闇に潜むもの
エムナが殺される?それはつまり……ジークフリートのような戦闘力を持った化け物がこの戦場にいるということ。そして彼が死んだということは、その化け物に対抗できる者はもうこの世界にいない。
それでもエムナはノイマンに託したのだ。あるいはということを信じて。
「良いでしょう。応えましょうエムナさん。それが天才の宿命ですから。あ、ということでアリスくん、まだまだ終わりではないですけど、とりあえず解散ということで」
「え、ま、ま、待ってくださいぃ~、お、おわおわお終わりじゃないんですよね??だ、だったらわわわ私も連れて行ってくださいって!ま、待って!!」
操縦室を後にするノイマンにアリスは慌てた様子で駆け寄る。アリスは既に事態が極めてまずい状況だと完全に理解した。
「こ、ここからなら私の職員証使う方が早く移動できそうですし……ほ、ほら……!」
オルヴェリン中央庁は職員証に埋め込まれたICチップでセキュリティを構築している。アリスは自分の価値を示すようにノイマンに職員証を見せながら先導する。
「アリスくん!」
職員証を見せつける腕を掴まれ突如ノイマンの胸元に手繰り寄せられる。抱きしめられた形になりアリスは突然のことで頭がパニックになる。
「え、え、私は別にノイマンさんのこと、そそんな、と突然こんなことされも……」
「それが本体がやられ、エムナさんの言う別の手とやらの布石か。ヤグドール」
真面目な口調でノイマンは語る。その態度にアリスは明らかに自分が今妄想したことと違う状況だと理解した。振り向く。そこには、自分がいた場所には、先程自分を襲った触手が大量にいた。無数に、数も多い。
「ノ、ノノイマンさん!ど、どうするんですかあれ!ま、魔法!魔法でどうにか!」
「無理だな。天才的分析によると、先程操られたアリスくんに魔法が通じなかったのは"こいつら"の特性。まぁモノは試しだしやってみるが……」
風の刃を形成し触手に放つ。しかし触手に触れた瞬間無力化された。
「予想どおりだ。天才すぎる私がつらい」
「どうするんですかぁぁぁ……あぁ~……死ぬんだぁ……私たちここで……」
「問題なし!天才の私を舐めるなよ、オルヴェリン防衛機構!ショータイム!!」
ノイマンの叫びとともに壁が変形し、ノイマンの手元に出てきた収納棚!それを掴んだ!
「人類は幾千、幾万の時を経て様々な困難へとぶつかった。その度に何度も試行錯誤を繰り返し!例え答えに辿り着かなくとも次に託し続けていた!私の力の源は言うならば人類の魂のリレー!託されたバトンを!現実にする!これが科学!お前たちが相手にするのは異郷者ノイマンではない!私のいた世界が、私に繋いだ全ての人類を相手すると知るが良い!」
それは巨大な鉄の塊のようにアリスは見えた。巨大な筒状の……何か。
十個に配置された砲身。そしてその砲身に対して無数の弾丸が取り付けられている。砲身から銃弾が発射されることによってその反動で自動的にシリンダーが回転、銃身に対し銃弾が自動装填される機構を持つ。この機構により理論上、何百発、何千発もの弾丸を叩き込むことになるのだ。その名を回転式機関砲!通称ガトリングガンである!
「受けるが良い!これこそが!人類の叡智、叡智、叡智ぃぃぃぃいいいい!!!」
放たれる!銃弾の嵐!とてつもない炸裂音が空間に響き渡るのだ!アリスはこんなものは見たことがない!何が起こるのか理解不能で頭の中はパニック状態となりノイマンにしがみつくことしかできない!
銃弾!銃弾!触手たちはその苛烈な攻撃にひとたまりもなく、ノイマンに近づくことすらできず無惨に跡形もなく消滅した。残すは硝煙の匂い。
「ふっ、魔法が効かないことなど想定済み。天才とはリスク管理も怠らないのだ。よしアリスくん、引き続き助手を頼むぞ」
「え!?じょ助手ってなんのことですか……?」
「……ん?私についてくるとは助手になるのでは……ないのか?まさかこの天才に何の意味もなくついてくるなどとは……」
訝しげにノイマンはアリスを見つめる。もし断ったら……ここに置き去りにするつもりだろう。ノイマンはそういう男に決まっている。
「い、いえいえ……アリスはノイマンさんの助手になりますぅ~……」
引きつった笑みを浮かべながら了承したのだった。
───オルヴェリン地下施設。宗十郎は我武者羅に戦っていた。敵は触手たち。
「これで……最後!!」
目に見える限りの触手を全て斬った。幸いなのは連中の攻撃は体当たり程度しかして来なかった。つまるところ雑魚集団。ブシドーの敵ではない。
皆殺しにしたことで青白い光はなくなり、大穴から差し込む光のみとなった。今、いる場所は地下室。暗くて分かりづらい。見上げると、天井が相当高いように見えて、落ちてきた穴が小さく見える。跳躍で十分届くが、残党を討伐することを優先すべきと判断した。
「ブシドーブリリアント!!」
壁に手を当ててブシドーを流し込む。瞬く間に地下室は明るくなり、全容が明らかになった。そして宗十郎は奇妙なことに気がつく。
「出口が……ない。封鎖された空間ということか」
そう、この地下空間には出口がないのだ。恐らくは改築で塞がれた場所ということだ。しかしそれにしては、奇妙で無数の棚が並んでいて本が収められている。封鎖するのならば荷物も片付けるというのに不自然だ。封鎖するということは何か人に見せられないものがあるということ。師匠も言っていた。戦いは情報を制したものが勝つと。
これら全ての本を読むには時間がかかる。故に宗十郎はブシドーサーチを試みた。重要性の高い書物は宿る魂の色が異なる。それをブシドーで導き出すのだ。その結果、二つに絞り込むことができた。
一つは童謡本。手に取り中身を読む。しかしそれは宗十郎にとってさほど重要性の高いものだとは到底思えなかった。童謡とはわらべうた。子供の頃を思い出し思わず失笑する。経年劣化なのかボロボロとなっているが、読めなくはない。古い本だ。歌詞を目で追った。
『力強い王様 力強い王様がいた みんなを助けてくれた 平和な日々を送った 力強い王様』
『昏き人たちがいた 王様を殺してしまった その死体を食べてしまった 昏き人たち』
『王様の力は得られなかった かえって苦しみに満ちた 罪深き人生に変わった 昏き人たち』
『力強い王様は今も生きてる みんなの心に住んでる 愛と正義を教えてくれる 力強い王様』
───絶句した。
まともなのは1番と4番だけ。その間の歌詞はまるで童謡とは思えない残酷な内容だった。本を閉じる。異質なのはその童謡だけで、他はありふれた内容の童謡だった。
次に宗十郎がブシドーサーチした場所に向かう。そこは何もない。壁だ……いや、よく見ると壁画が描かれている。巨大な地下空間は、この壁画を描くものだったのだと宗十郎は確信した。壁画では人々が祈りを捧げていた。
祈りの先に立つのはいかなる存在なのか判断しかねる異形。奇妙な存在。宗教画で描かれる神々しい存在のことは宗十郎も知っている。
だが、この壁画で描かれた存在は、そんな気配をまるで感じさせなかった。邪悪に満ちた存在だと……なぜだか感じたのだ。
「その絵はこの国誕生の神話を描いたものだ。よくできているだろう」
「何奴!?」
気配を感じサムライブレードを引き抜く、その太刀筋はあと少しで首を断ち切る寸前で止まる。
「お主……あの時の黒衣の……いや、それにしては妙。まるで気配が薄い」
それは黒衣の者。エムナと名乗り幽斎と激戦を繰り広げていた筈の異郷者であった。
「今の俺はただの残り香だ。その武器で斬るにすら値しない、最後の欠片。聞け宗十郎、全てはこの壁画から始まった。五代表とは、そして俺たちが倒すべき敵とは」
エムナは宗十郎の意思を無視して語りだした。この世界の成り立ちを。そしてこの世界の危機を。頼れるのは宗十郎しかいないと。ノイマンもこのことは知っているが、彼だけでは限界があるということを。そして……。
「師匠が敵だと……!?」
「悪いが細かい話をする余裕はない。連中はこの瞬間を狙っていた。状況は急変するだろう。急げ、急いで奴らのもとへ駆けろ。手遅れになる前に、お前に全てを託す」
エムナは光となって宗十郎の腕に吸い込まれる。消えたのだ。
───師匠が敵。
それはまぁ置いておいて、五代表の真実と目的を知らされた時、宗十郎は胸騒ぎがした。
急ぎ跳躍してこの地下空間から脱出。カーチェの元へと駆け出す。彼は若干焦りがあった。もしも今伝えられた情報が真実だとしたら、彼女は最悪の相手に一人向かっていることになっているのだから。