第27話 その失敗は俺のせいでもある。
遊園地に来るのは、随分と久し振りである。実に十年振りくらいになるだろうか。
以前に来た時も、俺は由佳と一緒だった。あの頃は彼女と純粋な気持ちで、こういった場所を楽しんだものである。
「あのね、ろーくん。ろーくんは、行きたい所とかある?」
「そ、そうだな……」
だが、今の俺は純粋とは言えないだろう。
月宮の言っていたことが、ずっと頭の中に残っている。遊園地に対して邪な気持ちを持つなんて、俺はなんと愚かなのだろうか。
「お化け屋敷……いや、待てよ」
「うん? どうかしたの?」
つい月宮に言われた通りの場所を呟いた俺は、そこで少し考えることになった。
よく考えてみれば、俺はお化け屋敷なんて入ったことはない。幼少期に来た時も、そこは避けていた。
理由は単純で、怖かったからである。成長してそれが変わったかと言われれば、それは微妙な所だ。
「……由佳に聞きたいことがある」
「聞きたいこと? 何?」
「俺達は子供の頃、お化け屋敷に入ろうとしなかっただろう? 今でも、由佳はああいった場所は苦手なのか?」
お化け屋敷を避けていたのは、由佳も同じだった。怖いから嫌だとそう言っていたはずである。
もしかしたら、それは今も変わっていないかもしれない。その場合はそもそも、俺がどう思っていようがそんな所に行くべきではない。
「今はもう入れるよ?」
「そうなのか? 怖くはないのか?」
「怖いのは怖いよ?」
「こ、怖いのか?」
由佳の言葉に、俺は少し混乱してしまう。
かつての由佳は、怖いから嫌だとお化け屋敷に入らなかった。その怖いという感情は変わっていないのに入れる。それは、どういう心境の変化なのだろうか。
「お化け屋敷ってそういう怖いのを楽しむ所なんだと思う」
「む……まあ、そういうものなのか」
「でも、今日はやっぱりやめておこうかな……あのね、ろーくん、ごめん。私、浮かれてて少し失敗しちゃったんだ」
「失敗? 何を?」
由佳の言葉に、俺は首を傾げることになった。
俺はここに来るまでの間、色々と失敗したような気がするが、由佳はそんなことはないはずだ。いつも通りの明るく可愛い由佳だった気がする。
「今日の私の格好、あんまり動きやすい格好じゃないんだ」
「む……確かにそうか」
「アトラクションとかも危ないかな? それは流石に心配過ぎかもしれないけど……」
「いや、気持ちはわかる。確かに、あまりそういうものに乗りたい格好ではないな」
由佳に言われて、俺は改めて彼女の服装に注目した。
清楚な印象を与えるロングスカートは、由佳にとても似合っているとは思う。だが、お化け屋敷は結構走ったりするはずだし、あまり適していない気がする。
というか、今日の由佳は遊園地に来るような服装ではないといえるだろう。ここで気兼ねなく遊ぶならもっと動きやすい格好が適しているはずだ。
「入る前に気付いていれば、行き先も変えられたよね……ううん、というか先に行き先を決めておいた方が良かったのかな? あ、でもそもそも、私の格好が駄目だったよね。どの道歩き回ることになるのはわかっていたんだから、もっと動きやすい格好の方が良かったよね……」
由佳は、悲しそうな顔をしていた。しかし、それは別に失敗などではない。いや、仮に失敗だとしても、それは由佳だけの責任ではないだろう。
「そういうことなら、遊園地なんて言い出した俺も悪い」
「え? そんなことないよ? ろーくんの意見を聞いて私が浮かれちゃっただけで……」
「由佳の格好を客観的に見ていた俺は、充分それを指摘できたはずだ。多分、俺も浮かれていたのだろう」
俺は前日から浮かれていた。今日も浮かれ過ぎて、待ち合わせ場所に早く来たくらいである。
だが、それは由佳も同じだった。彼女だって浮かれていたから、待ち合わせ場所に早く来たのだろう。
俺達は、今日が楽しみで多くのことを失念していたのだ。お互いに失念していたのだから、これを由佳だけの失敗などと言わせはしない。
「まあ、遊園地も別にお化け屋敷や派手なアトラクションばかりという訳ではないし、今日はここでゆったり過ごせばいいさ」
「ろーくん……」
「そもそも俺は、お化け屋敷は怖いし、派手なアトラクションなんてものもそんなに乗りたいとは思っていない……む、なんで俺は遊園地なんて言ったんだろうな?」
「……ふふ、ありがとう、ろーくん」
俺の言葉に、由佳は笑顔を浮かべてくれた。
やはり、由佳にはこういう顔をいつもしていて欲しい。彼女には、笑顔が一番似合っている。
「さて、そうとなったらどうする? クレープでも食べるか?」
「あ、うん。それもいいけど、あれに乗らない?」
「あれ?」
そこで由佳は、遊園地の中でも一際目立つアトラクションを指差した。
その先にあるのは観覧車だ。確かにあれなら今の由佳の格好でもそれ程問題はないだろう。
「観覧車か……あんなに高いんだな」
「ろーくんも乗ったことはあるよね?」
「あ、ああ……確かにあるが、最後に乗った時から十年くらい経っているからな。改めて見てみると、高いと思って」
観覧車を見上げながら、俺は思わずそんな感想を抱いていた。
小さな頃は、その高さに憧れを抱いていたような気がする。だが今は、少し怖いと思ってしまう。
やはり、俺はあの頃から色々と退化しているのかもしれない。幼少期の俺は、勇気や希望にもっと満ち溢れていたはずである。
「由佳は、四条達とかと乗ったことがあるのか?」
「うん。舞と乗ったことがあるよ」
「そうか……」
俺と離れている間、由佳は俺がしていなかったような経験をたくさんしていたようだ。お化け屋敷にも入れるようになったし、精神面でも成長している。彼女は着実に成長したといえるだろう。
いや、そんな所で自分との差を感じても仕方ない。今は、目の前のことに集中するべきだろう。
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