第22話 デートどころか友達と出かけたこともない。
家に帰って来た俺は、ずっと明日のことを考えていた。
由佳と遊びに行く。一般的にはデートと呼んでも差支えがないその事実に、俺は平静ではいられなかったのである。
「やはり、断るべきだっただろうか……」
今になって口から出てくるのはそのような言葉だった。
無論、明日という日が楽しみではあるのだが、それ以上に心配するべき事柄が多すぎる。俺はこういう事態に慣れていないのだ。
「……よく考えてみれば、男友達と出かけたことだってないじゃないか」
そこで俺は悲しい事実に気付いた。俺にとってこれは、友達と初めて遊びに行くという行為でもあるのだ。
当然、幼少期の頃は由佳と色々な所に遊びに行ったりしていたが、それは子供の足で行ける範囲だ。今の年代の遊びとは、少々趣が違うだろう。
「益々自信がなくなってきた……うん?」
色々と考えていた俺は、スマホが鳴ったことに気付いた。
画面を見てみると、由佳からメッセージが届いている。
≪竜太君に連絡先を教えていい?≫
「……まあ、別にいいか」
とりあえず、俺はいいという旨の返信をしておいた。別に竜太に知られて不都合があるという訳ではない。知り合いではある訳だし。
「む……」
俺の返信から少しして、俺のスマホにはまたメッセージが届いた。しかも、今度は二件だ。
≪連絡先、教えたよ≫
一件は由佳からのものだった。連絡をしたという連絡とは律儀である。
≪これから改めてよろしく≫
「……返信しておくべきか」
もう一件は竜太からだった。
とりあえず、これには返信しておくべきだろう。まあ、端的によろしくとかでいいはずだ。
「……ああ、そうだ」
返信を送ってから、俺は少し思いついた。もしかしたら、今回のことを相談する相手として、竜太は適切なのではないだろうかと。
あいつはいい奴だ。それに、俺よりも対人関係において優れている。こういう時の対処法も教えてくれるかもしれない。
「……もしもし」
『もしもし、九郎か。まさかいきなり電話してくるとは思っていなかったぞ』
「ああ、俺も思っていなかったさ」
文章でやり取りしても良かったのだが、打つのが面倒だったので電話をすることにした。
しかし電話をかけてから俺はまた考えることになった。一体この話はどういう風に切り出せばいいのだろうか。
「えっと……実はだな、明日由佳と出かけることになったんだが」
『ああ、それは聞いているよ。それがどうかしたのか?』
「……どうすればいいんだ?」
『……どうすればいいんだ?』
俺の質問に、竜太は同じ言葉を返してきた。質問の意図が、まったく理解できていないといった感じだ。
確かに、今のは少し抽象的過ぎたかもしれない。もう少し踏み込んだ話をするべきなのだろう。
「竜太、俺には友達がいないんだ。だから同性の友達と出かけたこともない。それなのに、明日は異性の友達と出かけることになった。どうすればいいかわからない」
『なるほど……』
俺の言葉に、竜太は少し黙った。今度は質問が理解できていないという感じではない。理解した上で、考えてくれているのだろう。
『まず前提として、俺はお前の友達じゃないのか?』
「……え?」
最初に竜太から返って来たのは、疑問の言葉だった。
それは予想外の質問である。実際の所、どうなのだろうか。俺には、正直わからない。
「友達、なのだろうか?」
『わからないのか?』
「わからないさ。一体、人はどこから友達になるんだ? 俺とお前は知り合いではあるが、友達という程親しいだろうか?」
『充分親しいだろう? 今だって、俺を頼って電話をしてきた訳だし』
「それは……先生に質問をするようなものだ。俺はお前が人間的に優れた奴だから頼ったというだけで、友達だから頼った訳ではない」
『難しく考えるんだな……まあ、気持ちはわかるが』
俺には友達というものがわからなかった。
考えてみれば、俺は転校するまでも由佳以外に友達がいなかったかもしれない。由佳以外の誰かと特別親しくしていた覚えがない。
転校する前の小学校のクラスメイトとの関係は悪くはなかったと思う。だが、あれも友達といえるかは微妙だ。
『それなら、今から俺はお前と友達だ』
「……何?」
『多分、それでいいのさ。こういうことには決まりなんてないはずだ。まあ、お前が俺と友達になるのが嫌だというなら話は別だが』
「……嫌ということはないさ。わかった。それならよろしく頼む」
『ああ、よろしく頼む』
極めて端的に、竜太は俺の疑問を流してしまった。
友達というものは、未だによくわからない。だが、俺よりも人間的に優れている竜太がこう言っているのだから、俺とこいつは友達ということでいいのかもしれない。
『……さてと、由佳と出かけるという話だったよな』
「ああ、どうすればいいのか教えてくれ」
『別にどうもする必要はないさ。いつも通りの九郎でいいだろう。それで、由佳も楽しめると思う』
「……そうなのか?」
『ああ、そうだとも』
竜太の出した結論は、つまり何もしなくていいというものだった。
それなら、俺としても気張る必要はないのだが、本当にそれで大丈夫なのだろうか。少々心配である。
「だけど、俺は明日由佳の一日を預かる訳だろう? そんな適当な感じでいいのだろうか?」
『……真面目だな、お前は』
「真面目という訳ではない。ただ心配なだけだ」
『それが真面目だといっているんだが……まあ、いいか』
電話の先で、竜太は笑っていた。
もしかして、これは俺が心配し過ぎているということなのだろうか。
妙に張り切って失敗する。そういう経験は今までしてきた。今回もそうなろうとしていたということだろうか。
『友達と出かけるなんてことは、そんなに大そうなことではないさ。もっと気楽にしてもいいと思う』
「……そういうものか」
『ああ、一日を預かるとか、楽しませるとか、そういう風に考える必要なんてないのさ。九郎も楽しめばいい。まあ、由佳を気遣うことくらいは心掛けた方がいいとは思うが、それはそもそも問題ないことだ。お前はいつだって由佳のことを気遣っている。それができている時点で、いつも通りのお前でいいのさ』
俺は明日一日、頑張らなければならないと思っていた。しかし、それがそもそも間違いだったのだろう。
明日が楽しみだ。そう思いながらも、俺は明日を楽しもうとしていなかった。何かしなければならないと勝手に考えて、難しくしていたのだろう。
「わかった。変に張り切るのはやめにするよ」
『ああ、それがいいさ』
「竜太、ありがとう。おかげで気持ちが楽になった」
『これくらいお安い御用だ。また何かあったら連絡してくれ。俺で良ければ、力になる』
「ああ、それじゃあな……」
『ああ、また来週にな』
電話を切ってから、俺はゆっくりとため息をついた。
竜太のような友人を持てたのは幸せなことであるだろう。おかげで、明日は変に気張らずに出かけられそうだ。
「……九郎、起きているかな?」
「うん? 父さん、どうかしたのか?」
「いや、少し話したいことがあるんだ。リビングに来てもらえないかな?」
電話が終わってすぐに、部屋の戸が叩かれた。
こうやって話しかけられると、昔を思い出してしまう。転勤の話をされる時は、いつもこんな感じだったのだ。
「……丁度良かった。実は父さんと母さんに話しておきたいことがあるんだ」
「話しておきたいこと? そうか。それなら存分に話すとしよう」
いい機会なので、俺は由佳のことを両親に伝えることにした。
長らく黙っていたことではあるが、今ならすんなりと話せるような気がする。怒られるかもしれないが、それでも構わない。そう思いながら、俺は立ち上がるのだった。
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