無明月落花
デュラハンの因子を取り込み異形と化した吉村が最後に選択した武器はやはり大和守安定だった。その形は何一つ変わりない。友に渡されたその日から。
限界まで超強化された大和守安定は最早、サムライブレードと同等以上の存在にまで高められていた。その一振りはまさに国宝級。唯一無二の対人兵器と化している。まともに受ければサムライブレードとて無事では済まないだろう。
宗十郎は構える。サムライブレードにただブシドーを集中させる。慣れない構え。だがそれは確かに幼き頃、教わった構えだった。
今までにない空気が漂い始める。体内のブシドーはまるで違う挙動を見せる。当然である。これは千刃家の技。宗十郎の肉体に最も適した技、専門分野なのだ。
無風無音であった。お互いの緊張感が極限に高まるのを感じる。世界には二人しかいないようだった。少しずつお互い距離をつめていく。間合いが手にとるように分かった。ポロポロと、クレーターから瓦礫が崩れ落ちる。それが合図だった。
吉村が放ったのは北辰一刀流・落葉。吉村が最も得意とする技であった。上段から振り下ろされる一撃。しかしながらその剣筋は複雑怪奇。更に両腕から片手に持ち替えることにより、射程の延長。奇襲の一撃も兼ねているのだ。
対するは宗十郎、ただひたすらに心は静水の如し。目の前の男は自分よりも格上のブシドーであることは明白であった。技量では敵わぬ。即ちこの戦いを通して、成長しなくてはならないのだ。
世界が収束する。これまでの戦いで、受けた傷が痛む。しかしながら自分でも驚くくらいに落ち着いていた。世界はまるで時が止まったかのように思え、万里万象が見える。感じる。世界の脈動を。世界と一つになっていく感覚。細胞全てが溶けていくような感覚。
父の教え。我が心には、我が血には千刃の者たちが、誇りがある。だがそれだけではない。この異世界で今まで出会ったものたち。カーチェにリンデ、ファフニール……。全ての出会いに意味があり、そして理と知る。
これこそが宗十郎の力の源泉なのだ。宗十郎がその技を選択したのは本能からだった。何故だかは分からない。あるいはこれを見越してのことだったのか今は分からない。魂は震え上がりサムライブレードは再構築。最適化されナノマシンは適合されていく。
膨れ上がるブシドーは宗十郎の体内を駆け巡り、新たな地平へと駆け抜ける。痛みは消えた。限界を迎えた肉体が痛覚、神経をも焼き切ったのか。世界に亀裂が入る。しかしながら、その心は静謐。果てに見えるその先を───捉える。
「見えた!そこかぁ!!」
───吉村の一撃は確実なものだった。最高のタイミング、最高の剣筋。確実に宗十郎の命を奪う致命の一撃だった。先に技を出したのは吉村だったのだ。
だが、現実として、吉村の腕は、大和守安定ごと両断されていた。事象の反転、因果律の逆転。これこそブシドー剣技の奥義、最奥の技。極地。あの日、あの夜。父に最後に教わった技。
その名を無明月落花である。無明の剣。その刃、空を断ち、因果を破る。宗十郎の一撃はデュラハンの因子ごと吉村の首を刎ねたのだ。
「───!……見事」
───悔いはないと言えば嘘になる。今も息子の仇は許せない。
だが……何故だろうか。かつての妄執は感じない。まるで緊張の糸が切れたようだった。
目の前の青年の目は曇りなく、ただ一点を見据えていた。息子と同じ目だ。かつて教えを伝えた童たちと同じ目だ。その目には、その姿には、帰り道を失った童ではない。一人の武士。武士道を知った、真なる武士。あぁそうだ。俺は、最後にこうして武士として……。
吉村の首が転がる。介錯のエンチャントは不要。完全に生命活動を停止したのだ。
「安心せよ吉村。拙者はお主のことを忘れない」
息を切らせながらも、血反吐を吐きそうになりながらも、自然と頭を下げていた。死者への礼節という意味ではない。純粋な敬意。宗十郎は吉村という男に、最後まで救われた気がした。首を拾う。この世界で初めて出会った天晴である武士。ならばブシドーの礼節に従い丁重に埋葬するのだ。
───。 ───────。
遠く離れた場所で弓を構える女性。幽斎である。照準は宗十郎が抱える生首であるが、位置的に宗十郎に矢が当たるので狙うに狙えない。「邪魔」という信じがたい暴言はあり得ない空耳、幻聴の類と判断したが、その後の出来事は彼女にとって許しがたいものであった。
「あんな技……あたしは教えてないんだけど……?」
無明月落花は千刃家の秘伝である。幽斎は当然ながら細川の技を宗十郎に叩き込んでいた。
故にまるで違う体系の技は分かるのだ。腹の底が黒き炎で燃え上がる。弓の構えを解いた。こんな精神状態では宗十郎を殺しかねなかった。それは最悪。死にたくなるほどの後悔が来るのは明白。
弓をへし折る。凄まじい握力で握り潰したのだ。エルフ謹製の魔術的強化が施された弓は靭やかでありながら鋼の強度を誇る。しかし幽斎の前では竹細工同然───。