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03 やっぱり居る!


 午後十一時、帰宅。


 小学生の社会見学について、日浦さんとの反省会が長引いてしまったので、いつもより帰りが遅い。


 そして今日は、客人が一人。


「俺、ホンマに寄ってってええの?」


「藤野さんがあのあと最終的に「師匠て呼べ、任せとけ!」て言うたんでしょ!死人とはいえ、風呂も着替えも便所も見放題なんてことになったら、私の人権は一体どうなるって言うんですかっ!」


 藤野さんが、俺の言いたいのはそんなことちゃうねん……とかなんとか言ってたような気がするが、この際、聞かなかったことにしよう。


「ほら、頑張れ、師匠」


 鍵を開けるなり、藤野さんを玄関に押し込んだ。


「……結構、綺麗にしてるねんな」


「散らかすほど物がないだけです」


 玄関先では、何も起こらなかった。


 リビングに入る時、癖で「ただいま~」とか言ったのがいけなかったのか。


『今日は遅かったのだな』


 ばっちり奴がでてきた。


「本当にうちにいましたね……、師匠……。って、師匠……?」


 藤野さんは、すっかり固まっていた。


 役立たず……。


『……見た顔だ』


「見た顔って……、同僚の……むがっ!」


 後ろから口を塞がれた。


 日頃のコブラツイスト並みにしっかりきまっている。外れない。


 私は、ふがふが言いながら文句を言った。


「阿呆……!化けもんにみだりに名前なんか教えてどうする気や」


 藤野さんは、私に聞こえるか聞こえないかというくらいの小声で言った。


 もちろん幽霊には聞こえなかったらしい。


 私が「わかった」と合図を送ると、藤野さんはやっと手を離した。


『……そこの御仁の名を訊く前に、其方の名を訊ねるのを忘れていた。教えては貰えまいか?』


 思惑があるのかどうかわからないが、霊が淡々と訊ねる。


「私の名前……」


 確か、この霊の名は藤原教方とかいったよな……。


 私だけが一方的に名前を知っているのも、不公平か。


「私は高村。高村秋」


 世のひと曰く思い立ったが吉日。


「言うたそばから、何で名前……」


 何でって……。


「相手が名乗ったからには、こっちも名乗るのが常識でしょうが!」


 しかも、昨日名乗るの忘れてたし。


 わざわざ訊かれたのに答えないのは失礼すぎるだろう。


「普段賢いのにアホな子!」


と、藤野さんは悲鳴を上げた。


「で、この霊が今朝から話題の藤原教方さんです」


 私と霊は、二人してじっと藤野さんを見つめた。


「同僚の藤野です……」


と、藤野さんは渋々と言った様子で言った。


 そうとも。人間、あきらめが肝心だ。


「藤野さん。普通に考えてみれば、こんな所に鎧武者がいるって、かなり面白いですね」


「生きてはったらな……」


 死んでたら、面白くないのか……。


 でも、生きてたら面白い、と。いや、そっちの方が危ないだろ。


 我が家で立ち話をするのも妙なので、私はソファに腰を下ろした。


「藤野さんも、藤原さんも座らはったら?」


「どうしてまたそんな普通にできんの……、きみ……」


「意外と能天気だからですよ」


 幽霊は物がわかってないのか、ソファの横のローテーブルの上に腰掛けた。


 食卓でそんな所行に及べばすぐさま追い出してやるぞ、と思いながらも、この場は黙っておいてやる事にした。


「あの、藤野さんって幽霊触ったこと有ります?」


「触られたことは有っても、触ったことはないなあ」


「昨日、うっかり触ってしまったんですけど。この人、まだ生きてはったりしません?」


「ごめん、俺、幽霊触る人って、これまで見たことも聞いたこともないねんけど……」


 私は「失礼」と声をかけて、霊の腕をつかんだ。


「ほら」


「………嘘や……、ありえへん………」


 私と幽霊は、手をつないでカーテンコールにでも応えているような格好になった。


 どう考えても人体に触っている感覚がある。


「でも、死んではるねんやろ?」


『そうだ』


「ほんま、信じられへん……」


「体温ないんですよ。藤野さんも触ってみたら?」


「ええんかな……」


『試してみるか?』


 これで、藤野さんも触れるようで有れば、偽幽霊決定である。


 差し出された幽霊の手に、おっかなびっくり伸ばされた藤野さんの指先は、するすると奴の体を通り抜けた。


「あかんみたいや……」


 そういえば、よく目をこらすと、幽霊の向こう側に、部屋の景色が透けている。


「ホンモノなんや……」


 改めて感動が湧き上がってきた。


「その前に、自分、体どうなってるん?」


 私の手をそんなにしげしげ見つめても、何もわからないと思うのだが。


「幽体離脱しているような形跡はないよな」 


「してませんて!」


「不思議や……」


 師匠にさえ不思議がられる、弟子の私はどうすればいいんだ。


「高村くんとの遣り取りをみてると、悪ひョ……!?」


「禁句です、それ」


 奴が拗ねるので。


 口の端を左右から思いっきり引き延ばしたので、藤野さんは非常に間抜けな面を晒している。面白いからそのままにしておいた。


 すると藤野さんは、その顔のまま物を言った。


「はあったふぁらへぇはらひへ」


「腹減ったから何かくれ?」


『わかったから手を離せ、と申しているのではないか?』


「なるほど」


 わざと左右に引っ張りながら手を離した。


 頬を両手で押さえている藤野さんの顔に「藤原さん……、めっちゃええ人やなァ……」みたいな表情がありありと浮かんだ。


「けど、まあ俺が心配するまでも無かったみたいやな」


 ぽんと私の頭に手を置いて、


「ほな。俺、帰るわ」


 そう言って爽やかに帰っていこうとした藤野を、私はぐっと引き留めた。


「私の人権はどうなるんです……?」


 その時、私が放っていたオーラはそこいらの悪霊よりも怖かったと、藤野は後日になって白状した。


 その後、藤野さんは軽口を叩きつつも、風呂とトイレ、箪笥のおいてある寝室に、霊が入ってこないよう封印を施していってくれた。封印をする前に、上手く霊を言い含めておいてくれて、さすがはお寺の息子だと関心しながら、私はそれを眺めていた。


 藤野さんが魔除けを施している間、霊は大人しくリビングで待っていた。


 明日、藤野さんに何かお礼をしておこう。




 さて、私はこのやたら物わかりの良い霊に、確認しておかねばならないことがある。「あの、藤原さん…」


『教方でいい。その氏うじは、自ら捨てたようなもの』


「では、教方さん」


『先程から気になっているのだが、さんとは、如何なる意味か?』


「敬称です」


『聞き慣れぬ故、気味が悪い。それならいっそ呼び捨てて構わぬぞ』


「身分とか気にしないんですか?」


『四民平等とやらになったのではなかったか』


 案外、考え方の柔軟な霊なんだな。


「それじゃ、遠慮無く」


 多少おかしいが、現代語も喋ってるし。


「私の事も呼び捨てでどうぞ」


 そうする、といって教方はふわふわと宙に浮いた。


 話が逸れたが、いよいよ本題に入らなければなるまい。


「それで、もしかして……、博物館に戻る気がなかったりとか……しません?」


『しばらく世話になるつもりだ』


 出来ることなら幻聴だと思いたい。


 第一、幽霊の言う「しばらく」って何時までだ!まさか、私が死ぬまでじゃあないだろうな……。


 この日以来、私と教方との微妙な、いや奇妙な同居が始まった。


 せめて家賃くらい入れてくれないものだろうか。切実にそう思う。

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