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魔の異郷騎士

 ───時間遡り、エルフの集落。悪魔に襲われる前。一人の男がやってきた。鎧騎士であった。全身瑠璃色の派手な色をした鎧。エルフたちは警戒感を露わにする。


 「よそ者か、立ち去れ!ここはエルフの領域だぞ!」

 「いいや、ここには俺がいる。即ちそれはオルヴェリンの領土。それが領主の理」


 エルフたちは気がついた。鎧騎士を中心に何やら空気が変容していることに。子どもたちが倒れだす。異変に気がつくのがあまりにも遅かった。


 「皆、逃げろ!!この男、空気を武器としている!!」


 それはエルフを襲う死そのものだった。鎧騎士は苦しむエルフを表情一つ変えず見下す。


 「き……さま……!エルフ狩りか!」

 「いかにも。俺はオルヴェリンより派遣された。この度はこの村に異郷者を匿っているという情報があってな。エルフの村であるが故、皆殺しにして家探しするのが手っ取り早いと思っただけだ。都市国家法の第何条だったか。お前たちに人権はないのだからな」


 それは今まで見たことない恐怖だった。ただそこにいるだけで、害悪を為す怪物。


 「はぁーっ!はぁーッ!ならば……残念だったなオルヴェリンの犬め!お前の探している者はここにはいない!」

 「嘘はよくないな」


 手に持った槍でエルフを突き刺す。死なない程度に串刺しにする。悲鳴をあげ苦しむ同胞を、エルフたちは毒ガスにより身動き一つとれない状態で見ることしかできなかった。


 「一人ずつ苦しませて殺していく。お前たちの心が折れるまで」


 その目には情け一つ感じられなかった。まるで悪魔のような男だった。


 「恐怖に委ねるがいい、そして楽になれ。お前たちの……ほう、自らやってくるか」


 背後には忍者装束に身を包んだ男が立っていた。鎧騎士は目を合わすことなく、そう呟く。

 それは紛うこと無くこの村に匿っていた異郷者。忍者のハンゾーであった。


 「は、ハンゾーさん!どうして出てきたのですか!?」


 森の中、葉音一つ立てず現われるは一つの影。忍というものは隠密にかけては右に出るものはいない。しかし、ハンゾーは姿を自らの意思で現した。他でもない、彼らのために。


 「恩人が窮地に陥っているというのに、それを見過ごすほど、忍者とは鬼畜ではない」


 義なき世は人の世に非ず。ハンゾーとて人の心持つ人間。そこに立つ理由はそれだけで十分だった。


 「判断が遅かったな。早く来てればエルフたちも犠牲にならなかったというのに」


 地に伏し苦しむに喘ぐエルフをハンゾーは一瞥する。ニンジャマスクの下で、苦悶の表情を浮かべるが決して態度には出さない。戦場とはクールでなくてはならない。


 「心配無用。我が忍術をもってすればこの程度の毒ガス、馬耳東風よ!」


 ハンゾーが印を結ぶと風が巻き起こる。既に忍術は発動していたのだ!ハンゾーを中心に巻き起こる風はまるで竜巻のように高く高く舞い上がっていく!


 「天音煌めく地平の果てよ、胡蝶の如く虚ろかな幽玄を解き放て、これぞ天地返し!」


 印は広がり空間を埋め尽くす。世界を騙す至高幻術である。世界のヴェールは剥がれ落ち、全ては砂上の楼閣の如く消え去るのだ!その起きた事実、運命、因果を!


 「え!?あ、あれ……?おれたちどうして……」


 事実、因果の反転。起きた出来事を幻とし、幻を現実とする。これぞ忍術の真骨頂。

 先程までエルフたちの身体を蝕んでいた毒は完全に消えた。まるで何事もなかったかのように。だが間違いなく記憶にはあるのだ。目の前の鎧騎士の悪逆な手により、死地を彷徨ったことに!


 「事象の反転、因果律の操作、時間軸干渉か。そこに到達しているものがいるとはな」


 鎧騎士の言葉にハンゾーは冷静に分析する。理解が早すぎると。忍術とは初見殺しのものが多い。この鎧騎士は一目でその本質を言い当てた。只者ではないことは明白。


 「貴様のあては外れた。次はその首を貰い受けるぞ」


 毒ガスを使用し弱った相手にトドメを刺す。その目論見が外れた今、ハンゾーは勝機を確信する。卑劣な手を使う外道は得てして弱者と決まっているからだ。


 「よもや、今の俺が全力だと思っていたのか」


 ───殺気。瞬時にハンゾーは飛ぶ。


 ドゴォォォン!!


 爆裂音だった。ハンゾーが今いた場所にクレーターが出来ていた。突然湧いて出た殺気。完全なる不意打ち。それは天空より叩き落された雷の如く大地を砕く。クレーターの中心で黒き紫電を放つ武器が突き刺さっていた。


 「なんだ……あれは!?」


 それは巨大な斧槍だった。それを鎧騎士は片手で軽々と持ち大地に立つ。禍々しい装飾に、重々しい鎧。多くの返り血を浴びたのか、斧槍の所々は黒ずんでいて、異形ともいえるその様相は恐怖感を与えるには十分すぎるほどだった。


 「ぜ、全員構えろ!」


 エルフたちはハンゾーを援護しようと弓矢を構え解き放つ。

 エルフの弓術は並みの弓術ではない。黒曜石の矢じりにエルフ独自の魔術刻印、そして魔術を込めた一撃。その一撃は対城バリスタを遥かに超える威力。鎧など簡単に貫き破壊し、人体など爆発四散する。そんな音速の矢が無数に鎧騎士へと放たれた。もはや塵芥になることは必須。だが鎧騎士は躱そうとしない。


 「何だこれは、飴細工か?児戯ならば童とするがいい耳長ども。かような一撃、騎士の心には届かぬと知れ」


 突き刺さった矢は鎧に刺さりはしたがそれだけであった。鎧騎士は矢を掴みへし折る。


 「子供を連れて逃げろ!ここは某一人で相手致す!!」


 ハンゾーは敵の性質を瞬時に理解した。エルフたちは勝てない。力量不足ではない。


 「まだ、生きて帰れると思っているのか」


 鎧騎士は斧槍を逃げようとするエルフへと振り下ろす。しかし、その凶刃はエルフに直撃する寸前で止められた。ハンゾーである!ハンゾーが身の丈ほどある巨大な斧槍を小さなニンジャナイフで支えているのだ!


 「いけっ!!某のことは気にするな!!」


 忍術、爆破微塵。鎧騎士に向けて爆薬を放つ。これは物理的現象、即ち直撃は免れない!


 「ほう、理解が早いなハンゾー」


 黒煙が晴れる。鎧騎士は爆撃を受けて不敵に笑った。


 「こちらの自己紹介は不要であるようだな。では貴様は何者だ。名乗る名前くらいは持ち合わせているのだろう」


 少しでも時間を稼ぐために尋ねる。意外にも鎧騎士はそれに応じ、斧槍を一度収めた。


 「俺はオルヴェリンが神聖五星騎士の一人。そしてこの世界に伝来した異郷者。名をジル・ド・レェ。人は俺を魔女殺しの騎士、悪逆の大罪人と呼んだ」


 それはブシドーとは異なる価値観を持つ異世界の騎士。

 そして神聖五星騎士とはオルヴェリンに忠誠を誓った、恐るべき五人の騎士達である。

 再び斧槍を構えたジルは瞬間的に加速。瞬間大気は爆発したかのように吹き荒れる。ジルの圧倒的な質量が空気を歪め、暴風を引き起こしたのだ。


 「さながら飛騨の魔猪といったところか……!」


 ハンゾーは護符を展開。火炎、氷結、雷撃、呪術……忍者における基本忍術である。ブシドーですら怯むその比類なき一撃。あらゆる厄災が秘められた秘術である。


 「貴様も、魔女か」


 ジルは避けようともしなかった。

 否。必要がなかった。護符の展開を無視しそのまま直進したのだ。ハンゾーの忍術は直撃する。だが、その護符全てがジルに触れた瞬間無力化される。突き進み斧槍をそのまま突き上げる。

 あまりの猪突猛進ぶりにハンゾーは思わず怯むが、身体を翻す。その圧力、まさしく魔猪である!


 「随分と無茶苦茶を……やはりお主は!」


 間一髪で躱した一撃。大木が斧槍に貫かれ、そして粉砕。倒れる。


 「気づいたか。俺の肉体に術の類は通用しない。この肉体全てがあらゆる術を無効にする。そういう理で出来ているのだ。故に魔女殺し。かつて数多の魔女を、我が祖国の威光貶めんとする、売女どもをこの槍で串刺しにし、引き裂いてきたものだ」


 言葉とは裏腹に怒りに満ちた表情で歯ぎしりを鳴らす。ハンゾーはニンジャブレードを構えた。術の類が通用しない。それは強弱に関係ないのだろう。かのセーメーの術ですらこの男には通用しない。そういう理なのだ。だがセーメーは術の効かない相手に対しての対抗策も編み出しており、それはハンゾーたちのいた現代にも伝わっている。


 「忍術、木遁!大樹林!!」


 ハンゾーは地面にニンジャブレードを突き刺した。ニンジャブレードを介して術式展開。周囲の森はざわめきだし、まるで意思をもったかのように動き出す。そう、術を介して操り、それを手駒として敵を倒す。術が効かない相手ならば、間接的に叩けばいいのだ。

 樹木の怪物たちが触手のように根、枝を伸ばし、ジルへと襲いかかる。四方八方から来るその攻撃は回避不可!絶体絶命とはこのことである!


 「温い。茶番のつもりか異郷者よ」


 片手で斧槍を振り回す。その一振りで樹木は吹き飛んだ。まるで草原を薙ぎ払うかのように、樹木は吹き飛ばされるのだ!

 圧倒的膂力。ブシドーに匹敵する天性の肉体。小手先の技は一切通じない。この男を倒すには、真っ向勝負しかないと確信した。


 「やれやれ、忍者とは本来隠密するもの、正面突破など向いてはいないのだがな」

 「難儀だな。安心しろ、命までは奪わん。貴様は城に連れ帰るのだからな」


 ───どういう意味だ。


 ジルが何気なしに触れた言葉。


 ───目的はエルフたちではなく、自分であったというのか。何のために?


 「失言。だが……些細なことだ。逃走の道は最早ない。お前は俺に捕まるしか道はないのだ。もし逃げたら……この森を焼き払うぞ」


 目的が自分ならば逃走するという手はあった。だがその逃げ道も潰される。

 森に火を放つ。

 ジルはそれを平然と行い、この森を集落を壊滅的になるまで、見せしめのように破壊し尽くすであろう。そういう人種だ。目的の為ならば手段をとらない。勝利唯一つを至上とする完全なプロフェッショナル。

 本来ハンゾーには関係のないことだ。エルフの森を燃やしたければ勝手にすればいい……。だが!受けた義理を返さずしてこの危機を見逃すなどできるはずがないのだ!


 「一つ間違っている点があるぞジル。某に与えられた選択肢はもう一つ。お主をこの場で倒すことで候!」


 忍術を攻撃から補助展開に変更。ニンジャブレードに護符を展開し、ジェットバーニアを装着。また身体関節部に身体強化及び、活性酵素を取り回した。

 いうならばニンジャ・白兵戦スタイルである。その力はブシドーにも比肩するのだ!


 「いざ、参る!」


 空中走法により宙を自由自在に駆け巡る。更にシルエットミラージュを活用し数百体に分身するのだ。無論、これを攻撃に転じるわけではない、あくまで目眩ましである。


 「分身……か。小賢しい手を使うのはお互い様ではないか」


 ハンゾーの分身を見て、表情一つ変えずジルは呟く。

 背中に展開した大型ニンジュツバックパックのバーニア展開により慣性の法則を無視し、空中で加速する。その軌道は不規則で読むには至難の技。


 だが真実は違う。遥か上空にハンゾーがいた。超高度より落下速度を加え渾身の一撃をジルに叩きつける。これがハンゾーの目論見である。

 ジルは上空のハンゾーを見上げることはない。無数のハンゾーの分身にどれが本体か計りかねているのだ。


 「受けよ!これぞ忍者の矜持よ!!」


 振り下ろすニンジャブレードは確実な死を纏っていた。その切っ先は鋭く重い。今、ジルの首筋に断頭台の如く必殺の刃が叩き込まれようとしていた!


 「そこか」


 その刹那───。

 ジルの斧槍は的確にハンゾーへと向けられた。数コンマの動きであった。人間の反射神経を遥かに超えたその動きは人外じみていた。


 「ッ!?」


 即座にハンゾーは身体を翻し回避行動に移るが、間に合わない。その斧槍がハンゾーへと突き刺さる。臓腑を抉り貫かれた。完全な致命傷。


 「ば、馬鹿な……ありえぬ。今の動き……人を凌駕している。確かに某の動き、捉えていなかったはず……」


 重症であった。ジルの斧槍は確実にハンゾーの腹部を貫いていたのだ。距離をとったものの出血は止まらない。


 「知れたこと。いくら小細工を弄しようが、最後にトドメを刺してくるのは本体であることが道理。そこを狙えば、誰にでも対応は可能だ」


 ありえないことだった。ハンゾーの動きはマッハを超えていた。認識したところで反射できる神経の限界を超えている。

 考えうるのはジルには未だ見せていない力があるということ。術が通用しない天性の肉体はカモフラージュ。ただの副産物であり、本来の性質は別にあるのだ。


 ───ぬかった。敵の本質を見誤ったのだ。最初の幻術によりニンジャパワーを著しく消費した上に、エルフたちの避難のため……早期決着を目論んでいたが甘かったのだ。


 「安心しろ。殺すつもりはない、と。だが必要なのは会話能力のみ。その小賢しい手足は切り裂こう」


 歩み寄るジル。その身に秘めた力。それが解明できぬ以上、ハンゾーに勝ちの目は皆無。

 恩義あるエルフの集落をこれ以上、荒らされるわけにはいかない。ならば虜囚になるのも仕方ない……ハンゾーがそう考えた時だった。


 「……!は、なるほど。いやいやまだ某にも目はあるか」


 ハンゾーは傷口を抑えながら立ち上がる。ジルは足を止めた。


 「ぐっ……なぁにそう身構えるなジルよ。忍者とは……お主らと違い……正々堂々雌雄を決することだけが本懐ではないというだけだ」


 展開される忍術。ジルは警戒する。紋様のように浮かび上がるそれはハンゾーの周囲を取り囲み、そして大空へと舞い上がった。そして大きな炸裂音が森に響き渡ったのだ。


 「……なんのつもりだ?音を鳴らしただけで……なるほど」


 ジルは森の奥を見据える。ハンゾーの意図を遅れて理解したのだ。

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