城塞都市オルヴェリン
───城塞都市オルヴェリン。異郷者たちに立ち向かう人々が作り上げた連合都市国家である。築き上げられた巨大な長城ともいえる高い城壁。厳重な守りに囲まれ、まさに人類最後の希望。そんな場所に異郷者である宗十郎が招かれたのは、異郷者ヒュロス撃破の功績があってこそである。
カーチェが案内したのは議事堂。ヒュロスの死体から剥ぎ取った証明品をこの都市連合国家の代表たちに見せて、宗十郎が味方であることを説明するのだ。
連合なだけあって、この都市では五名の代表者による多数決制度を採用している。派閥なども当然あるが……異郷者という共通の敵を倒すために一致団結したのだ。
「宗十郎どの!説明はついた!挨拶をしてくれ!」
「うむ……時にカーチェどの……挨拶とは……つまりこの都市の代表にということか?」
「そのとおりだ!宗十郎どのの活躍には大変感服しており、前評判は良い。変なことさえ言わなければ格別の待遇は約束されるだろう!」
議事堂では五名の代表者たちが座っていた。宗十郎は決して馬鹿ではない。ブシドーとは礼節も弁えるもの。目上のものに対しての失礼は、仕える主君の恥にも繋がる。
カーチェは不安そうな目で見ているがそれは杞憂だった。宗十郎は一歩、二歩歩き跪く。
「当方は異郷より参った千刃宗十郎と申します。まず異郷故、ここでの礼儀礼節については未だ不勉強不徳故、無礼な態度をとってしまうことになるかもしれませぬが、どうかお許し頂きたい。此度はヒュロスなる者の首を取り参上仕り候。恐悦至極でありますが、どうかこの功績を以てしてこの街での滞在の許可をお願いしたく存じ上げます」
代表たちは少しざわめいた。カーチェの話だと、極めて無礼な態度をとるかもしれないが、どうか寛大な心を示して頂きたいと言われていたのだが……いざこうして対面すると、自分たちの前で跪き、頭を垂れて、謙虚にも嘆願をする姿が見れたのだから。
「顔を上げてください宗十郎さん。貴方のことはカーチェから大体は聞いています」
「恥ずかしい話であります。こうして恥を忍び、身勝手な嘆願をしている次第で候」
代表者たちはまた軽く相談をする。しばらくして答えは出た。満場一致だった。
「貴方には本日より仮騎士の称号を与えましょう。またヒュロス撃破の報酬として家屋と土地を進呈しましょう。詳しい話はカーチェから聞いてください」
「御意。此度は寛大なご厚遇、感謝致し申しあげます」
その言葉を聞いて宗十郎は深々と頭を下げた。議場から退室し控室。ようやく厳格な空気がなくなり肩の荷が降りたかのようにカーチェは椅子に座り込む。
「大したものじゃないか宗十郎どの。いや失礼だった、きちんと所作ができている」
「当然のこと。ブシドーとは主君に恥をかかせる事が最大の禁忌。ハラキリだけでは到底許されぬ悪行であるが故、代々ブシドーは幼き頃から礼儀作法は身につけるのだ」
「上出来だ!五代表が満場一致なんて珍しいぞ。騎士の称号まで得られるなんて!」
「うむ……そのことなのだが……きしとは何だ?」
騎士とはこの都市国家に仕える守護者である。人々の為に外敵と戦う戦士たち。だがそれだけではない。都市国家では民にそれぞれ称号が与えられており、その称号により行使できる権限が違うのだ。騎士という称号はその中でも高位なもの。
「なるほど、ブシドーのようなものか。であるのならばあの代表、中々食えぬ連中だ」
「な、何を言うんだ!?騎士だぞ!私と同じではないか、何が不服なのだ!?」
「拙者は国の脅威を排除したのだろう?だというのに拙者に与えられたのは住居と称号……といえば聞こえはいいがつまり、これからもこの国家のために戦えという命令だ」
無論、ブシドーである宗十郎は戦うことに抵抗はない。だがそれはあくまで主君のため。とはいえ騎士とやらになったのならば仕方ない。
「む……むぅ……確かに我々からしてみれば騎士は名誉あるものだが……だが私は嬉しいぞ、宗十郎どののような強きものが民の為に戦ってくれるのだからな!」
「仮ではあるが、約束しよう。早速だが報酬の住宅の方へと案内してくれないか」
案内された住宅は予想通り質素なものであった。一人なのだから十分ではあるが、とても功績者への待遇とは思えない。
しかしこれは仮宿、不満を言うつもりは宗十郎にはなかった。
「そうだ、これを受け取ってくれ宗十郎どの」
カーチェから板切れのようなものを渡される。
「これは電話と呼ばれるものだ。どれ、使い方だが……」
カーチェは宗十郎の手を握り指を板になぞらせる。すると板に画面が映りだした。更に指でなぞると一覧表のようなものが出る。その中にカーチェの名前があった。
その部分を突くと画面が変わる。メッセージである。
『カーチェ「これからよろしくね!宗十郎!」』
手紙を連想させるそれはチャットと呼ばれるもの。更に金属板から音が鳴り出す。
「どう?聴こえる?こうして言葉でも文字でもやり取りできる道具というわけだ」
「なるほど、忍術のようなものであるか」
忍者は遠く離れた相手とのコミュニケーションを忍術により可能とする。ブシドーである宗十郎には叶わぬ力であったが、この世界ではこうして別の力で可能となるのだ。
「ありがたい。しばらくの間ではあるがよろしく頼む」
「こちらこそ頼むぞ!明日また顔を出すよ。案内したいところがあるんだ」
別れを告げたカーチェは立ち去っていく。宗十郎は自宅のベッドに横になった。
こうして異郷での一日は幕を閉じる。未だ掴めぬ主君への手がかり。だが必ずや、主君の前に再び馳せ参じようと、胸に誓い。
───翌日、カーチェに案内されてきたのは相談所だった。昨日の説明にもあったとおり、騎士とは民の助けに応じるもの。こうしてこの相談所に集まった依頼をこなしていくのだ。
カーチェが見せたのはゴブリンの巣窟の討伐。昨日、村を襲っていた野盗のことである。
「あのような小物に手を煩わせているのか?」
「確かにゴブリンは大したことない。しかし数が多い。此度は巣窟……危険な仕事だ」
ゴブリンは砦を構えたり洞窟に住んだりと様々らしい。今回のゴブリンは洞窟に潜んでいる。大型種の確認もされていて難易度は高い……という。
「それで、その任務を拙者がやると?」
「不満そうだな?なんだ、自信がないのか?」
「そうではない。洞窟にいると言ったな?ならば戦わずとも、洞窟の出入り口から火を放てば良い。あるいは爆薬を使い洞窟を全て埋めるのだ。ゴブリンは酸欠で死ぬだろう」
「ゴブリンは人を攫う。見ただろう?今も助けを求めているものがいるんだ」
悲痛な顔でカーチェは答える。できることならば宗十郎のようにしたいのが本音だろう。だが人質の存在からそう簡単に手が出せない。故に直接入り込むしか無いのだ。
「……それの何の問題があるのだ?虜囚となった時点でブシドーならば死を覚悟する。それがブシドーというものだ。それで犠牲が増えるのであれば本末転倒ではないか」
だが宗十郎は違った。もとより戦場には犠牲がつきもの。全てを救うのは理想であり現実的でないことを知っていた。今取るべき最善の策は、敵の居場所を知っているのならば火刑に処すのが一番だと教えられていた。
「い、いやいや捕まっているのはブシドーではない!一般人だ!弱き者たちを……!」
「ブシドーではない……?なぜブシドーではないものが戦場に立っているのだ」
「奴らは村を襲うのだ!見ただろう昨日の姿を!」
カーチェの訴えを聞き初めて宗十郎は認識を改める。自分が戦場だったと思っていた場所は村だったことに。
無理もないことだった。万の軍勢を相手しようと飛び出した戦場が、突如として村になるなど誰が想像できようか。宗十郎は前哨基地の類と考えていたのだ。
しかし、それならばそれで宗十郎に一つの疑念が走る。
───おかしい。カーチェの話だとこの世界は異郷者と戦うためにこの城塞都市を建造したのではないか。だというのにどうして、その都市の外に村があるというのだ。
人々を救うため。だというのに矛盾している。
「……差別か」
カーチェに聞こえないほどの小さな声で、自分の考えを整理するように呟く。おそらくは都市に住めるのは一部の特権階級。貧者は中に入ることすら許されないと考えた。それは宗十郎としても理解できる、合理的ではある。人道的ではないのもまた明白。
しかし今、ここで道徳を説くつもりは毛頭になかった。
「理解した。卑劣な外道に攫われた非戦闘民の救助を第一に考えよう。拙者の世界でもよくあることだ。人さらい、野盗、落ちブシドー。矜持のない鬼畜外道。人の姿をした妖」
そう、宗十郎には紛れもなく正義の心がある。弱者を虐げる悪徳。それは決して許されぬことだ。
カーチェは安堵した。異郷者は度々こちらの常識が通用しないケースが多い。もしも宗十郎が無辜な民を蔑ろにする人物であるならば……到底一緒にはいられないからだ。
だが違う。態度こそは表していないものの、宗十郎の目つきは変わっていた。あれは怒りと義憤に駆られている者の目。彼は信用できる。そう思った。
「報告では上位種の存在も確認されているから慎重に……どこにいくんだ宗十郎どの?」
カーチェは早速、この世界に詳しくない宗十郎に講釈をしようとした。しかし宗十郎は相談所の出口へと向かおうとしているのだ。
「む?ゴブリンの巣を叩くのだろう?これから行ってくるのだ」
「いやいや!何そんなちょっと適当にぶらつくような感覚で言ってるんだ!?ゴブリンの巣だぞ!?入念に準備をしないと!!」
「準備……できていないのか?」
心底疑問を持つかのように宗十郎はカーチェの目を見る。その迷いなき目にカーチェは思った。
───まさか、自分が知らないだけで既に準備が出来ていたというのか。確かに住居で別れてから時間はあった。その間に……?
「なるほど、準備万端ということなら……一緒に行こう。一人では大変だろうし」
「そうか、まぁ確かに人手は多いに越したことはない」
カーチェは急いで鎧に着替えて宗十郎の後を追いかける。ゴブリンの武器は皆、毒が塗られている。故に慣れたものでも入念な装備が大事なのだ。
しかし宗十郎は軽装だった。カーチェはおそらく服の下に鎖帷子のようなものを着込んでいると考えた。要は刃さえ通らなければ軽装でも事足りる。極めて合理的、戦場慣れしている兵だと思わせた。