第26話 喫茶店のパンケーキの味はわからなかった。
俺は由佳とともに喫茶店に来ていた。
喫茶店、それは俺には馴染みがない場所である。両親とともにいつだったか来た気がするが、ほぼ来たことない場所と言っても差支えはない。
「ろーくんは、ブラックコーヒー飲めるの?」
「飲めないという訳ではないが、特別な理由がない限りは飲まないな。砂糖もミルクもできれば欲しい」
「そっか。それなら私と一緒だね」
俺の目の前にはコーヒーが、由佳の目の前にはコーヒーとパンケーキがある。せっかくだから何か食べたいと由佳は、二品注文したのだ。
俺の方は、コーヒーだけにしておいた。パンケーキは流石に重いと、そう思ってしまったのである。
「う~ん、美味しい」
パンケーキを口に運び、由佳は幸せそうな笑みを浮かべた。
その笑顔が可愛くて俺はつい笑ってしまう。それを誤魔化すために、俺はコーヒーを飲む。
「……ろーくん、パンケーキいる?」
「こほっ」
「ろーくん? 大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ……」
由佳が割ととんでもない提案をしてきたため、俺は思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
パンケーキを食べる。それはつまり、由佳が食べているパンケーキを食べるかと聞いているということだろうか。
そんなことをしたら、間接キスになる。それは流石にまずいだろう。由佳は、昔と同じような感覚であるのかもしれないが。
「……さ、さっきも言ったがお腹は空いていなんだ」
「でも、ちょっとくらいなら食べれるんじゃない? 美味しいよ」
「お、美味しいのか……そうか。それは良かったが」
由佳の提案は、断りたいと思うようなものではない。というか、むしろ受け入れたいと思うようなものだ。
しかし、俺が男で由佳が女の子である以上、ここは毅然とした態度でこれを断らなければならない。
「いいか、由佳。もしかしたら由佳はわかっていないのかもしれないが、俺だって一応男なんだ。やっぱり男女でそういうことをするのは良くないとは思わないか?」
「ろーくんが男の子だってことはよくわかってるよ? でも私、ろーくんだったら気にならないから」
「気にならない?」
「うん、気にならない」
由佳は、少し照れ臭そうな笑顔で俺にそう言ってきた。
これはつまり、どういうことなのだろうか。俺は少し考える。
やはり、幼馴染というのは家族に近くて異性としては見られていないということだろうか。薄々感じていたが、そういうことなのかもしれない。
「……はあ、そういうことならもらおうかな」
「う、うん……」
微妙な気持ちになった俺は、由佳の提案を受け入れることにした。
すると、由佳はゆっくりと頷き、パンケーキを切り取り、それをフォークで持ち上げる。
「……あーん」
「え?」
由佳は、少しだけ顔を赤らめながら俺の口元にパンケーキを運んできた。
その意図は、いくら俺でも理解できる。だが、これは本当に受け入れていいものなのだろうか。なんだか、訳がわからなくなってくる。
「あ、あーん」
「はい、ろーくん」
「んぐっ……」
「美味しい?」
「……ああ、美味しい」
混乱しながら口を開けた俺は、パンケーキをとりあえず食べた。
しかし、その味がわからない。今俺がわかるのは、自分の顔が熱くなっているということだけだ。
今俺は、由佳が使ったフォークでパンケーキを食べた。その揺るぎない事実に、俺はただ困惑することしかできない。
「それなら良かった。はむ……」
「……」
「うん。美味しいね……」
由佳は、再びパンケーキを食した。当然、同じフォークで。
心臓の鼓動が高まっていく。由佳はなんともないのだろうか。それは少し悲しいような気もする。
「ふふ、まだ行き先も決めていないのに、なんだかもう楽しい」
「そ、そうなのか?」
「こうやって、ろーくんと一緒にいられるだけで、私すごく幸せなんだ。だって、ずっと会いたかったんだもん」
「そうか……」
色々と動揺していた俺は、由佳の満面の笑みに少しだけ冷静になることができた。
由佳の笑顔を見ていると、細かいことはどうでもよくなってくる。彼女が楽しいならそれでいいとさえ思えてしまう。
「でも、行き先を決めないと駄目だよね……参考までに、というか普通に聞きたいんだけど、ろーくんは普段どこに遊びに行くの?」
「え? いや、俺は……そんなに遊びには行かないな。友達もいない……いなかった訳だし」
「えっと……それなら、一人ではどこに?」
「それは……」
俺が普段出かけるのは、本屋とかゲーム屋とかである。
だが、今回のような場合に関して、そういった場所に行くのは適切ではないような気がする。というか本屋はともかく、ゲーム屋なんて由佳は絶対に楽しめない。
「まあ、趣味の買い物とかするくらいだ。由佳が行って楽しい場所はない」
「そうかな? ろーくんと一緒ならどこだって楽しい気がするけど」
「いやいや、俺の趣味に由佳を付き合わせようとは思わないさ」
「そっか……ろーくんがそう言うなら、今回は他の所に行こうかな? ろーくんはどこか行きたい所とかある?」
「行きたい所か……」
由佳の質問に、俺は少しだけ考える。
行きたい所、そう言われて最初に思いついたのは遊園地だった。完全に月宮の会話に影響を受けている。
なんというか、それは邪な気持ちが入っているような気がしなくもない。しかし、他に特に案も思いつかないし、とにかく提案してみるとしようか。
「遊園地とかはどうだ?」
「ろーくん……王道だね?」
「王道、なのだろうか……」
「王道だよ。小さい頃、皆で行ったよね……」
「ああ、そうだったな……」
「うん。いいね、遊園地。行きたくなってきちゃった」
「それなら、決まりだな」
「うん!」
由佳は俺の言葉に、大きく頷いてくれた。どうやら、俺の提案はそれ程悪いものではなかったようだ。
「今から行けば、お昼過ぎくらいには着くよね……」
「ああ、そうだな。でも、大丈夫か? 別に少し休んでからでもいいと思うが」
「ううん、大丈夫だよ。行こう、ろーくん」
「……よし」
由佳は既にパンケーキを食べ終えていた。少し休んだ方がいいかと思ったが、特に問題はないようだ。
という訳で、俺は伝票を手に取った。これも、月宮から言われたことである。とりあえず、全額払うつもりで臨んだ方がいいそうだ。
「あの、ろーくん。私も払うよ」
「いやいや、ここは俺が払うよ。こんな時くらい、かっこつけさせてくれ」
「……ありがとう、ろーくん。かっこいいよ?」
「……そ、それなら、何よりだ」
結果的に、ここは俺が全額払うことになった。それは別に構わない。そもそも、そこまで値が大きいという訳でもないし。
ただ、かっこつけたのは失敗だったかもしれない。なんというか、後から少し恥ずかしくなってきた。
やはり慣れないことはするべきではない。由佳に褒めてもらえたのはとても嬉しかったが、俺はそう思うのだった。
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