第17話 恋をどうにかする仕事
「紫峰さん、これカードキー。最初に通った関係者専用口とこの建物ならどの扉も開くから。絶対に紛失しないように。なくしたらすぐ言って」
「分かりました」
歩調を緩め、隣に並んだ潮木兄から、青いネックストラップのついたカードキーを受け取る。何の飾り気もなく、施設名だけが印字されているカードは、本業の職場で使っているものと大差ない。
研究室のある建物につくと、潮木兄は私に振り返り「このまま外に行くよ。荷物を置いておいで。はい、これはロッカーの鍵」と右手でタグのついた小さな鍵を差し出し、左手で屋外に設置されているロッカーを指さした。なんでこんなところにロッカーが。
「外ですか?」
「話すより見た方が早いからね」
私の顔に不思議だと書いてあったのを認めてか、潮木兄は「海に行くんだよ」とのんびり答えてくれた。
海洋生物学者のお手伝いとなれば、海関係であることはお察しであるが、わざわざ海にまで出る必要があるのか。カニを集めて、とか言われたらどうしよう。肉体労働はいいにしても、生物収集は小学生以来だ。
「あの、潮木さん。私、まったく話を理解できていないんですけど」
「流星でいいよ。大河も潮木だし」
「そうですか」
そういうことじゃないんだな。
潮木兄、改め、流星さんは私が荷物をロッカーに詰め終わるのを確認し、さくさくと入ってきた門側ではなく海の方へと進んでいく。フィールドワークに出る用の別の入り口があるんだろう。
「仕事の話、概要でも良いので聞かせてもらえませんか?」
「……君にお願いしたい仕事っていうのは、単純な話ではあるんだ」
三歩先を行く流星さんはゆっくりとした口調で話し始める。私の位置から彼の顔は見えないが、にこにこと笑みを絶やすことなくしているのは何となくわかる。
「大河のことでね。あの子の恋をどうにかして欲しい」
「……大君の恋?」
何言ってんだ、この人。
「仕事の話では?」
「仕事の話だよ」
ここに来る前に大君から聞いていた話では、書類整理だとか、検体回収ということだったのに。割のいい給料の支給される仕事が、大君の恋をどうにかすること、とは? 仲介人でもしてくれということなのだろうか。
「大君の恋って、大君の好きな人の話ですか?」
そもそも、私は大君の好きな人を知らない。性別は男だと思うが、そんなことはお兄さんもご承知おきだろう。
「大河は人魚に恋してる」
「ニンギョって――人魚?」
私は自分の発言に首を傾げた。人魚っていうものを私は一つしか知らないが、あの人魚で間違いないのだろうか。
流星さんはこちらに振り返りもせずに「そう、人魚。半人半魚の生きもの」と肯定を返してくれた。聞き間違いでもなければ、認識違いでもないようである。
大君が人魚に恋? 確かにあの子はロマンティックを主食にした恋愛脳の持ち主である。正直、変な男に捕まっていてもあまり驚かない。
相手が人魚と言い張る変人とは、また癖の強い詐欺師に恋してんだろうな。それはお兄さんも心配になる。私が力になれるとは思わないけれど。
「本当はあの研究棟の中に海中展望室っていう、海から直接来られる場所があるんだけどね」
「……? 使っていないんですか?」
「仕事のときはそっちに来るけど、大河と会うのは仕事じゃないから使わないらしい」
仕事の時はそっちに来るって……、誰が? 大君とは外で会うけど、仕事には研究棟に? んん?
「人目につくかもしれないから止めて欲しいんだけど、言うこと聞いてくれなくてね」
話についていけない。流星さんは一体何の、誰の話をしているんだ。
「信じてないでしょう」
「……」
私は答えられなかった。聞かれている意味もあまり分かっていない。
「紫峰さんの反応は当然だよ。信じる以前に、何を言われてるか分からないでしょう」
「……ええ、まあ」
流星さんは足を止め、顔だけを私の方へと向けた。想像通りの笑顔を浮かべていた彼は「やっぱり見せた方が早いね」と結論づける。
私に与えられる仕事は一体何なのだろうか。もはや考えても、私の引き出しからは答えが出てきそうにない。




