秘剣
───対オルヴェリン作戦拠点。作戦本部。
「ゆ、ユウさん!?突然どうしたんですか!?」
幽斎は突然立ち上がり弓矢を手に取り放ったのだ。まるでミサイルのように周囲をソニックブームで吹き飛ばし、標的を射抜いた。
幽斎は無言で弓の構えを解く。その一連の所作はあまりにも美しく、同性ながら見とれてしまう程であった。だがその表情は読めない。遠く遠くを見据えており、何か陰の入った不機嫌そうな目つきで睨んでいた。
───これは師匠のブシドーだ。間違いない。
宗十郎はそう判断した。横槍を入れるなどブシドーとしては無粋もいいところ。だが、もとよりここは戦場。数も向こうが上。ならば師匠の弓矢は正当な一撃であり、援護射撃なのだ。だが、だが……タイミングが悪すぎた。
「吉村……殿。もしも、もう少しお主と出会えるのが早ければ、もっとお主と話をしたかった。異郷の武士の話を、異郷の教えの話を、そして……お主の家族の話も」
最後に見せた吉村の人懐こそうな表情と態度。あれこそが彼の本当の姿なのだろうと宗十郎は感じた。電話機を手に取る。連絡先はカーチェ。
「カーチェ。コボルト部隊の救援を終えた。また敵部隊の無力化もかくに……」
殺気。否、それだけではない。
あり得ない。宗十郎は思った。師匠のブシドーは超一級品。その一撃はまさしく鬼神の如く。その絶大な力で首を刎ねられたのならば絶命必至。だというのに……何故、気配を感じる。何故、生きている。吉村の気配が残っているのだ。
───オルヴェリン中央庁にて不敵にエムナは笑っていた。吉村はノイマンの援護を拒否した。このままでは無駄死にである。最新鋭の武装も受け取らず、ブシドーなる面妖な技を使う異郷の使者に敵うはずがない。通常のはかりを超えた存在には、同様に通常のはかりを超えた存在をあてがわなくてはならないのだ。
「そう心配するなよノイマン。既に手はうっている」
───遥か昔の話。まだこの世界が原始の時代。様々な魔獣の存在をエムナは知る。
そしてこう考えたのだ。人類は、この魔物どもの力を使えば更に上の次元へと行けるのではないか?と。エムナにとって人類以外の生き物は全て等しく人のための道具。自然は循環するのではない。人類を中心に巡るのが自然の本質だ。
「武士は首を刎ねられない限り、不撓不屈の精神で戦い続ける。素晴らしい!」
吉村と宗十郎を見て思った。素晴らしい精神だ。どんな強大な敵であろうと決して心折れず戦う姿は、実に人間らしい。だがこうも考える。首を刎ねられない限り戦い続けるのなら、首を刎ねられても死なない身体ならば、一生戦えるのではないか?と。
少し精神にも細工しよう。武士道というのは首を刎ねられるとやはり戦意喪失することだろう。だから、そんな細かいこと気にしてられないような精神状態にすれば良い。
───それは異様な光景。首のない胴体から確かに生命を感じさせる。気配を感じる!
「吉村……どの?どういう絡繰りであるか……」
宗十郎は警戒を解かず吉村に話しかける。確かに首と胴体は離れてている。その言葉に応えるかのように首のない胴体が動き出した。落とされた生首を拾い上げる。
「薩長……おのれ……まだこごさいだが……!卑怯にも錦の御旗掲げで賊軍さ貶めるだげじゃ飽ぎ足らず……おらの家族まで奪うが!」
その目には正気がなかった。ただ怒り狂った幻想に囚われた目。その殺意は宗十郎ただ一点に向けられていた。
「吉村!どうしたというのだ、気をしっかりと持て!!」
「これは我らの復讐だ!武士道の欠片もねぁ賊軍に、我らが義通すための!!」
地面へと刀を突き刺す。その時であった。
コボルトの死体が立ち上がる。首を切り落とされて倒れていたフェンが自身の首をつけなおし立ち上がる。ブシドー・無影弧式により腕が破裂した騎士たちの腕は瞬く間もなく再生を始めた。
───この世界には古の魔獣が多く存在していた。その一つ一つがかつて神と崇められていたに等しい凶悪な生物たち。宗十郎がかつて相手にしたハーピィはその生き残りである。原初の魔獣たちはエムナの手により皆殺しにされた。
他ならぬ、人類に害悪とみなされて。だがしかし、エムナはその因子だけは保管していた。そう、その存在は許さないが、その力は人類のために働いてもらおうというのだ。
因子とは、魔獣たちの力そのものである!
吉村の周辺の死体たちが次々と蘇る。先程死んだコボルトだけではない。地面の下で埋葬された死体たちも、地面の中から次々と這いずり出てくる。
死者の王。嵐の狩人。不吉の先触れ。姿見たものは呪い殺され、生き物の死を支配する圧倒的存在。
その名をデュラハン。またの名を、首なし騎士と呼ばれる存在である。
「フェン!俺が分かるか!?今しがたともに戦った戦友の名を!!」
宗十郎は叫ぶがフェンに返答はない。ただその代わりに、剣の一閃が宗十郎へと放たれるが、先程見せた一撃には遠く及ばない。意思がないのだ。その一撃には魂がない。
「戯けが吉村!かような小手先、勝負に水を差すだけのものと知れ!!」
地面にサムライブレードを突き刺す!そしてブシドー注入!ブシドーを注ぎ込まれた大地は光を帯び、龍脈を浮かび上がらせる!龍脈とは気の流れ!即ちブシドーである!
そこにブシドーを注ぎ込まれたことにより一時的に暴走、発光現象と大爆発を引き起こすのだ!かつてオルヴェリン脱走時に宗十郎が見せた技の真骨頂である!
「これぞタクティクスの一つ!龍紋陣!!」
破裂!衝撃波!突き刺したサムライブレードを中心に、龍脈がまるで紋様のように輝き出し衝撃波を放つ!蘇った死体たちは粉微塵に粉砕!
その技が放たれた後には宗十郎を中心とした巨大クレーターのみ。本来ならば決着がついていた一撃。だが、此度の相手は不死の軍団。宗十郎はその瞬間まで完全に意識の外だった。目の前に、パイナップルのようなものがいくつも、飛んできたのだ。
「───なに?」
閃光。そして爆熱と衝撃波。グレネードボムである。火柱が立ち上がり、強烈な閃光は目を眩ませる。予想だにしなかった攻撃に宗十郎はもろに受け、視力を一時的に喪失したのだ。戦場において、視界を無くすという意味は致命的。吉村の剣が、宗十郎の首めがけて放たれた!
ガキンッ!
金属音。砕かれた音である。宙を舞う刀身、吉村が友より賜りし大業物・大和守安定である。
「舐めるなよ吉村。目を潰したところでブシドーには心眼がある。殺気などブシドーで察知すれば問題はない」
無傷。そこには無傷の宗十郎が目だけを瞑り、そのサムライブレードで大和守安定を叩き折ったのだ。
明白であった。今まで折れなかったのは吉村の技量あってのこと。正面から打ち合えばいくら大業物といえど、サムライブレードには届かないのだ。
「言わずとも分かる。吉村、お主は今、お主の背後にいる何者かに貶められただけのこと。ならば介錯致そう。それがブシドーである拙者の役割……!」
首を刎ねても生きているのであれば、縦一文字に両断する。動けなくなるまで何度も何度も切り裂く。宗十郎はサムライブレード握る力を強め、狙いをつける。その時であった。折れた刀身が、空中であり得ぬ挙動をして、生き物のように宗十郎へと向かってきたのだ!
「なにっ!?」
何とか身を翻し躱すが、あまりの強襲にかすり傷が入る。宙を舞う刀身は、吉村の手元に戻っていった。その挙動、まるでサムライブレードのようである!
「森羅万象、意志なぎものであるべぇともその業物、いずれは魂籠もる。命込められだものだら、当然この理の範囲の内!外道さ下す天誅、今こそ知れ!!」
八百万の神という考え方がある。万物には神々が宿り、その役割を果たすために生まれてきたというものだ。即ちそれは物にも命があるものと考える教義。デュラハンは命あるもの全てを支配する死の王である。命あるもの……仮にデュラハンが八百万の神々を意識し、死した物質に魂宿らせ再び不死の軍隊として蘇らせることができるのならば───。
吉村の周囲に戦場の武装が集結する。その全てが八百万。神々の魂宿るものだと考える!実際は分からないが、吉村はそう本気で信じるのだ!
故に起きる科学現象、それは意図せず起きた化学反応である!集まる武装の中には騎士の持っていた突撃銃が無数。コボルトたちが持っていた武器がいくつか。それらが集結し吉村の肉体を外骨格のように補強するのだ。言うならば武装外骨格である。背中には翼のように構成された近代武装が集結する。
「いざ!推参!殲滅されよ!士道に弓引く大逆人どもよ!!」
轟音。急加速!背中の翼が火を吹いた!アフターバーナーによるロケット噴射!デュラハンの能力により組み替えられた、ノイマン発明の近代武装たちはその姿を変えて、より最適化されたのだ!ジェットエンジンへと!それはまるで音速飛行戦闘機のようであった!信じられぬ挙動、慣性の法則を無視した急加速に宗十郎は吉村のタックルを防御間に合わず受けてしまったのだ!
「ぬぅ!?ぬぉぉおおぉ!?なんだ!?なんだこれは吉村!これがお主のブシドーだというのならば、まっこと奇怪!危機千万!」
気づけば上空一万メートル。星が見えた、昏き闇が見えた。
ここはどこなのか。ありえない空間に吹き飛ばされた宗十郎は困惑満ち足りていた。吉村の突撃はその圧倒的加速力により、大地離れ、重力を振り切り、宗十郎とともに空高く、飛翔していたというのだ。
「北辰一刀流!星崩しィッッ!!」
高度が限界に達した時、アフターバーナーは逆噴射を始める!重力も加わり、宗十郎へと渾身の一撃を叩きつける。高度一万メートル。地面へと急降下!
大気燃え尽きる果てしなき熱!刀身が赤熱と化し、ブシドーを斬り灼く!それはまるで隕石のようだった。二人はこの世界に降り立つ隕石になったのだ!地面衝突まで数コンマ、確実な死が待っている!
「なめるなぁぁッッ!!」
このまま地面に衝突すれば破裂四散!数万トンジュールのエネルギーを五臓六腑に叩きつけられ死亡不可避!サムライブレードにブシドーを注入しナノマシンを散布、防御形態……否!攻撃に転じるのだ!
ブシドーは退き際を誤らない!今は、攻撃に敢えて転じるときなのだ!放つはサムライブレードにより圧縮したブシドー臨界波動である!遥か上空、星の空から叩き落される衝撃を利用し、その力を逆に敵に叩きつける!更にその波動反動により、この落下していくエネルギーを緩和するのだ!!
───人々は見た。空から、遥か遠い空から、赤熱の二対の星が降ってきたことを。
あるものは天災の前触れだと、あるものは神の降臨だと、あるものは世界の祝福だと。
どれも違う。そこにいるのは二人の漢。武士とブシドーが、その魂を削り合い、その武を競い合っているのだ。二対の星は地面に衝突する。瞬間、大爆発。周囲一体を吹き飛ばす。地盤は剥がれ粉砕。山は吹き飛び、大地は剥がれる。川は枯れ上がり地形を変える。