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人型異生物保護管理機構のお仕事  作者: 真名瀬こゆ


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第10話 垣間見える偶像崇拝

 自分のことを話し終わった大君は「谷田さんは?」と今日が初対面とは思えない気安さで首を傾げた。


「俺? 俺は新婚さんよ」

「いいな、好きな人と家族になれるって」


 恋愛脳の大君は他人の恋愛話も好きである。柔らかく微笑んだ年下の友人はそれはそれは絵になった。こんな居酒屋でも変わらず一等星のように眩しい。

 ほうと恍惚としたため息が漏れる。私の口からではなく、向かい側に座る男の口から。


「恋するイケメン尊い」

「は?」

「ほっといていいよ」


 大君が輝かしければ輝かしいほど、谷田の目も爛々とする。本当に顔の綺麗な男が好きだな、谷田は。その点においては特段悪いことだとは思わないし、美しいものを美しいと感じるのは自然の摂理だと思っているので放置である。

 中身のない話はアルコールの力も相まって盛り上がっていく。ふわふわとした浮遊感に、常日頃からつきまとう憂鬱と不安まで飛ばされていく。最高、楽しい。


「悪い、ちょっと電話」


 大君は揺れ出したスマホを取り上げると、席を立って外へと向かって行った。いつの間にか店は満席になっていて、電話をするには騒がしすぎる。電話の相手は知らないが、仕事の電話なら尚更ここでは会話にならないだろう。飲んでるときにかかってくる会社関係者からの電話ほど萎えと不安を煽るものはない。


「大河君、可愛いな。弟に欲しい」

「分かる」

「お兄さんが紫峰のこと平手打ちしたのもまあ分からないでない」

「そこは分かんなくていいかな」


 知り合ってから一時間も経っていないが、谷田はすっかり大君に骨抜きにされている。でも、その感情には同意しかない。大君は写真で見るよりも、一緒に話してこそ良さが分かるのだ。切り取られた瞬間の格好良さより、へらへらと笑う可愛らしさが魅力である。

 大君の良いところで盛り上がっていた私と谷田は「あの! 潮木大河さんですか!?」という黄色い悲鳴を聞いて、同時に首をひねった。視線の先にいるのはスマホ片手に困惑する大君と、大君と同年代くらいのスーツを着た女性だった。


「…………、そう、だけど」

「ファンなんです!」


 大君が女の人に声をかけられていると、ストーカーじゃないだろうな、と疑いの目を向けてしまうのはもはや不可抗力だった。失礼なのは分かっているのだが、大君に絡む女の人イコール刃物女のイメージが私には焼きついている。あの恐怖に比べれば、帆座さんはやはり可愛いものだ。私基準の話だけれど。

 帆座さんといえば、彼女とはよく顔を会わせていた。彼女からすれば、私と会っているのではなく大君に会いに来ているのだろうが、なかなかの頻度でお互いの顔を確認していた。

 先日、とうとう大君がいないときに駅で遭遇した。挨拶をしてみたけれど、特に何も起きなかった。


「あ、あの、写真集買いました!」

「あー、ありがとう」


 大君はちょっとだけそわそわしているが、ちゃんと応答しているところを見ると、顔見知りのストーカーではないようである。まあ、大君の場合、顔も知らないストーカーもいそうではある。いや、多分、いる。

 女性に求められるまま握手をした大君は、さっと身を引いて早足で戻って来た。ほんのり顔色が悪い。さっきまで馬鹿笑いしていたのに。

 席に座るが早いか、ごしごしとおしぼりで手を拭き始める。感じが悪い気もしないが、世の中には電車のつり革を握るのが嫌な人だって山ほどいるのだから、握手が嫌な人間がいてもおかしい話ではない。


「大河君、案外、塩対応な」

 

 谷田が言葉をオブラートに包めないのは、アルコールのせいではなく性格の問題だ。


「俺、女の人苦手で」

「……えっ、それは遠回しに紫峰の悪口を?」

「灯は特別。こんなに仲良くなれた女の人、他にいねえから」

「あー、紫峰は良くも悪くも女らしさに欠けるから」

「おい。良くも悪くもって言えば許されると思ってない?」

「やばい、こういうのセクハラになる? ごめんって。でもほら、その実は褒めてるやつから」


 からかい口調の谷田に、大君も一緒になって「ちょっと分かる」と同意を示す始末である。深く掘り下げると怪我をするのを察して、私は大人しく閉口した。

 ここにいる二人や尾野にこういう扱いをされるのは、親しい仲の戯れでしかない。他人が聞いたら悪口でしかない言葉を言われたところで、平気で同じ分を言い返せるし。親しくもない人から言われたら憤慨もするかもしれない内容でも許せる。


「親友になりたいけど、絶対に恋人にはならないやつな」

「それはどうも」


 褒められてるのか、貶されているのか。飲みの場の話を真摯に受け止めるつもりはないので聞き流した。


「大河君、女の人苦手ってどのレベル? このあともう一人来る俺らの同僚、女子なんだけど――」

「え、そうなの?」


 谷田の発言を聞くや否や、大君は残り少なかった自分のグラスを乾かす。すぐに身支度を始め、割り勘には多すぎるお金をテーブルに置くとささっと立ち上がった。


「気分悪くさせたら悪いから帰んな。今日はありがと」

「え、嘘。大河君、帰っちゃうの!?」

「おう。また今度誘って」


 え、本当に帰るの。突然の退場宣言に別れの言葉も出てこない。私と谷田が引き留める言葉を探す間もなかった。

 行動の決断が早すぎる。大君はあっという間に出口までたどり着き、店を出る寸前でこちらに振り返った。控えめに手を振り、我々が振り返すのを見届けもせずに夜に消えていく。

 滅多に会えないレアキャラということもないので、また今度という感想くらいしか出てこないが、忙しく帰路につくのは初めて見る行動だった。

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