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第77話 今日の俺は本当に駄目かもしれない。

 風呂というものは、体の疲れとともに心の疲れも落としてくれる安らぎの場であると俺は思っている。

 湯船に浸かって一日を振り返るその時間は、何事にも代えがたい時間だ。

 ただ残念ながら、今日の俺にとって風呂は安らぎの時間ではなかった。なぜなら今入っている湯船は、由佳の家の湯船だからだ。


「……いや、まあただの湯船ではあるんだが」


 別に由佳の家の湯船は、特別という訳でもない。しかしながら、由佳が毎日この湯船に浸かっていると思うと、なんだか変な感じがしてくる。

 邪念が俺を包み込んでいるのがわかる。由佳の裸体を想像してしまう自分が、どうにも情けない、


「いかんな。別のことを考えなければならない……」


 やましい心を振り払うために、俺は一度別のことを考えることにした。

 そういえば、もうすぐ中間テストである。成績は悪い方ではないし、授業にはそれなりについていけているが大丈夫だろうか。

 由佳と再会してから楽しい日々を送っていたが、考えてみれば勉学は少し疎かになっていたような気もするので、少し心配だ。


「ろーくん、湯加減はどう?」

「うん? ああ、悪くはない……が」


 真面目に危機感を覚えた俺は、聞こえてきた声に生返事を返していた。

 しかし声に出してから理解した。由佳が近くにいるということを。


「……由佳、どうしてここに?」

「あ、うん。あのね……ろーくんのことが気になって」

「気になる……そ、そうか」


 お客様ということで一番風呂を譲られた俺は、由佳を部屋に残して一人で一階に下りてきた。そのため本来ならば由佳は部屋で待っているはずなのだ。

 だが、事実として彼女はすぐそこにいる。そのことに俺は動揺してしまう。また邪念が湧き出してくる。


「本当は一緒に入りたいんだけど、流石に少し恥ずかしいから……」

「うぼっ」

「ろーくん?」


 由佳から極めて自然に発せられた言葉に、俺は思わず体勢を崩して溺れかけた。

 確かに小さな頃は一緒にお風呂に入っていた訳だが、今一緒に入ったらそれはもう大変である。それを由佳は、わかっていないのだろうか。

 いやでもやっぱり一緒に入りたいし、ここはそんなあれこれは言わない方がいいかもしれない。だが、それはなんとも不誠実だ。由佳のためにも、ここ鋼の理性を持って発言するべきだろう。


「まあ、当然今一緒に入るというのはまずいだろう」

「まずいの?」

「……由佳、これでも俺も男の端くれなんだ。それはちゃんと理解しているか?」

「あ、うん。ろーくんが男の子だってことはわかってるよ?」

「うむ? そうか」


 由佳との会話は、絶妙に噛み合っていないような気がした。

 俺のことをきちんと男の子として認識しているなら、一緒にお風呂が少し恥ずかしいで済むとは思えないのだが。


「あ、一緒にお風呂っていったらね。お母さんとお父さん、今でも一緒に入っているんだよ」

「あ、そうなのか。本当に仲が良いんだな……」

「うん!」


 由佳の両親は、昔から一緒にお風呂に入っていた。何度も泊まっていたため、それは俺も覚えている。

 しかし娘が高校生になっても一緒にお風呂とは、本当に仲が良いとしか言いようがない。

 そんな二人の元で育ったから、由佳もこんな感じなのだろうか。俺はふと、そのようなことを思った。


「ねえ、ろーくん。背中流してあげようか?」

「……何?」


 由佳の耳を疑うような提案に、俺はまた変な声で反応してしまった。

 背中を流すということは、要するに由佳がここに入って来て、俺と触れ合うということになる。

 もちろん、由佳の側は服を着ている訳だから、そこまで問題になる訳ではないのかもしれない。ただ流石に断った方がいいだろう。なんというか、色々と耐えられなさそうだし。


「いや、大丈夫だ。流石に由佳に裸を見られるのは少し恥ずかしい?」

「そう?」

「ああ、由佳だって恥ずかしいだろう?」

「……わかった。それならまた今度ね?」

「あ、ああ……」


 また今度という言葉に、俺は言葉を詰まらせてしまう。そのような機会がいつか訪れるというのだろうか。

 いや当然俺だって、そういう機会が訪れて欲しいとは思っている。というか、一緒にお風呂に入りたい。それが本音である。

 ただそうなるためには、やはり告白して受け入れてもらわなければならないだろう。それをクリアする前から、色々と言われるとちょっと理性が危ない。できれば、俺を煽らないで欲しい。


「あ、それとね。シャンプーとか、私の使っていいからね?」

「……え?」

「そこに置いてあるの、全部私が普段使っているやつだから……」

「そ、そうか……」


 俺は改めてお風呂場にあるシャンプーなどに目を通す。正直、シャンプーなどにこだわりはない。というか違いもよくわからない。普段は家に置いてあるのを適当に使っているだけだ。

 しかしながら目の前にある洗剤の類は、俺にとってとても魅惑的なものだった。由佳が使っているという事実だけでそう思えてしまう。

 なんというか、今日は本当に駄目かもしれない。先程から些細なことが色々と気になってしまう。頭の中が雑念まみれである。

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