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第86話 俺は何度も失敗を繰り返してきた。

 それから俺は、学校を休みがちになった。

 多分両親も何かがあったことはわかってくれていたのだと思う。俺が休んでも、特に何も言わなかったから。


「九郎、由佳ちゃんにお手紙書く? 離れてから結構経つし、いいタイミングだと思うんだけど……」


 ただある時、母さんは俺にそんな提案をしてきた。

 由佳の名前を出されて、俺の心は少しだけ動いた。彼女に会いたい。その気持ちは一気に膨れ上がった。

 しかし同時に思ってしまった。今の俺を彼女には見られたくないと。こんな情けない姿を見せたら、彼女に嫌われてしまうと。


「ごめん、母さん……もう由佳とは会いたくない。手紙も出したくないし、関わりたくないんだ」

「九郎……」

「……」

「……わかった」


 そこで俺は、由佳との関係を断ち切った。希望も捨てて、ただ一人で殻にこもることを選んでしまったのである。

 今思えば、それは愚かな選択だったといえるだろう。でもあの時の俺には、それが一番いい選択であるように思えたのだ。


「あのね、九郎。実は、お父さんの転勤がまた決まったの。また転校することになってしまうけど……」

「転校……」

「ごめんなさいね、あなたには苦労ばかりかけて……」

「……いや、いいよ。全然」


 きっとその転勤は、偶然ではなかったのだろう。俺のために、父さんは転勤することを選んでくれたのだ。

 こうして俺は大きな失敗を経験して、新天地へと行くことになった。でも一度折れた心は、そう簡単には治っておらず、俺はそちらでもそれ程上手く立ち回れなかったように思える。


「藤崎君も一緒にどう?」

「いや、俺は遠慮するよ」

「そっか……」


 俺は学校で人との関りを避けていた。また前のようになることが怖かったからなのか、いつも一人でいたのである。

 ただそんなことをする必要はなかっただろう。そのクラスは前と違って皆優しく仲が良かった。輪に入っていれば、快く受け入れてもらえていたような気がする。


「ごめんな、九郎。実は父さんまた転勤が決まったんだ」

「……ううん。大丈夫だよ、父さん」


 そんな学校でしばらく過ごした後、俺はまた転校することになった。

 今度は本当に仕事の都合だったのだろう。父さんが申し訳なさそうにしていたことを今でも覚えている。


「藤崎ってさ、なんか暗いよな?」

「近寄りがたいって感じ」


 次の学校でも俺は、前と同じように過ごしていた。

 ただ違っていたのは、そちらの学校では俺の態度は明確に気にくわないものだったということだろう。

 そこでも俺は色々と言われることになった。ただそれは最初に転校した学校よりは些細なものであり、俺にとってはなんとか耐えられるくらいのものだった。


「九郎、入学おめでとう。それとまたこんなことになってしまってごめん」

「いいや、いいよ。父さん」


 中学に入る前にも、父さんは転勤することになった。

 それももしかしたら、俺を気遣ってくれたからなのかもしれない。悟られないようにしていたつもりだが、学校で色々とあったことは両親も薄々気付いていたような気もするし。


「藤崎君、どうかしたのかい?」

「……いや、なんでもないさ」


 中学一年目は、結構穏やかだったと思う。今考えてみると友達といえるくらいの関係性の相手もいて、それなりの学校生活だった気がする。

 とはいえ、そいつとは二年で別のクラスになってからほとんど話さなくなった。元々友達が多い奴だったので、別に俺のことを気にかけたりはしなかったのだろう。


「藤崎っていつも本読んでるよな?」

「なんか陰気臭いよね?」


 そしてそんな二年の間も上手くいったとは言い難い。やはり俺はあまり受け入れられず、色々なことをされたし色々なことを言われた。

 しかしそれでも一年間はなんとか乗り切れた。乗り切れるくらいには、俺の心も鍛えられていたということなのかもしれない。


「藤崎、ノート見せてくれないか?」

「ああ、別に構わないが……」

「サンキュー」

「……」


 三年生の間は、なんというか普通だった。

 人数が多いからか、中学校のクラスというのは一年一年で大きく変わり、前年度までの雰囲気を引きずったりはしなかったのだ。

 だから、それなりに楽しい学校生活だったような気もする。もっともそれは、受験などで皆それ所ではなかったというだけなのかもしれないが。


「九郎、実はね。戻ることになったんだ。九郎が生まれた……由佳ちゃんがいる所に」

「それは……」

「申し訳ないけれど、高校はあっちの高校を受験してもらえるかな? それに合わせて転勤できるように話はしてあるから。ただもしも九郎が一人暮らししたいというなら、それでも構わないけれど……」

「……いや、あっちの高校を受験するよ」


 こちらに戻って来られると聞いた時に俺が思ったのは、由佳に会えるかもしれないということだった。

 あれだけ彼女のことを避けてきたのに、そこではそう思ってしまった。それはなんとも都合がいい話である。

 しかし結局の所、俺はそのような考えは捨てた。やはり合わせる顔がないと思い直したのだ。

 ただそれでも、高校はそちらでいいとは思った。一人暮らしに憧れがない訳ではなかったが、別に親元を離れたいと思っていた訳でもなかったため、両親について行くことに決めたのである。


「入学式か……」


 高校を選んだ時も、由佳のことは少し考えた。しかし彼女と一緒の高校になる確率の方が低いと思い、それ程気にはしなかった。

 しかしながら、俺はその低い確率を引いたのである。思えばそれは、運命の悪戯だったのかもしれない。

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