第20話 俺は勘違いしているのかもしれない。
放課後、俺はいつも通り帰り支度をしていた。
今日はそれ程由佳と関わらなかった。朝の挨拶をしたくらいで、ほとんど話していない。
そのことに一抹の寂しさを覚えつつも、結局の所俺と彼女は住む世界が違ったのだと納得して帰路につくことにした。
「……ねえ」
「うん?」
そんな俺に話しかけてきたのは、四条であった。彼女は、少し不安そうな表情で俺を見てくる。
女王様のそんな表情を見るのは初めてだったので、俺は少し面食らってしまう。一体、何があったのだろうか。
「由佳を知らない?」
「……どうかしたのか?」
「教室にいないのよ。千夜や涼音の所にもいなかったし、どこに行ったのかわからなくて」
「そうなのか……」
確かに、教室内に由佳の姿はなかった。いつも一緒にいる四条に何の断りもなく帰るなんてことはあり得ないだろうし、一体どうしたのだろうか。
俺の席は、教室の廊下側の一番前である。そのため、前から出て行ったなら絶対にわかるはずだ。
ということは、由佳は後ろから出て行っただろう。しかし、それは手がかりですらない情報だ。
「少なくとも、俺は今日由佳とは話していない。だから、俺絡みで何かをしているという訳ではないな」
「そう……それなら、そういうことなのかしらね」
「そういうこと?」
「前にもあったのよ。由佳が誰にも何も言わずにいなくなることが。そういう時は、大抵誰かに呼び出された時ね」
「呼び出される?」
「告白されてるのよ。多分だけど」
四条は、ゆっくりとため息をついた。なんというか、少し不満そうである。
「隣いい?」
「あ、ああ、別にいいというか、そこは七海の席だ」
「もう帰ったのよね?」
「ああ、帰ったとも」
四条は、七海の席に座って頭に手を添えた。何か悩んでいるようだ。
由佳のことを心配しているのだろうか。だが、少し大袈裟なような気もする。告白とはそんなに心配するようなことなのだろうか。
「由佳ってモテるのよね」
「……まあ、それはそうだろう」
「あんたもわかっているのね。まあ、当然かしら。由佳は可愛くて優しくて誰にでも分け隔てなく接するタイプではあるし、モテない訳がないわよね」
四条は俺と話をするつもりのようだ。できればもう帰りたかったのだが、それは許されないらしい。
「勘違いさせやすいのでしょうね」
「勘違いか……」
「少し優しくされただけで、もしかしたら付き合えるかもしれないとか、思わせちゃうんだと思うわ。まあ、実際はそんなことはない訳だけど」
四条の言葉のナイフは、俺の心にも傷をつけてきた。
由佳と再会してから、俺は何度も勘違いをしてきた。つまり四条が言っているのは、俺のような人間ということだろうか。
当然、俺だって色々と期待していた節はある。それが幼馴染としての距離感であるとわかっていても、やはり心は上ずってしまうのだ。
「由佳がその辺りの有象無象と付き合う訳がないなんてことは、あの子のことを本当にわかっていれば、理解できるはずなのよ。それを理解していない時点で、そういう奴らは由佳のことを何も知らないということね」
「そ、そうなのか?」
「……なんか顔色悪くない?」
「いや、そんなことはないさ」
四条には悪意なんてないのだろうが、先程からその発言は俺の心を切り裂いてくる。少しでも期待していた自分がいたことが、なんだか無性に恥ずかしい。
最初に由佳と話した時に、俺はいつか終わりが来ると自分に言い聞かせていた。だが、その終わりに対する覚悟が俺には足りなかったのかもしれない。
もっと自分に言い聞かせておくべきだろう。勘違いしてはいけないと。
「……あんたなんか勘違いしてない?」
「勘違い……していたのかもしれないな」
「……やっぱり勘違いしてるのね」
俺の言葉に、四条は頭を抱えていた。彼女は、呆れたというような顔をしている。やはり俺は、色々と勘違いしていたようだ。
「言っておくけど、別にあんたのことその辺の有象無象だと言っている訳ではないわよ」
「……何?」
「……まあ、由佳があんたのことを異性としてどう思っているかは知らないけれど、あんたは幼馴染なんだから、由佳にとっては特別な存在に決まっているでしょうが」
「……そ、そうか」
四条は暗に、俺には可能性があると言ってくれているのだろうか。いや、別にそういう訳ではないか。単に俺のことを批判した訳ではないと伝えたかったということだろう。
なんというか、四条らしくない態度だ。彼女はいつも、俺にツンケンしていたはずなのに。
「……何よ?」
「い、いや、なんでもない……」
四条は、俺のことを睨みつけてきた。訝し気な視線を向けていた自覚はあるので、これは仕方ない。
本当の所を言うと、四条がどうして俺に対してトゲトゲしているのかという理由はわかっている。それはきっと、由佳のことを大切に思っているからなのだろう。
「……由佳は大丈夫かね」
「……大丈夫だとは思うわよ。あの子も慣れている訳だし」
「しかし、どうして誰にも言わずに行ったんだ?」
「繊細な問題だからでしょうね。あの子は優しいから、色々と気を遣っているのよ」
「そうなのか……まあ、由佳らしいといえば由佳らしいか」
「そうでしょう?」
俺の言葉に、四条は笑みを浮かべていた。
四条が怒るのは、いつも由佳を想ってのことだ。だから、俺は彼女のことが嫌いではない。
四条が、由佳の傍にいてくれてよかったと思う。彼女がいるからこそ、由佳はあそこまで真っ直ぐでいられるのではないだろうか。
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