突破口
「てことはあの時のドラゴン様は援軍だったってことかよ!こいつはたまげた……」
皆が驚き隠せない様子だった。ドラゴンとはそれほどまでに希有で強力な存在なのだ。
「改めて挨拶をしましょう。私はカーチェ。この連合軍をまとめているものです。とは言っても連合軍とドラゴン様は別。対等の立場などは要求しないから気にしないでください」
「当然じゃ、勘違いするなよ人間?余らはあくまでオルヴェリンの振る舞いが見過ごせぬから協力するまで、同じ立場でいようなどと思うな?」
「勿論です。そこは弁えています。弁えているんですが……その……」
「なんじゃ、気になることでもあるのか?」
先程から皆が気になっていた。ドラゴンの代表であるリリアンは幼き少女の外観をしている。それは良い。悠久の時を生きるドラゴンに外観など意味がない。そうではなく……。
「なぜ……宗十郎の上に座っているのです?」
そう、リリアンはあぐらをかき座っている宗十郎の懐に納まるようにちょこんと座っているのだ。誰もが理解不能だった。
「ん?これか?当然であろう?宗十郎は余の騎士。いわば余の所有物。本来同じ卓を囲むのもおこがましいのだが、宗十郎に免じて許してあげてるのじゃ」
「二人は知り合いだったのか……?」
「知り合いではなく騎士じゃ!分からぬ女よのぉ、余は今、気分が良いがこれ以上、無粋なことを言うとどうなるか分からんぞ?」
その言葉に亜人たちは敏感に反応し、カーチェにこれ以上の追求はやめるように求める。どうも納得いかないが、余計なことで怒りを買いたくないのも事実なので抑えた。
「……そうだ!ドラゴン様は人間たちも信仰してる!ドラゴン様方が仲裁に入れば戦争も停戦できるのでは?」
エルフの一人が閃いたかのように答えたが、カーチェは首を横に振った。
「確かに私たち人間はドラゴンを特別視している。だが、戦争となれば別。彼らは容赦なくドラゴンを殺しに来るだろう。今日の戦いがその証拠だ」
オルヴェリン中央庁の人間は洗脳されている。そこに善悪の判断はない。命令されれば何だってやる。故に恐るべき集団。
皆、古竜エルダードラゴンが瞬殺されたことを思い出す。今でも理解できなかった。リリアンも苦々しい顔をしていた。しかし、すぐに目の色を変えて見上げるように宗十郎の方を見る。
「エルダーは余の祖父。立派な御方だった。宗十郎……お前は仇をとってくれた!人間がどんな卑劣な手を使ったかは知らないが、お前が負けることなんてないよな……?」
「無論、種子島は強力だがブシドーの足元にも及ばぬ」
その答えにリリアンは立場を忘れ嬉しそうに微笑む。彼女にとって一番大きかったのは祖父の仇を討ってくれたこと。それだけで十分に騎士としての価値があるのだ。
「リリアン、ドラゴンはあのオルヴェリンの城壁を超えることができるのか?」
宗十郎の問いかけにむっとした表情を浮かべながらリリアンは答えた。
「舐めるなよ。ある程度の柵などドラゴンには無いに等しい」
そして得意げに胸を張る。それを聞き宗十郎は黙って頷いた。
「次にカーチェ、オルヴェリンの人々は実際突然ドラゴンが襲いかかっても何事もないように平然としているのか?」
「いや……それはない。都市には避難所がある。もしドラゴンが襲ってくるなら真っ先に逃げ出すんじゃないか。それは何より長くあそこに住んでいた私が保証する」
カーチェの言葉に宗十郎は考えを巡らす。しばらく思案して口を開く。
「それならばオルヴェリン内部に突入することは可能だ。勿論、無血開城。誰一人の、オルヴェリンの市民たちの血も流さないでな」
宗十郎はそう断言した。彼の妙案。それはこの世界の人間には決してできぬ発想。この世界の"理"に縛られない彼だからこそできる発想。
ドラゴンを落とす強大な兵器。それを目の前にして袋小路に入っていた気分だったが、活路が見えたのだ。
───翌日。宗十郎の作戦を実行するためにドラゴンたちは集まっていた。壮観である。亜人も人間も、流石にこの異様な光景には驚きを隠せない。宗十郎たちはドラゴンたちの背に乗っていた。ドラゴンの背は広く、可能な限りの戦闘員が搭乗している。勿論亜人たちの代表も全員乗り込んでいるのだ。
「シュウ、誰だその女は?」
そんな中、幽斎は宗十郎の傍に知らない女が増えていることに気がつく。気配から察するに人ではない。その姿は仮初のもの。宗十郎を拐かす妖ならばこの場で叩き潰す勢いだ。
「師匠、彼女は竜族の代表でリリアンというらしいです」
リリアンは幽斎を見る。宗十郎が師匠と呼ぶ女性。それがどのような豪傑か気になっていた。だが、幽斎の姿を見た瞬間、リリアンは怪訝な表情を浮かべる。
「……ん?いやお前……宗十郎、この女は味方で……良いのか?」
真面目な顔で幽斎を見つめる。何か思うところがあるようだった。
宗十郎はリリアンの言葉に特に疑問は抱かなかった。幽斎はこのような姿をしているが元々は別。事情があって乙女の姿となっているのだから。恐らく竜種の長としての鑑識眼が、幽斎の真の姿を見破ったのだろうと考えたのだ。故にそこから感じる違和感。不思議ではないことだ。
「……へぇ。ドラゴン娘かぁ。珍しい。人間に与するとか、いかなる気の迷い?」
幽斎はリリアンの言葉に気を悪くしたのか、少し挑発的な態度をとる。
「……お前こそ。気味の悪い女。不気味な黒髪、まるで不吉を呼ぶカラスのようじゃ」
二人の間で突然火花が走る。横で見ていたカーチェは理解不能だった。幽斎は大人の対応をとれる女性。ドラゴンに対して失礼な振る舞いはしないと思っていたというのに。
「リリアン、師匠への暴言は許さぬ。そこまでにしろ」
気まずい沈黙を打ち破ったのは宗十郎だった。幽斎の態度はともかく、リリアンの先ほどの発言は明らかな暴言。宗十郎には許しがたいものだった。
「え、宗十郎は余の騎士だから味方……」
「師匠への暴言は許さぬ」
「う、う……うぅぅぅ!!」
表情を何一つ変えず、真顔でそう答える宗十郎にリリアンは涙目になる。そして耐えきれなくなり走り去っていった。大衆の面前でドラゴンの威信を失わないためだ。
「ふ……ガキが、どこの馬の骨かも分からん奴が愛弟子ポイントを着実に貯めていたあたしに勝てるわけないじゃん」
その姿を勝ち誇った顔で幽斎は見ていた。だがカーチェは狼狽していた。
「いや、駄目だ駄目だ!宗十郎!早くリリアン様を追いかけるんだ!作戦の要だぞ!」
「ぬぁ!?師匠、すいませんが今のはなしで!童の戯言と思って許してください!!」
幽斎の返答を待つ前に宗十郎は駆け出す。本作戦においてドラゴンの協力は必要不可欠!だというのにこれでは先が思いやられるのだ!
「ぐすっ……あのね?余は宗十郎のためを思って忠告したのに……」
急いで追いかけたおかげもあってか、すぐにリリアンを捕まえることができた。宗十郎の姿を確認すると子供のように半泣きでべそをかいている。
「いや伝え忘れていた拙者も悪かった。師匠のことならば既に知っている。だがその上で師匠は師匠なのだ。故にリリアン、お主が心配することはない」
「むぅ……ちがうし……ん?あの女はどこにいるの……?」
「師匠か?急いで追いかけた故、先程のところにいると思うが……」
そう言うとリリアンは顔を綻ばせ、だらしない顔を浮かべる。
「ふぅん、それってつまり、最終的にはあの女よりも余を選んだってことだよね?」
「……?いやまぁ確かに今はリリアンが必要だからな」
ぐすぐすと泣いていたリリアンの表情がパッと変わり上機嫌になる。だが戻ろうとすると不機嫌になり袖を引っ張ってここから動こうとしない。
仕方ないので、隣に座り込み、延々とリリアンの世間話に付き合った。宗十郎は思った、子供の世話とはこうも面倒なものなのだなと……父と母の偉大さに改めて感謝するのだった。