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第33話 本の評価は人によって違う。

「……藤崎君、なんだか顔色が悪いですね」

「……そうだろうか。いや、そうなんだろうな」


 登校してきた俺に対して、隣の席の七海はそのようなことを言ってきた。

 確かに、俺はとても疲れている。月曜日の朝であるというのに、気分的にはもう水曜日くらいだ。


「何かあったんですか?」

「まあ、この土日は色々と動き回っていたからな。少し疲れが出ているのだろう」

「そうなんですか? 失礼かもしれませんが意外ですね。藤崎君は、インドア派だと思っていたので……」

「ご想像の通り、俺はインドア派だ。だから、動き回って疲れたんだと思う」

「ああ、なるほど。まあ、外に出るには体力が要りますからね」


 七海にはこう言ったが、俺が疲れている一番の理由は昨日本屋から帰った後に送られてきた鬼の連絡にあるといえる。

 連絡先を交換した水原は、すぐに連絡をしてきた。俺を判定する時に使った漫画を読んで、その感想が語りたくなったらしいのだ。

 初めは俺もある程度楽しんでいたのだが、水原の熱量は思った以上だった。そこからしばらく、俺はやり取りを余儀なくされたのである。


「はあ……今日一日が乗り切れるかが心配だ」

「大変そうですね……」


 最終的に、俺は水原と電話することになった。文章を打つよりも早いと、彼女は電話をかけてきたのである。

 それから約二時間程、感想を聞かされた。その圧倒的な熱量を受け止めた俺は、もしかしたら偉いのではないだろうか。まあ、後半は同意くらいしかしていなかったような気がするが。


「それだけ、誰かと語りたかったということではあるんだろうが……」

「藤崎君? どうかしましたか?」

「ああ、いや、なんでもない。こちらの話だ」


 多分、水原は普段抑制している分の反動が出たのだろう。ずっと誰かと感想を語り合いたかった。あの熱量はそう思っていなければ出ないような気がする。

 もしもそうだったとしたら、それはなんというか少し悲しい。水原はある種、孤独な人間だったということなのだろうか。


「七海は、今日も本を読んでいるんだな?」

「え? ええ、そうですよ? 私は、いつだって本を読んでいます。この土日もほぼ本を読んでいましたし」

「何を読んでいるか、聞いてもいいか?」


 そこで俺は、少し話をそらすことにした。このまま七海と昨日の話をしているとぼろが出そうだったからだ。

 水原の趣味は、誰にもばらしてはいけない。それが彼女との約束だ。それをしっかりと認識しておかなければならない。


「今日はですね、こんな作品を読んでいます」

「……おお」


 俺の質問に、七海はその表紙をわかりやすように見せてくれた。

 彼女が読んでいるのは、男性向けのライトノベルだった。恐らく、女子高生で読んでいる者は少ないだろう。

 だが、俺はその作品を読んでいる女子高生をも一人知っていた。水原も、それを読んでいると言っていたのだ。


「本当に本ならなんでも読むんだな……」

「ええ、それはもちろんです」

「その作品は面白いのか?」

「そこそこですね」


 俺は、そのライトノベルを読んだことはなかった。名前は聞いたことがあったものの内容はほとんど知らない。

 そう水原に話した所、彼女は滅茶苦茶面白いから是非読んで欲しいと言ってきた。だが、七海からすればそれは絶賛するような内容ではないらしい。


「まず前提として、この作品は万人に勧められる作品ではありませんね。際どい描写が多いですから」

「ああ、確かにそういう内容だと聞いたことはあるが……」

「若い男性向けの作品ですから、私はそれが悪いとは思いません。ただ、私が楽しめるかといったら少し微妙な問題です」

「……まあ、それはそうだよな」


 七海の主張は、当然のものであるように思える。そういう内容なら、確かに女性は楽しみにくいだろう。

 だが、水原は滅茶苦茶面白いと言っていた。それはつまり、彼女が独特な感性を持っているということなのだろうか。


「とはいえ、そういった描写以外の部分にも光る部分がありますから、充分に面白い作品ではあると思います。そういった描写が気にならず、その部分が面白いと思えれば女性でも楽しめるはずです」

「ああ、そうなのか……」

「とはいえ、やはり若い男性向けですから、一番楽しめるのはそういった人達でしょう。もちろん、そういった描写が好きな女性もいるかもしれませんから、一概にどうといえる訳ではありませんが……」

「少なくとも、七海にとってはそこそこという評価という訳か……」

「ええ、そうですね」


 七海の説明のおかげで、水原が面白いといった理由はわかった。

 ただ、今度は少し別の疑問が湧いてくる。七海は、どうしてそんな風に思うライトノベルを読んでいるのだろうかと。


「えっと……それは最新刊だよな?」

「はい、そうですよ?」

「なんで読み続けているんだ? そこそこなら、途中で読むのをやめてもいいだろうに……」

「以前も言った通り、私は本はなんでも読みます。そこで藤崎君に質問です。私は、この本をどこで手に入れると思いますか……」

「……ああ、図書室か」

「ええ」


 本ならなんでも読む七海は、何も自分のお金で本を手に入れているという訳ではない。というか、それは無理だ。お金がかかり過ぎる。

 だが、本を読むためには図書室や図書館という便利な所があるのだ。

 それらの場所では、基本的に本は無料で借りられる。資金に限りがない以上、七海は目についた本ならなんでも読めるということだ。


「もしかして、新刊以外の本はもう読んでいたりするのか?」

「そうですね……」

「それは、すごいな……」

「藤崎君、高校の図書室にある本は、小学校や中学校にもあるんですよ?」

「ああそうか、そう考えてみれば、実に十年分の積み重ねがあるのか」

「ええ、そういうことです」


 七海が一年間で、すごい数の本を読んだと俺は一瞬勘違いした。

 しかし、学校の図書室に置く本が全て被っていない訳がない。それは、少し考えればわかることだった。


「おや……」

「うん? ああ……」

「ろーくん、おはよう」

「おはよう、由佳」

「美姫ちゃんもおはよう」

「おはようございます、由佳ちゃん」


 そんなことを話している内に、由佳が登校してきた。

 彼女は、笑顔で俺達に朝のあいさつをしてきた。その笑顔はとても可愛い。

 由佳と会えるから、俺はただでさえ憂鬱な月曜日に滅茶苦茶疲れていても登校できたのである。それ程に、俺は彼女に恋い焦がれているのだ。

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