第28話 例え許されなくてもそうするべきだと思った。
「さて、それじゃあ、行くとしようか……」
「うん」
俺と由佳は、観覧車の方に歩いていく。
幸いにも、人はそこまで並んでいない。これならすぐに乗れるのではないだろうか。
「……この遊園地は大丈夫なのだろうか?」
「ろーくん? どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
余計な心配かもしれないが、この遊園地の未来が気になってきた。もう少し人が並んでいてもいいのではないだろうか。
「まあ、行列がそこまで長くないというのはよかったな」
「そう?」
「あまり待ち時間が長いのは嫌だろう?」
「そうでもないよ? だって、ろーくんが一緒だし」
「……いや、俺はそんなに面白い話はできないぞ?」
列の最後尾に並びながら、俺は由佳とそのようなやり取りを交わした。
確かに、話し相手がいれば行列も苦ではないだろう。だが、俺はこういう時に小粋な冗談がいる程語彙力に富んでいるという訳でもない。
ここに来るまでの道中だが、俺は由佳の喋る事柄に対して答えているだけだ。退屈しないのは俺といるからではなく、単に由佳が話し上手であるというだけだろう。
「まあ、由佳は喋るのが得意だから、そういう待ち時間なんかも楽しめるんだろうな……ああ、俺も由佳と一緒なら確かに退屈はしないか」
「……ろーくんは、私が誰と一緒に来ても一緒の楽しみだと思ってるの?」
「え? あ、いや、それは……すまなかった」
俺の言葉に、由佳はなんというか少し怒っているような気がした。
どうやら、また俺は失敗してしまったらしい。由佳の言っている通り、誰と来ても同じなどあり得ないことだ。
「そうだよな。一緒に来るなら話し上手な奴の方がいいに決まっている」
「……ろーくん、やっぱりわかってないんだね」
「え? 違うのか?」
「うん、全然違うよ」
由佳は、今度は呆れたような顔をしていた。俺が的外れな回答をしてしまったため、そういう顔になっているのだろう。
しかし、間違えたとわかっても、その答えが見えてこない。由佳は、一体何を言いたかったのだろうか。
「話し上手とか話下手とか、そんなのは関係ないんだよ?」
「……そうなのか?」
「うん。私はね、ろーくんと来ているから楽しいの。他の人よりも楽しいって思えるの。だって、ろーくんと一緒にいられるから」
「……ああ、そうだったのか」
由佳の言葉を聞いて、俺は先程喫茶店で言われたことを思い出していた。
俺と一緒にいられるだけで幸せだと彼女は話していた。離れ離れになった時間が長かったせいか、彼女は俺との時間を強く望んでいるのだ。
だから、今の彼女にとって俺と遊園地に来るということは、かなり楽しいことなのだろう。今に限定すれば、もしかしたら四条達と来るよりも楽しいと思ってもらえているのかもしれない。
「まあ、由佳が俺と来るのが楽しいと思ってくれているなら、それは光栄だ」
「光栄? それはなんだか大袈裟な気がする」
「大袈裟だろうか?」
「なんだか距離を感じるかも」
「それなら、嬉しいと言い換えればいいのか?」
「うん、その方がいいかな」
俺の言葉遣いを由佳は的確に指摘してきた。俺は間違いなく、今由佳との間に距離を作っていたからだ。
しかし、それは当たり前のことである。本来であれば、俺は由佳とこんな所に来られるような人間ではない。
色々な因果の結果そうなっているが、これは名誉なことだといえるだろう。あちらの世界にいる由佳に、こんなに想ってもらえているのだから。
「あ、ほら、もう私達の番だよ?」
「……何?」
「待ち時間、全然気にならなかったでしょ?」
「あ、ああ……」
色々と話している間に、俺達の前から人はいなくなっていた。
確かに列が進んでいるとは思っていたが、先頭だったとは驚きだ。それだけ、俺は話しに夢中になっていたということだろうか。
「ろーくん、行こう?」
「ああ」
係員さんの指示に従って、由佳はゴンドラの中に慣れた足取りで入っていった。久し振りの俺を先導してくれたのだろう。
ただ、動きにくい彼女よりも先に俺が中に入るべきだったように思える。月宮も言っていた。足場が悪い所では、由佳に手を貸してあげろと。
それを実践できなかったことを反省しながら、俺はゴンドラの中に入った。狭い中に二人きり。そのシチュエーションには少しドキドキしてしまう。
「おおっ……やっぱり上がるんだな」
「ふふ、それはそうだよ。観覧車なんだもん」
「……そうだよな」
景色が下に移っていく様を見ながら、俺は思わず感嘆の声をあげていた。
久し振りであるためか、なんというか年甲斐もなく少し感動してしまった。これから俺は空に昇っていく。そんな高揚感を覚えてしまったのである。
「ろーくん、本当に久し振りなんだね。なんだか、今の反応は子供みたい」
「うっ……」
「ろーくんのこと、いつもかっこいいって思ってるけど、今の一瞬は可愛かったな」
「そ、そうか……」
由佳の言葉に、俺の感情は大変動いていた。
子供っぽい反応を見せてしまった気恥ずかしさ、普段はかっこいいと思ってもらえていたという喜び、それが混ざって変な反応になってしまった。
ただ、由佳の笑顔を見ていると、そんな細かいことはどうでもよくなってくる。彼女に笑ってもらえるなら、別に恥をかいても問題はない。そんな風に思えてしまう。
「……ねえ、ろーくん。そっちに行ってもいい?」
「……そっち?」
「ろーくんの隣」
「……え?」
続いて由佳の口から発せられた言葉に、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
この観覧車は、恐らく四人くらい乗れる造りになっている。由佳が俺の隣に来ても、問題なく座れるだろう。
とはいえ、体と体の距離はかなり近くなるはずだ。というか、確実にくっつく。それはまずいのではないだろうか。
「……い、いや、観覧車の中で立つのは危ないだろう?」
「一瞬だから、大丈夫だよ」
「あ、由佳……」
俺が止めるのも聞かずに、由佳はこちら側に来て座ってしまった。
彼女の体が俺と接触する。もちろん、お互いに服は着ているが、それでも由佳の温もりがしっかりと伝わってきた。それにいい匂いもする。
「……こんなにろーくんと近づくのは久し振りだね」
「あ……ああ」
由佳の顔がすぐ近くにあった。本当に可愛い顔をしている。そう思って、俺は彼女から目が離せなかった。
由佳の顔は、少し赤くなっている。流石に彼女もこの距離は恥ずかしいのだろうか。それとも単に昔のように接して興奮しているだけなのだろうか。
「ろーくんの顔、ずっと見ていたいな」
「な、何?」
「離れている間もね、ずっと寂しかったんだ。でも、それでも平気だったんだと思う。いつか会えるから頑張れるって思ってた」
「……由佳」
俺の目を真っ直ぐに見ていた由佳は、ふと目をそらした。
今彼女の口から発せられている言葉は、思わず出てきたといった感じだ。つまり、彼女の最も素の言葉ということである。
「再会してからね、すごく思うんだ。九年も離れていたんだって……離れていた間は平気だったのに、再会してからその期間がすごく重く感じるようになって、私は成長したし、ろーくんも大きくなってるし……」
「……そうか」
由佳の目から、涙がゆっくりと流れていた。もしかしたら、彼女はそれに気づいていないかもしれない。
俺はポケットからハンカチを取り出した。躊躇いは少しあったが、俺はそれを拭う。
「……ありがとう、ろーくん」
「いや、気にする必要はないさ……それより、由佳、少しだけすまない」
「……え?」
俺は、ゆっくりと由佳の体を抱きしめた。それが許されることであるとか、許されないことであるとか、そんなことはどうでもよかった。今はただ、そうするべきであるとそう思ったのだ。
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