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第30話 名残惜しいが仕方ない。

 観覧車から下りた俺達は、ゆっくりと遊園地を楽しんだ。アトラクションには乗らなかったが、クレープなどの軽食を挟みながら由佳と話した一時は、とても掛け替えのない時間だったと思う。


「……」

「……」


 そんな一日は、もうすぐ終わりを告げようとしている。いつまでも続いて欲しかったが、帰らなければならないのだ。


 帰り道、俺達はほとんど会話を交わさなかった。話したいことなんて、山程あったはずなのだが、なんだか言葉が出てこなくなってしまったのだ。

 疲れたからなのか、終わりが近づいていて気分が落ち込んでいたのか、その理由は最早今となってはわからない。


 ただ、俺と由佳はずっと手を繋いでいた。会話がなくても、相手の存在を感じられていたのだ。だから、この帰り道も俺にとってはとても楽しい時間だったと思う。


「……もうすぐ家に着いちゃうね」

「ああ……」


 行きは駅前で待ち合わせをしていたが、帰りは由佳を家まで送っていくことにした。もう日は暮れかけているし、由佳を一人で帰らせたくなかったのだ。

 いや、そうではないかもしれない。例え昼まであったとしても、俺はきっと由佳を送っていっただろう。彼女と一秒でも長く一緒にいるために。


「色々と失敗はあったけど、今日はすごく楽しかったな……」

「そうだな。楽しかった」


 由佳の呟きに対して、俺は短く答えた。

 今日はとても楽しかった。こんなにも楽しくていいのかと思うくらいに。


 今日俺達がやったことといえば、観覧車に乗ったくらいだ。後は何かを食べて、話をしていただけである。観覧車に関しても、色々と話していたためその景色は楽しめていない。

 だが、それでも今日という一日はとても充実していたと思っている。それはきっと、どこに行ったかが重要なのではなくて、誰と行ったかが重要であるからなのだろう。


「また行こうね」

「……ああ」

「今度は、ちゃんと動きやすい服で遊園地に行きたいな。お化け屋敷もジェットコースターも、ろーくんと一緒に乗りたいし」

「そうだな」

「あ、でも、遊園地以外も行きたいな。ろーくんと色んな所に行きたい」

「俺も由佳と一緒に色々な所に行きたいと思う」


 由佳の言葉に、俺はとても素直な気持ちを言うことができた。今までの俺だったら、きっとそんなことは言えなかっただろう。

 今日という日で、俺は一歩前に進めたような気がする。由佳が進ませてくれたのだ。彼女の優しさによって、俺は救われたのである。


「……あ、もう着いちゃったね」

「ああ……」


 そんなことを話している内に、俺達は由佳の家の前まで辿り着いていた。

 それはつまり、この一時が終わることを意味している。由佳と別れなければならないのだ。

 名残惜しいがこれは仕方ないことである。そうやって、俺は自分を納得させる。納得させなければ、この手を離せないような気がした。


「由佳、それじゃあ……」

「ろーくん、もう少しだけいいかな?」

「うん? どうかしたのか?」


 意を決して別れを切り出そうとした俺を由佳は止めてきた。

 彼女は、少し照れながら俺の顔を上目遣いで見つめている。それは、由佳が俺に何か頼みごとをする時によくする表情だ。


「最後にもう一回だけ、ぎゅってしてくれない?」

「ぎゅって……」

「……駄目かな?」

「……由佳がいいなら、俺もそうしたいさ」

「それなら」

「ああ……」


 俺は、ゆっくりと由佳の体を抱きしめた。

 観覧車の時と同じように、由佳が伝わってくる。それに安心しながら、俺はドキドキしていた。なんというか、不思議な感覚だ。


「……えへへ」

「ふふっ……」


 由佳の笑みに対して、俺も思わず笑ってしまった。なんだか、とても幸せだったから自然とそうなってしまったのだ。


「……うっ」

「ろーくん? どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもないさ」


 そこで俺は、とある事実に気付いた。よく考えてみれば、ここは由佳の家の前である。当然俺達の目の前には、由佳の家がありそこでは彼女の両親が暮らしているのだ。

 もしも由佳の両親に出てこられたら、俺はどうすればいいのだろうか。なんというか、今はとてもまずい状況である気がする。


「……まあ、いいか」

「うん?」


 しかし、俺はすぐに吹っ切れた。もしも見つかったら、その時はその時だ。起こってもいないことを心配しても仕方ない。

 今はただ、由佳との一時を大切にするべきだ。この後俺は、彼女と別れなければならないのだから。


「ろーくん、何か心配事でもあるの?」

「大丈夫だ。それは今自分で解決した」

「そうなんだ。それなら良かった」


 俺の言葉に安心したためか、由佳はこちらに体重を少し預けてきた。俺は、そんな彼女をしっかりと受け止める。

 こういう時のために、もっと体を鍛えておけばよかったかもしれない。由佳の体重は軽いとはいえ、長く支えておくためにはもう少し筋力があった方がいい気もする。


「……いつまでもこうしている訳にはいかないよね」

「……ああ」

「……今日は、本当に楽しかったな。本当なら、明日も一緒に遊びたいんだけど、でも多分そうしたら学校に行けなくなっちゃいそうだから」

「確かにそうだな。明日はお互い、しっかりと休むとしよう」

「うん……」


 抱きしめていた手を解くと、由佳はゆっくりと俺から離れていった。

 とても寂しいが、今度こそ本当に仕方ない。いつまでもこんなことをしていたら、本当に日が暮れてしまう。


「ろーくん、それじゃあまた月曜日にね」

「ああ、それじゃあな、由佳」

「気を付けて帰ってね? あ、できれば家に着いたら連絡してほしいかも……」

「わかった。必ず連絡するよ」


 俺は由佳に手を振ってから歩き始める。

 由佳は、最後の最後まで俺のことを心配してくれていた。それが嬉しくて仕方ない。彼女は本当に優しい。俺は改めてそう思うのだった。

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