好敵手
「な、ブレスがかき消された……!?」
「否!これはただの挨拶!征くぞファフニール!空中戦などブシドーにとって造作もないことを教えてくれよう!!」
間髪入れず宗十郎は跳躍した。全力の跳躍。遥か高く飛翔するファフニールと並ぶ!
「驚いたぞ宗十郎、だが同時に憎たらしい。貴様のその姿は、あやつを思い出させる」
一騎当千とも呼べる人並み外れた戦闘能力、巨大な竜相手にも決して怯まぬ勇敢さ。
それはファフニールにとって彷彿とさせる男がいた。まさしく、奴を、奴の姿そのものだった。我が覇道に立ちはだかった憎き怨敵。
「だが、跳躍は悪手だぞ宗十郎。自由の効かぬこの宙空で、どう立ち回る!」
宙を跳んだ宗十郎に対し、ファフニールは容赦のないブレスを叩き込む。それは灼熱の風!通常の生物では瞬く間に蒸発し消滅するであろう。その温度、ゆうに数千度を超える。炎の嵐吹き荒れる中、ファフニールは見た。その中でただ一点、輝く閃光を。
「───まずい」
そう確信した時には手遅れであった。光が走る。
否、その姿は宗十郎であった。ブシドーステップである。ファフニールのブレスを足場とし、ブシドー力場を構築し、足場として活用、爆発的な墳出力による突破、そのままサムライブレードを叩き込んだのだ。
「馬鹿な!直撃だったはずだ!?なぜ生きている!」
驚き隠せぬファフニールを宗十郎は軽くあしらう。
「このような熱波、我が国では日常茶飯事!」
ブシドーの国では伝統文化としてサウナと呼ばれるものがある!元は南蛮より伝来した民族的儀式であったが、それがブシドーにより独自の進化を遂げたのだ!
多くのものが愛し、文化として定着したということだ!そんな彼らにとって、ドラゴンブレスの熱波など日常の延長線でしかない。ましてやブシドーである宗十郎にとってはそよ風でしかないのだ!
「どんな修羅の国だ貴様の国は!?だが舐めるな、ブレスが効かぬところで我が爪、我が牙が貴様を死に至らしめるのだ!」
「無論である!このような小手先、小手調べに過ぎぬ!さぁファフニールよ、存分に死合おうぞ!それこそが戦場に生きるブシドーの性分である!」
サムライブレードの一閃を受けてなお、平然と迎え撃つ。ファフニールにも意地があったのだ。そして何よりも、この男を見るとチラつく、奴の存在が。
ファフニールの巨大な鉤爪と、宗十郎の剣技が今衝突する。両者一向に譲らず!龍虎相見えんその力の激突に地上のカーチェとゴブリンたちは見守るしか無かったのだ。
───その戦いを、遥か彼方で見ていた一人の男を除いて。
突如、入る横槍。激突する鉤爪とサムライブレードが突然の乱入者に弾き飛ばされた。その力、侮りがたし。
体勢を立て直すが、乱入者を見てファフニールは目を見張る。
「き……貴様は……ッ!」
その男をファフニールはこの世界の誰よりも知っていた。
憎き憎き怨敵!殺しても殺し足りぬ、我が宿敵!
「ジークフリートォォォオ!!!!」
「なに!?貴様、拙者との戦いを投げ出してその男に意識を向けるかッ!?」
激高し叫ぶファフニール!その叫びは大気を震わせ、遥か遠く離れた森の木々の枝葉を揺らす!通常の人類であれば耳の鼓膜が破裂し、脳に致命的な損傷を与えていただろう!
「その姿、遠目でも嫌ほど分かったぞ、ファフニール。次はどのような企てを以て、この世界を呪うつもりだ?」
「さてな!だが今やるべきことは一つよ!此度こそは貴様のその喉食いちぎり、その血で大地を染めてやろうぞ!」
ジークフリートと呼ばれたその男が持つ剣はサムライブレードとは全く異なるのは一目瞭然であった。また戦い方もブシドーとはまるでかけ離れている。
そう、あれは聖剣バルムンク。不滅の勇者ジークフリートの持つ、唯一無二の兵器である。
「そこの戦士よ!聞いてのとおりだ!ファフニールは人類の敵!共に戦い倒すぞ!」
先程までファフニールと互角の戦いをしていた戦士。宗十郎のことである。只者ではないのは一目瞭然。故にジークフリートは共闘を申し込んだのだ。共に世界を救う勇者として。
「知らん。そして断る。一騎打ちの約束を違えるのはブシドーではない」
「なんだと!?」
だが宗十郎は勇者ではない。ブシドーなのだ。そしてブシドー故に理解してしまったのだ。横入りをしたのはジークフリートと名乗る男ではない。自分なのだと。
ファフニールがジークフリートと強い因縁があるのは明白であった。例えるのならばそれは拙者にとってのトクガワ。であるならば、此れ以上の戦いは無粋。二人の決着を見守ることこそが、ブシドーとしての在り方である。
「ファフニールよ!安心せよ!拙者が貴様の因縁の戦い、見届けよう!その勇姿、この目にしかと焼き付けよう!無粋な助太刀などせぬ!安心して戦うが良い!」
ファフニールとジークフリートは目を丸くした。この男は人類の味方ではないのかと。
「く、ククク……感謝するぞ!では見よ!この黄金卿ファフニールの勇姿を!戦を!」
ファフニールの姿はまたもや変化を遂げる。その姿は黄金色の鱗を持つ竜!
だがその頭部には人の上半身が見える。半人半竜。人竜一体。
これこそが黄金郷ファフニールの最終形態。そしてその手にはまたもや黄金に輝く勝利の魔剣レギンレイヴ。
かつてファフニールのいた世界ではこの魔剣であらゆる外敵を退け、そして黄金をかき集めた魔剣。その代償は人々の幸福、人々の未来であった。
魔剣の呪いにより必勝の力を得たファフニールを滅ぼしたのは、不滅の英雄ジークフリート。聖剣バルムンクにより魔剣レギンレイヴの呪いを打ち払い、必滅へと反転させたのだ。
「さぁジークフリート!あの時の続きだ!今度こそ我は!我らは世界をものにする!この黄金の輝きに導かれるままに!輝きの未来を!!」
ファフニールが振り下ろす黄金剣。
光り輝くその刀身から放たれる光はただの光ではない。超強力なエネルギー波であり呪いの耀きなのだ。
迎え撃つのは不滅の英雄ジークフリート、構えるは聖剣バルムンク。再現である。これはあの時の戦いの、血戦の黙示録なのだ!
「ファフニール!貴様の力は世界を呪う!聖剣の力を以て、今一度滅するが良い!」
聖剣は大気の魔力を一瞬にして圧縮。聖剣を中心に魔力が高速演算を開始し、加速度的に増殖させていく。それは炉心。魔力の炉心であった。幾千の魔を消し飛ばした聖剣の所以はここにある。
次元が歪むかのような高濃度なエネルギー体がバルムンクの周囲に展開され、ジークフリートの甚大なる膂力によりそれは振り払われる。結果的に放たれるは光の氾濫。巻き起こる光の渦が、輝き一つ一つに魔力込めて相手を叩き潰すのだ。
勝負は一瞬、蓋を開ければ圧倒的だった。
ファフニールの黄金剣は、あの時と同じようにバルムンクの聖剣により輝きを失い、壊される。そしてバルムンクの一撃は黄金剣の余波ごと、ファフニールを両断し、それだけに留まらず雲海を引き裂いた。切り裂かれた雲海から陽の光が差す。天使の階段である。
両断された竜は大地へと墜落する。巨大な音を立てて、地響きを鳴らし、竜は墜ちたのだ。
「……がっ……ぐっ……ごほっ」
大地には、竜の墜ちた地には男性が転がっていた。そこには醜悪な竜の姿はなく一人の男であった。黄金卿ファフニール。それは黄金の呪いに魅入られた一人の男に過ぎないのだ。
足音がする。あの時と同じであった。ジークフリートがトドメを刺しに来たのだ。
「見事であった、ファフニール。貴様の戦い、しかと見届けた」
いや、違う。そこにいるのは奴ではない。つい先程出会った奇妙な男。名を千刃宗十郎。
「ぶ……ざまなもの……よ……またもや……同じ……死を……迎えるなど……」
「否、貴様は無様などではない。貴様は戦士として存分に戦い、死力をつくし、そして敗れたのだ。そんな貴様のどこが無様だというのだ。拙者は立会人として見届けたのだ。貴様の魂の輝きを。貴様の死に様を。誇れ、その戦いは断じて哀れなものではなかった」
戦いの勝敗は確かに重要ではある。だがそれ以上に大切なものがある。それはブシドーにとっての矜持。正々堂々一騎打ちを挑み、敗者となった者を笑うブシドーはいない。それは戦場の礼節であり、ブシドーだからだ。ブシドーと云うは、死ぬことと見つけたり。如何にして死んだか、そこに貴賤を見出す。
ファフニールにとっては理解し難い考えであった。だがこれだけは分かる。この男は決して哀れみで言っているのではない。心底、本音で……無様に敗北した自分を、決して無様ではないと、誇りであると言っているのだ。
「……は……ソウ……ジュウロウ……その名……決して忘れんぞ……我が……」
最後の言葉を言い終える前にファフニールは息を引き取った。バルムンクの一撃は致命的。むしろここまで息があったことに驚くべきであろう。宗十郎は黙祷を捧げる。死した英霊が、冥府の道を迷わぬよう。