第25話 幼馴染も待ち合わせ場所に来るのが早い。
「まあ、今日は頑張ってね」
「……ああ」
しばらく辺りを歩いた後、俺は月宮と別れた。
現在の時刻は、九時十五分。まだ約束の時間まではかなりあるが、月宮も何か用事があるらしく、俺はまた一人で待つことになった。
とはいえ、流石に由佳も十時ぴったりに来るということはないだろう。待つとしても、後三十分くらいであるし、それくらいならどうということもない。
「……あれ?」
「む……」
そんなことを思いながら約束した駅前で待っていると、由佳がやって来た。彼女は、きょとんとしている。多分、俺も同じような顔をしているだろう。
当然のことながら、約束の時間まではまだそれなりにある。どうやら、由佳も結構早く出てきてしまったらしい。
「ろ、ろーくん、もう来ていたんだね……待たせちゃったかな?」
「いや、そんなことはない。俺も今着いた所だ。そもそも、待ち合わせの時間は十時なのだから、何も気にする必要なんてないだろう」
「そうなの? それなら、良かったけど……」
由佳は、少し顔を赤くしている。それがどうしてなのか、俺にはわからなかった。
しかし、俺は思い出す。そういえば先程月宮から、あることを言われていたのだと。
「由佳の私服を見るのは、思えば初めてだったな……」
「あ、うん。そうだよね……家に遊びに来てもらった時は、結局制服のままだったし」
「よく似合っている」
「……ありがとう、ろーくん」
俺の言葉に、由佳は笑顔を浮かべた。
とにかく、由佳の服装に触れて褒めろ。それが月宮から言われていたことだった。
言う通りにしてよかったと思う。おかげで由佳も喜んでくれているようだ。
「服どうしようか悩んだんだよね……でも、ろーくんにそう言ってもらえるなら良かったな」
「そ、そうか……」
今日の由佳の服装は、いつもとは趣が異なっている。ロングスカートだからだろうか。どこか落ち着いた印象がある。
もっとも、髪の色はいつも通りのピンク色なので目立つことこの上ない訳ではあるが。
「あ、ろーくんも似合ってるよ」
「ああ、ありがとう」
由佳は俺の服装も褒めてくれた。ただ、それは別に俺にとって嬉しい言葉という訳ではない。
今日の俺の服装は、両親に事情を話したことによって母さんから指定された服である。自分で選んだわけでもないため、褒められても反応に困るのだ。まさか、選んでもらったといえる訳もあるまいし。
「えっと……それで、今日はどこに行くんだ?」
「あ、そのことなんだけどね。まだ決めてないんだ」
「そうなのか?」
「うん。せっかくだからさ、喫茶店とかでどこに行くか話し合わない? 行き先を決める所から楽しいと思うし」
「……わかった。それならそうするとしよう」
俺は由佳の言葉にゆっくりと頷いた。
行き先を決める所から楽しいという気持ちは、なんとなくわかる。買い物などで悩んでいる時が一番楽しかったということは、結構あるからだ。
「あ、そういえばろーくん。お母さんがね、ろーくんのお母さんと会ったんだって」
「……ああ、それは俺も聞いたよ」
由佳が思い出したように切り出してきた事実は、昨日の俺をとても驚かせた事柄だった。
父さんから話があると言われて呼び出されて打ち明けられたことは、主に二つだった。その一つが、母さんが由佳のお母さんと会ったという事実だったのである。
「ろーくんのお母さん、かなり驚いていたみたいだね」
「ああ……俺のせいで、困惑しっ放しだったって言われたよ」
「まあ、知らなかったらそうだよね……」
元々そのつもりであったが、俺は両親に由佳との間に何があったかを説明した。洗いざらい全て話した。最早隠す必要もないと思ったからである。
その結果、二人は呆れたという感じの反応をした。だが、怒られはしなかった。むしろ、慰められたくらいである。
「それでね、お母さんから聞いたんだけど、ろーくん引っ越す予定なんだよね……?」
「なんだ。そこまで聞いていたのか」
「うん。驚いちゃった。またお別れなのかなって……」
「いやいや、そうじゃない」
「うん、説明してもらったからそれも知っているよ」
悲しそうな表情をする由佳に、俺は少し焦ってしまった。
しかし考えてみれば、それだけを聞くなんてことがある訳はない。状況的に考えると、その先も聞いているはずなのだ。
「ろーくんのお父さん、もう転勤はしないんだね」
「ああ、それなりの地位にもなったし、そろそろ落ち着きたいという気持ちもあったらしいからな。この町に根を張ると決めたようだ」
「それで引っ越すんだよね?」
「ああ、一軒家に憧れがあったらしい」
俺は現在、アパート暮らしである。父さんの仕事の都合上、ずっとそうやって暮らしてきたのだ。
だが、今回いよいよ地に根を下ろすことを決めたらしい。故に俺達は、少しだけ引っ越すのだ。
「それでね、ろーくんももう聞いてるかもしれないけど、お母さんがろーくんのお母さんに、辻村さんの家に引っ越してきたらいいねって言ったみたいなんだ」
「……うん?」
「ろーくんのお母さんも結構乗り気だったみたいだけど、その辺りはどうなの?」
「……え?」
由佳の言っていることは、初耳だった。俺は両親から、引っ越すということしか聞いていない。
辻村さんの家、それはつまり由佳の隣の家である。まさか俺は、そこで暮らすことになるのだろうか。
「ろーくんは聞いてなかったの?」
「あ、ああ……その辺りについては聞いていない」
「そうなんだ……やっぱり、色々と難しいのかな?」
「ど、どうなんだろうな? まあ、色々と考えているんじゃないか?」
「……そうなったらいいよね」
「あ……ああ」
由佳の家の隣に住む。彼女の傍にいられる。それは、とても幸せなことであるように思えた。
だが、本当にいいのかとも考えてしまう。今の俺には、由佳の傍で暮らせる自信がない。なんというか、色々と平静でいられなさそうだ。
「ろーくんが隣の家だったら、毎日一緒に学校に行けるよね……」
「ま、毎日一緒……」
「どっちの家で遊んでもすぐ帰れるから、長い間一緒にいられるし」
「な、なるほど……」
由佳はとても楽しそうに語っていた。ただ純粋に、幼馴染である俺が近くにいる生活を望んでくれているようだ。
純粋で真っ直ぐなその瞳に、俺はゆっくりと息を呑む。いつものことではあるが、由佳に見惚れてしまったのだ。
四条と話した一目惚れに近い感覚は、正しくこれだといえるだろう。由佳の可愛さを俺はいつも再確認しているのかもしれない。
「あ、こんな所で話すのもあれだよね? どこか話しやすい場所に行こっか」
「ああ、そうだな。そうするとしよう」
由佳の言葉に頷きながら、俺は再び月宮に言われたことを思い出す。
思い切って手とか繋いでみればいい。それが、彼女の言葉だ。
しかし、流石にそれは無理だった。というか、服を褒めるのはまだしも手を繋ぐのは友達のラインを越えていると思うのだが。
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