地下深く
無詠唱高等魔法とノイマンの卓越した科学力。この二つが合わさって初めて実現した能力!ノイマンたちの落下速度が弱まる。浮いているのだ。ノイマンは操縦桿を握り、その頭上には巨大なプロペラが大きな音を立てて回転し、宙に浮かんでいる!
「ありあわせで作ったものだが、一人用可搬式航空機と名付けようか!」
「えっ……ひ、一人用……?」
何とかノイマンにしがみつき落下を免れていたアリスだったが、不穏な言葉が聞こえた。
この男は私を突き落とすつもりだ。間違いない。どこまでも自己中心的な男なのだから、平然とそういうことをする。死にたくない。そんなのは嫌だ。……やられる前にやるしかない。
そんなことを思った矢先だった。アリスはノイマンに掴まれ操縦桿を握らされる。
「えっ」
そしてノイマンはいつの間に自分の手元から離れていた。
「そうだ、一人用だアリスくん。残念ながら材料不足でね。"君の分しか"用意できなかった。操縦法をレクチャーできないのが残念だが、身体で覚えてくれ」
そう言っていつもの澄ました笑みを浮かべ落下する。最低限伝えるべき言葉を伝えて。
「まっ……!!」
手を伸ばすが既に遅かった。微塵にも思っていなかった。あの男が、自分の命よりも他人のために命を投げ捨てるなど……。いや、そもそも自分はノイマンという男のことを全然知らなかった。開発局の変わり者、異郷者の中でも希有な変人。
だが……だが……そうなのだ。彼がもたらしたものは全て人々に、他人に幸福や安穏を与えるものばかりだった。それは単にオルヴェリンという大都市だけではない。
彼は人々がどう生きるべきか、助け合いの精神や無償の愛という道徳、倫理観を教えてくれた。飢餓に苦しむ人々のために率先して、農家の人たちと、お父さんたちと一緒に肥料や品種開発に毎日泥だらけになっていた。
ああ、そうだ。私がまだ田舎にいたとき、オルヴェリンから来たという偉い人が、どうして泥だらけになりながら、笑顔で、それでいて真剣に皆の声を聞いていたのを見て、偉い人の中にも良い人はいるって、教えてもらった。
ああなりたいと思った。どうして、どうして無関係な、異世界の自分たちにそこまでしてくれる人が……悪い人間だと思うのか。
『アリスくんは私に任せ給え。』
宗十郎という恐ろしい異郷者に対してノイマンはそう答えていた。それは……それがそんな意味だったなんて、思いもしなかった。
「まだ……告白の返事だって……してないのに……!」
落ちていくノイマンを最後まで見ることが出来なかった。目の前が滲んでいく。涙と後悔の念が止まらなかった。
「ノイマンさんの……ばかぁ……!!」
「え!!?私が馬鹿!!?それは聞き捨てならないぞアリスくん!!」
「ふぁぁぁ!?」
すぐとなりにノイマンがいた。何か背中に機械のようなものを背負っている。バーナーみたいに火が吹き出ている。
「そ、それなんですか……?」
「これか!?今作った!一人用可搬魔導式ジェットパック!私の無詠唱魔法による炎と風の魔法を複合させて擬似的にジェットエンジンを再現したものだ!」
本来であれば二人用の乗り物を作り宗十郎を追いかけるのが一番だった。だがこの落下していく中、流石の天才ノイマンもそこまでのものは作れなかったのだ。故にまずは完全に機械式で動く……アリスのための飛行装置を作り、自分は魔法を利用することで必要部品数を可能な限り削った飛行装置を作り上げたというわけだ。
だがそんな理屈がこの土壇場で理解できるはずもなく……いや理解はできるが感情が追いつかず、アリスは肩を震わせる。
「バカですよ!バカバカバカ!」
「なんだとぉ……!い、いやそれは後だ!アリスくん!私がバカではないことは後で小一時間、教授議論して結論を出すとして!今は宗十郎さんを助けに行くぞ!付いてこい!」
ノイマンはロープのようなものを投げつける。それは三つに分かれてアリスの搭乗する飛行装置に絡みつき固定!そして加速!
魔法を使ったノイマンのジェットパックは、ありあわせの物で作ったアリスの乗る飛行装置よりも遥かに出力が段違いだった。アリスの悲鳴とともに、ノイマンは向かう。五代表と宗十郎のもとへと。
しかし上空を見上げると既に五代表の姿はいない。どこにいったというのか。
「ちっ……なるほど……そんなところに、あったわけですな」
ノイマンは既に理解したのか舌打ちをした。
どういうことなのか、宗十郎はノイマンに問いかけようとした時だった───。
轟音。電磁誘導式加速装填砲は発射された。何も装填されていなかった。その筈だった。発射された弾丸は、五代表自身だったのだ。鳴り響く衝撃音。電磁誘導式加速装填砲は直立にオルヴェリン中央庁に偽装されていた。発射先は真下。地面に向けて放たれたのだ。
「急ぎましょうぞ宗十郎さん!五代表どのの狙いはコレだったのです!なりふり構わなかったようですなぁ!よもやよもや自身を使うなど!!」
「どういうことだノイマン!説明しろ!」
「細かな説明はあとですとも!今は全力でこの電磁誘導式加速装填砲が放たれた先に急ぐのです!そして警戒を!敵は……まだいますぞ!」
ノイマンはジェットを逆噴射して急降下する。その速度はもはや音速ジェット機のようだ!ロープで固定されているアリスは顔面蒼白であった。当たり前である。
そしてそれを追いかけるように宗十郎も落下しながら駆け抜ける。行き先は地下深く。宗十郎が崩落した床から辿り着いた封印された地下室よりも更に奥深い場所であった。
電磁誘導式加速装填砲により空けられた大穴からはまるで深淵の闇のように先が見えず、深い深い穴であることが容易に想像できた。深い深い闇の中、光すら届かぬ深淵。明かりはノイマンの照らす光魔法のみ。そうして最奥に下りた。不気味な寒気を感じた。
地面には血痕。奥へと続いていた。その先にあるのは両開きの巨大な扉である。明らかに危険であることが、触らずとも分かった。触れれば並のものならば発狂も免れないであろう。
「この先に、いるということか」
「いかにも……しかし参りましたな。私の魔法で扉を開く機械を即席で作ろうと思っていたのですが、周囲の壁面、柱は全て有機物。ううむ、これでは些か設計が難しい……」
「問題ない」
宗十郎は扉に手を当てる。瞬間流れ込むのは精神汚染的な何か。
「失せろ!」
叫んだ瞬間、扉が吹き飛ぶ!発剄!ブシドーの基本タクティクスである!掌底に蓄えたブシドーをただ前方に放つのみ!その絶大なブシドーに扉は叩き壊されたのだ!




