞いておいてなんだが、情報漏洩とか大丈夫なのだろうか。

 私が聞き返すだけの機械になっていることなど気にも留めていないように、流星さんは滔々とした調子で「異保管には自身が異人の機構員も多いからね。本人が保護対象でそのまま機構員として仕事しているってパターンもあるし」と説明を加えてくれた。

 平坦な浴用で「そうなんですか」と返答しつつも、全然ぴんと来ていない。そもそも異保管がよく分からないし、新しく出ていた異人とはなんだ。


「詳しくは研究室で説明するよ。資料もあるし」


 流星さんは私の理解が置いてきぼりになっているのを今更に気づいたようで、すぱんと話を切り上げた。資料もあるし、とは、その異保管の話は私が任せられる仕事に関係あるのだろうか。大君の想い人の仕事だから把握しとけという意味だろうか。疑問が尽きない。


「場合によってはあの入り江に行ってもらうこともあるだろうから、道は覚えておいて」

「あ、はい」


 いつの間にかフィールドワーク用の出入り口まで戻ってきていた。流星さんはこんこん、と敷地を囲う壁に設置された扉を自身の拳で叩く。難しい道のりでもないし、まあ大丈夫だろう。

 青い景色に感動したのはほんの十数分前なのに、なんだか数日かかってここに戻ってきたような気分だ。


 屋上庭園のある研究棟まで戻り、流星さんに先導されるままに”第一研究室”と”潮木流星”と二つプレートが掲げられた部屋に招かれた。

 個人研究室と聞いて、一人分の執務机だけが置かれ、壁を飾る本棚に囲われた狭い部屋を想像していた私は、裏切られた広さにきょろきょろと室内を見回してしまった。想像の十倍は広い。

 私の想像通りになっている部屋の一部は、流星さんの執務スペースだろう。残りのエリアには流星さんの席に比べると安い印象を受ける事務用の机が並んでいる。全部で六台。三台ずつが向き合うように並べられていて、袖机と椅子とが用意されている。そこだけを見れば自分が仕事に通っている会社の執務室と大差ない。

 さらには研究室の中に、四人掛けのテーブルとふっかふかのソファー。給湯エリアと冷蔵庫まで用意されていて、この部屋の中で仕事場のほとんどが完結していた。


「ソファーにどうぞ」

「……失礼します」


 促されるまま柔らかなソファーに沈み込む。ここが家具販売店だったなら大はしゃぎの座り心地ちだ。 


「まずこの美湊海洋生物研究所は二つの機関が同居しているんだ。一般的に掲げている通りに国立の海洋生物研究所、それから、人型異生物保護管理機構。ただし、後者の業務に該当する施設はここだけ、所属の機構員も僕だけだ。もちろん、研究員としても働いてる」

「……」

「この建物は美湊海洋生物研究所の研究棟の一つ――というのは表向き。実態としては異保管分室、研究室を置いてるのは僕しかいない。だけど、フィールドワーク用の出入り口にはこの建物が一番近いから、異保管に関係ない研究員の出入りはある。挨拶は適当にしておいて」

「わ、分かりました」

「僕の個人研究室は基本的に機構員以外は立ち入り禁止。紫峰さんにやらせる予定はないけど、来客がある場合は応接室で待たせて」

「はい」

「じゃあ、まずこの資料を読んでもらえる?」


 どさり、と効果音がお似合いの物量。テーブルの上に広げられた冊子や紙束は、ぱっと見ただけでも入社説明資料としては多すぎるのではと疑問に思える量である。

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