第19話 整理がついたと思っていたのに。
「……さてと、九郎は何にするんだ?」
「……そうだな」
話している内に、俺達は食堂に着いていた。
竜太は弁当を持参しているため、食券を買うのは俺だけだ。だが、こいつはずっと俺に付き合ってくれるつもりらしい。
「ハンバーグ定食といきたい所だが」
「うん? それに何か問題でもあるのか?」
「いや、最近美味いハンバーグを食べたんだ。ここのももちろん美味いが、しかしそれを食べてしまったせいか、少し食べづらくなってしまった」
「ほう……」
「む……」
俺の言葉に、竜太はとても楽しそうな笑みを浮かべた。その笑顔によって、俺は自分が失言をしたということに気付いた。恐らく、竜太は由佳から話を聞いているのだろう。
「今の言葉は、是非とも由佳に聞かせてやりたいな」
「……やっぱり聞いていたのか」
「ああ、嬉しそうに話していたよ」
「ぐっ……」
オムライスのボタンを押しながら、俺は唸っていた。
知らないと思って言ったことが、今になってとてもとても恥ずかしくなってくる。やっぱり、こういうことは言わない方がいい。俺は改めてそれを実感する。
「……実際の所、九郎は由佳のことをどう思っているんだ?」
「え?」
「いや、この際だから聞かせてもらいたい。もちろん、由佳や舞に言うつもりはないぞ。これは、男と男の話だ」
「いや、それは……」
食券を渡してから席に座ってから、竜太はそんな質問をしてきた。
お互いに過去を打ち明けたことによって、こいつとの距離は少し近づいたような気がする。それは、竜太も同じだったのだろう。だから、踏み込んだ質問をしてきたのだ。
こいつのことだから、例え言っても絶対に誰にも漏らさないだろう。しかし、それでも言っていいかは微妙な所だ。
「なんとも思っていないなんてことはないのだろう?」
「……それは、まあ」
竜太の微妙な質問に、俺はゆっくりと頷いた。
由佳への想い、それはとても微妙なものである。いや、微妙という言い方は正しくない。はっきりといえることはある。
「はっきりと話すことはできないか?」
「……」
「そうか。それな仕方ないな」
何も言わない俺に、竜太はそれ以上追求してこなかった。
それは、少しありがたい。言葉にするのが少々難しいことだったからだ。
「……言っておくが、由佳はかなり人気だぞ?」
「人気?」
「ああ、告白だって何回かもされている。まあ、それはわかるだろう?」
そこで竜太はそんなことを言ってきた。別口から切り込んできたということなのだろう。
由佳が誰かに告白されている。その事実を聞いても、俺は冷静だった。それはなんとなくわかっていたことだからだ。
「……そうだよな。由佳は可愛くて優しくて誰にでも分け隔てなく接するだろうし、人気があって当然か」
「あ、ああ……」
由佳がモテるなんて、当たり前のことである。考えるまでもないことだ。そのため、特に驚きはない。
「由佳が誰かと付き合ったりしたら嫌だろう?」
「……いや」
「いや?」
「嫌だということはないさ。そいつが良い人だったらそれでもいい」
竜太の質問に対する答えは、思っていたよりもすんなりと出てきた。もっと躊躇いがあるかと思っていたが、心は意外に落ち着いている。
「……意外だな。そんな風に考えるなんて」
「……俺なんかよりも由佳を幸せにできる奴はいるだろう」
「それは、本気で言っているのか?」
竜太は、極めて冷静な口調でそう言ってきた。
それは、怒りを抑えているような気がする。何に対して竜太は怒っているのだろうか。
「……去年、由佳の姿を見た時」
「む?」
「彼氏いるんだろうなあって、思ったんだ……」
「九郎? ど、どうしたんだ」
「うぐっ……」
由佳は恐らく、現在彼氏はいない。いたら流石に紹介してもらえるだろう。それくらいの関係性ではあるはずだ。
過去はわからないため、もしかしたら誰かと付き合ったことはあるのかもしれない。それも含めて去年、俺は色々と考えたのである。
「あの時、俺は……」
由佳の姿を見て、彼氏がいると思った時に胸の奥が痛んだ。それなりに落ち込んだし、色々なことを考えた。
その結果、俺は一度結論を出したのだ。由佳が幸せならそれでいいと。
つまり、心の整理はできたはずなのだ。それなのに、またも胸の奥から感情が溢れ出してきそうになる。
「九郎、悪かった。この話題はよそう。お前も色々とあったんだな」
「……ああ」
竜太の言葉に、俺は絞り出すような返事をすることしかできなかった。
この話題が終わってくれたならありがたい。これ以上続いたらおかしくなる所だった。
そういえば、そろそろオムライスができたかもしれない。そう思って、俺はゆっくりと立ち上がある。
「……胃に入ってくれるだろうか」
過去のことを思い出したことによって、俺は少々気分が悪くなっていた。
既に整理がついたと思っていたが、人間の心というものはそんなに簡単ではなかったようだ。
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