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バルムンク

 ノイマンがアリスに責められている間、ヤグドールの動きが停止した。先程のノイマンの言葉は正しいのか……罠かもしれないと思い、迂闊に飛び込めなかった。しかし、様子は急変する。ヤグドールを覆う装甲が剥がれていく。まるで拘束具が外されるかのように。


 「……それがお前の本当の姿ということか」


 青白く発光した巨大な胴体。無数の目玉。蠢く触手。おぞましい怪物。触手が数本伸びる。まるで槍のような鞭のような動き、その巨体に似合わぬ動きに対応しきれず、衝撃が入る。


 「ぐぅ……!パワーが桁違いに上がっている……!だが!!」


 背中から羽根を生やす。神竜の力の一つだ。そして背中に魔力を一点集中!これにより魔力バーニアが形成され高密度の魔力が噴射される。更に大地を思い切り蹴り上げる。爆音とともに急加速!その身体は輝きを纏い、その威力は乗算的に飛躍する!


 「砕けろ!バルムンクッッ!!」


 閃光、そのバルムンクに込められたエネルギーが衝撃波としてヤグドールに叩きつけるのだ!溢れ出したエネルギーは周囲に流動し撒き散らす。

 だが、その一撃は無数の触手に阻まれた。言うならば防御形態。最大の一撃をあの触手の向こうにあるコアに叩きつけることができれば。それで一瞬で終わらせる。しかし、敵は無数の触手。迂闊には放てない。このままではジリ貧なのだ。


 ───どうしてこんなことに。


 アリスは嘆いていた。自分の人生に。ただ普通の幸せが欲しかっただけだった。そしてそれは目前だった。憧れのオルヴェリン中央庁での勤務!花形!人生の絶頂期はつい数時間前だった。


 「早く終わらないかなぁ……ひっ!」


 そう呟いていると、突然、壁から青白く輝く蛇のようなものが生えてきた。いや触手?


 「なにこれきもい……近寄らないでおこ……」


 距離をとろうとした、その時だった!触手の一部が切り離されてアリスの頭部に衝突!


 「んん!?んー!!んーんー!!」


 ノイマンに助けを求めるも口が塞がれて声が届かない。ノイマンは何やらキーボードをカタカタ打ち込んでいて目もくれない。危機感は更に増していく。先程の触手が近づいてきて、自分の身体に絡んできている。気持ちが悪い……いや、それだけじゃない!


 「んー!んーー!!」


 何かが注入されている。それは肉体にとかではない。自我に何かが侵食されていくような感覚。そして気づいたのだ、これは魔物の類、精神寄生体。自分が殺される。精神的に殺される。

 嫌だ、嫌だ嫌だ死にたくない。ノイマンに手を伸ばすが、まるでこちらには気がついてくれない。助けて、助けて、助けて……。

 アリスの肉体は乗っ取られてしまった。洗脳、人体改造の一歩手前。ノイマンを押し倒したアリスは、思ってもいないことが次々と勝手に自分の口から出てきて、恐怖を感じた。


 (違う……!わたしはまだここにいる……!助けてノイマンさん……!)


 最早、精神も完全に乗っ取られるのも時間の問題。にじむインクのようにじわじわと乗っ取られていく感覚が怖くてたまらなかった。自分の知らない自分が生まれてきていて、恐ろしくて泣き叫びたいのに、泣け叫ぶことすらできないのが怖くて怖くて仕方ない。


 「まぁどうでもいいですぅ、裏切る気なら今ここでしんでくださぁい」


 手が勝手にペンを掴む。狙いはノイマンの喉笛。


 (いやだ……たすけて……たすけて……たすけて……ください……。)


 精神が、心が少しずつ沈んでいくのがわかる。取り返しのつかないことになっていくのがわかる。そんなアリスの心境を察したかのように、ノイマンは笑みを浮かべて答えた。


 「案ずるなアリスくん。君は私が助け出そう!怯える心配は何もない!!」


 え……?心が通じた?ノイマンさんは心が読める異郷者だった?天才だからそういうこともできるの?アリスの心に希望の火が灯る。


 「君の幸運は私が、天才が傍にいたことだ!そして……お前の不幸は数ある異郷者の中でも私が相手だったということだ!天才に……不可能などないのだ!!」


 ノイマンはポケットに入れていた薬瓶をアリスにぶっかけた。薬液はアリスに触れた瞬間に浸透した。とてつもなく強力な薬品であることは明白。


 「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 アリスは叫ぶ。いや、正確にはアリスを乗っ取った者が叫んだのだ。


 「消え失せろ!ここは貴様のいて良い世界ではない!!」


 ノイマンはトドメの一撃とばかりに別の薬瓶を取り出し、のたうちまわるアリスにかけた。


 「あああ……あ?あ……わ、わたし戻ってる……あ、あ……わあぁぁぁぁん!!の、ノイマン様、わたし、わたし……!!」


 涙を流して泣き叫ぶアリス。自分の身体を動かせ、自由に喋れて、涙を零すことがどれだけありがたいことなのか身に沁みたのだ。すがりつくようにノイマンに抱きつこうとする。


 「汚いからやめたまえ!」

 「えぇー…………」


 ノイマンは華麗にそれを躱して、逆に注意した。そして元の席に駆け戻る。


 「邪魔は入ったが、誤差レベル!さぁジークフリートよ、やれ!叩き込んでやれぇ!!」


 ヤグドールの動きが止まる。青白い光が急に弱まる。明らかに今までと違う様子。


 「……いいだろう!お前の言葉、信じてこの一撃に賭けるッ!」


 ジークフリートは自身の胸に手を当てる。胸部に熱量が集中。それを抱えるかのように、当てた手で包み込む。

 それは神竜の力の断片。その力を聖剣バルムンクに注ぎ込む。バルムンクに搭載された聖剣機構は神の力と一時的に融合し、熱量を爆発的に暴走する。

 それはまさしく世界を燃やす大火。それを内包したエネルギー球が、少しずつ、確実に形となる。動きを止めたオルヴェリンに向かい駆け出す。そして両手でバルムンクを握りしめて振り上げた!今度は邪魔はさせない。今、渾身の一撃を、悠久の思いとともに叩き込むのだ!


 「バルムンク・ドラッヘンベインッッ!!」


 瞬間、発生する核融合に等しい灼熱世界。膨張し続ける分子運動は圧倒的物量となりて敵を灼き尽くす!それは煉獄の業火!ゴッドブレス!世界は一瞬収束する。膨大な質量がブラックホールを擬似的に発生させたのだ。


 「ぶちぬけぇぇぇぇッ!!!」


 バルムンクを握りしめる手に力を込める。光は爆発的に加速していきヤグドールへと叩き込まれた。爆燃とともに。巨大な光の柱が立ち昇った。

 世界は晴れる。そこには悍ましきヤグドールの姿はない。大地に立つ、ジークフリートの勇姿だけが、ただ立っていた。


 「反応なし。同志、友よ。終わったぞ。何もかも……」


 ノイマンは感極まった表情を浮かべる。アリスはノイマンとそんなに親しくはないが、彼がそんな表情を浮かべたのは初めてだった。


 「の、ノイマンさん終わったんですか……?これで全部……?」

 「ひとまずはエムナさんに連絡をとらないとな。先程の戦いは彼も見ているだろう」


 携帯電話を取り出す。エムナに連絡……しようと思ったら着信が来ていた。気づかないほどに熱中していたのかと反省する。内容はメッセージだ。


 『俺は殺される。油断するな我が同志ノイマン。敵は既に別の手をとった。』


 「……は?」


 思わず出た言葉。それは、稀代の天才ノイマンですら想定の範囲外であった、異常事態を示すものだった。ありえないことだった。

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