第12話 貴方の好きな人
私の知っている大君は、顔面から受ける印象の割に柔らかい性格の青年だ。いわゆるヤンキー風の要素を持ったイケメンで、顔つきこそちょっときつめであるが、話してみると恋愛脳の天然で愛らしい性格である。距離感の測り方はおかしい。女性が苦手で、特に押しの強いタイプの前では黙ってやり過ごそうとする傾向にあるが、それも数多のストーカー被害に遭っている彼なりの自己防衛である。
「お兄さん、本当にイケメンだね」
「いや、ええと」
「よかったら、俺と飲みに行かない?」
「えっと、その」
ナンパされている大君を目撃した回数はもう数えていないけれど、今日みたいなパターンは初めて見た。派手なスーツ、盛られた金髪、びかびかの光沢がある靴――、ホストもどきに詰め寄られている。大君は贔屓目に見てもモテるため、男に絡まれていても驚きはなかった。
珍しいのは男にナンパされていることではない。ホストもどきと顔を突き合わせている大君がいつもより数倍しおらしいのだ。女の人を前にビビっているときの反応と明らかに違う。
「俺、このあと予定があって――」
「そんなのまた今度でいいじゃん。今日のこの出会いを祝してさ、ほらほら」
私の不手際だ。待ち合わせ場所の指定に失敗した。
谷田に教えてもらった隠れ家的なお店に行こう、というのが今日の約束。駅前の騒がしさからも、大通りの人混みからも外れた場所に目的の店があり、裏道にあるタバコ屋の前を集合に指定したのは私だ。大君のナンパ防止に女の人がいなさそうな場所を選んだのだが、完全に裏目だったらしい。
「ね、いいでしょ。お兄さん」
「どうしようかな」
……? どうしようかな……?? 私との約束はどうした青年。満更じゃないような顔しやがって。
そう、大君は男の軽薄な誘いにノリ気なのである。それを察した時点で、私の足は集合場所を前にぴたりと止まってしまっていた。お待たせ、と乱入をすればいいだけなのだが、どうにも足が動かない。
あ。
たった一音、声にはならなかった。
ホストもどきはごつい指輪のついた手で大君の手を握る。するりと指を絡め、覗き込むようにして顔を寄せた。鼻と鼻が擦り合ったところで、頭がこの状況を理解することを放棄する。そのあとを容易に想像できたのに、放心するばかりで何もできなかった――、私は何かをすべきだったのだろうか。
大君の薄い唇が知らない男のそれに塞がれる。大君の方が背が高く、下から上を見上げるようにしているホストもどきは、ぐいぐいと自身の体を相手に押しつけていた。大学生の飲み会の席での悪ふざけとは違う。完全に性的なやつ。
ショックだった。行為自体を目撃してしまったことではなく、大君が抗うことなく受け入れていることに。
呆然と目の前の光景を観察していた私と、ふいと視線を逸らした大君と視線が交わる。
「――――」
「――――」
お互いに目を見開いた。開いた口からは空気だけが出ていく。
私は見てはいけないものを見たような気がして、すぐに背中を向けた。それだけのつもりが、足が勝手に前に進む。先に出た左足を右足が追い越し、さらに左足が先にと歩行の間隔が短く早くなる。まごうことなく、逃走。
約束していたのは私の方なんだけれど。今は邪魔者でしかない気がしていた。
「灯! 待って!!」
嘘じゃん、大君。私、今の心境じゃ上手く取り繕えないよ。どうにか平穏に終着させるのも、茶化して上手いことまとめるのもできそうにない。というか、何、今の。どういう対応が正解? 余計なことを言って、傷つけてしまったらどうしよう。
できれば、無視したい。数日、いや数分でもいいから、考える猶予が欲しい。
足は止まらなかった。こんな閑散とした場所で呼び止める声が聞こえなかったなんて言い訳は通用しないのに。
ぐるぐると悩みながらも競歩並みに急いだ。にもかかわらず、私の逃走は拍子抜けの終了を迎える。単純に足の長さが違いすぎた。
「灯……」
そんな泣きそうな声出さないでよ。
立ち止まった私の肩には大君の手が乗っている。震えがそのまま伝わってきて、立ち去ることも許されないが、振り返ることもできなかった。膠着状態。そんなはずないのに、大君の手から暴れる鼓動の音が伝わってくる。
「俺の、こと、言っとかないと、と……思って」
できれば聞きたくない。なんとなく話の流れは分かっている。分かった上で、聞きたくはない。
イメージが崩れるとか、気持ち悪いとかじゃなくて、正しい対応が思い浮かばなかった。こういうセンシティブな内容に受け答えする自信がない。むしろ、無意識に余計な一言を吐き出す自信がある。結果、彼を傷つけたりしたら、ことあるごとにこの時間を思い出すことになるだろう。フラッシュバック。過去にできない後悔をし続けることになる。
「た、大君のこと?」
よくない。私の声が震えた。
「俺、その……、あの……」
私の反応に不安そうにする声は空気に溶けるように消える。続く無言。片に置かれた大君の手の感覚だけがやけにリアルで、混乱する頭と驚いている心とが内側だけで騒ぎ続けている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――、私は覚悟をしなければいけないことを悟った。
すっかり黙ってしまった大君の方へ、ゆっくりと振り返る。滑り落ちた彼の手はそのままだらりと体の横に収まった。
俯いた彼の顔には影が差していて、先程までの浮かれた様子は一切ない。背中から受ける街頭の光が罪人を照らすスポットライトのようだった。
「た、大君?」
こちらを見ようともせず、瞬きもしてない。ぽたり、と孤独な水滴がアスファルトに落ちる。
「俺――、男の人が、好きなんだ」
正直言えば、言葉で聞かなくても察してはいた。短い付き合いだが、一緒にいる時間はそれなりだ。何となく、言葉や動作の端々に見て取れることがあった。
そのことについてはどうだっていい、大君が仲良しの友人であることに何の変りもない。それでも、大君には隠そうとしている節があったから、私は気づかないことにしていた。実際にカミングアウトされても、素直に受け止めるつもりだった。
しかし、このタイミングはよろしくない。
きっと、大君はこんなかたちで告白したくはなかったはずだ。そう思うと、どんな返答が正しいのか考え込んでしまって、何も声をかけてあげることができなかった。




