第15話 幼馴染の家に行くのは緊張する。
今日一日はずっと落ち着かなかった。由佳の家に遊びに行く。かつてはなんてことのなかったはずの事柄が、今の俺には重くのしかかってきたのだ。
昨日俺が妙なことを言ったせいか、今日の由佳は俺とそれ程関わらなかった。昼は四条一派と一緒に取っていたし、したのは精々朝の挨拶くらいだっただろうか。
しかしながら、放課後はそれまでと打って変わって俺の元に来て、きらきらとした瞳で一緒に帰ろうと誘ってきたのである。
「それで舞がね、そんなの意味わからないって言って……」
「そ、そうか……」
道中由佳は色々と話をしてくれた。四条一派の間であった面白い出来事を語ってくれていたのだが、その内容はあまり頭に入っていない。
やはり、由佳の家に行くというのは一大事だった。なんとか平静を保とうとしているが、きちんとできているだろうか。
「あ、そういえば、この辺りの景色はどう? あまり変わっていないと思うんだけど……」
「景色……ああ、確かにそうだな。改めて見てみると、なんだか懐かしいな」
由佳の指摘で、俺は昔のことを思い出していた。
この辺りは、かつて住んでいた地域だ。その景色には見覚えがある。今まではいっぱいいっぱいで気付いていなかったが。
「二人で一緒にいっぱい遊んだよね……」
「そうだったな……」
「私の家は覚えてる」
「それはもちろん、忘れたりはしないさ。何度も行ったからな」
話している内に、由佳の家の前まで辿り着いていた。
その家は、幼少期に何度も訪れた家だ。場所はきちんと覚えている。
「ああ、そういえば、隣の家に住んでいたおばあさんはまだ元気なのか?」
「あ、辻村さんのこと? 実はね、去年引っ越したんだ」
「そうなのか……」
「でも、多分まだ元気だとは思うよ。息子さんとそのお嫁さんに心配だから一緒に暮らして欲しいってお願いされて、引っ越しただけだから」
「それなら、良かった」
家の前まで来た俺は、ふと由佳の隣の家にいたおばあさんのことも思い出した。
色々と良くしてくれた人だったのだが、俺がいた頃に既におばあさんだったので、もしかしたらと少し心配になったのだ。
「すまなかった。話がそれてしまったな」
「ううん。ろーくんがそうやって昔の話をしてくれるの嬉しいから。でも、そうだね。そろそろ家に入ろうか」
「あ、ああ……うん?」
「あっ……」
遂に家の中に入ろうという所で、俺と由佳は再び足を止めることになった。由佳の家の戸が開いたのだ。
「あ、由佳、おかえりなさい」
「おお、やっと帰って来たか。予定していた時間よりも遅かったら何かあったのか少し心配したよ」
「お母さん、お父さん、ただいま」
家の中から出てきたのは、由佳のお母さんとお父さんだった。
当然二人とも以前よりも老けてはいるが、記憶の中の二人とそれ程違う訳ではない。
ただ、少し気になることがある。二人は明らかに、出かけるような恰好なのだ。
「ごめんね、ろーくんと話していたら、時間がかかっちゃって……」
「あら、そうだったの?」
「それなら仕方ないね……おお」
そこで由佳の両親の視線が、俺の方に向いた。二人は、驚いたような喜んでいるような表情で俺を見てくる。
「いや、久し振りだね……大きくなって」
「えっと……お、お久し振りです」
「今日はゆっくりしていってね? まあ、私達はこれから少し用事があって、出かけるんだけど……」
「え? そうなんですか?」
由佳のお母さんの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
二人が出かけるということは、この家で由佳と二人きりになるということである。それは予想していなかった事態だ。
年頃の男女が親のいない家に二人きりなんて本当にいいのだろうか。色々とまずい気がするのだが。
「それじゃあ、ろーくん。また今後ゆっくりと話そう」
「色々とせわしなくてごめんね」
「あ、いえ……」
それだけ言って、由佳の両親は出て行ってしまった。恐らく、時間ぎりぎりまで由佳と俺を待っていたのだろう。かなり急いでいる。
二人とも俺が家に上がることを気にしてない辺り、問題はないということなのだろうか。それだけ信頼されていると考えるべきなのだろうか。
「それじゃあろーくん、入って」
「お、お邪魔します」
そんな俺のことも気にせず、由佳は家の中に入っていく。ここで色々と考えても仕方ないので、俺も彼女に続く。
家の中も、昔とはそれ程変わっていない。いや、間取りなんてそうそう変わるものではないだろうし、それは当然か。
「こっちだよ、ろーくん」
「ああ……」
由佳に先導されて階段を上り、俺は家の二階まで辿り着いた。
俺の記憶が確かなら、由佳には自分の部屋はなかったはずだ。だが、流石に高校生ともなれば、自室の一つくらいは与えられるだろう。恐らく俺は、これからそこに案内されるのだ。
由佳の部屋、その単語に俺は既にドキドキとしている。いや、というか今日はずっとドキドキしっぱなしだ。
「……やっぱりちょっと恥ずかしいな」
「ま、まあ、そりゃあそうだろうな……」
とある部屋の前で立ち止まった由佳は、顔を少し赤くしながらそう言ってきた。
自室を見られる。それは例え相手が誰であっても緊張するものだ。俺だって、もしも由佳が自室に来るとなったら、色々と気が気ではないだろう。
「あんまり色々見ないでね」
「そ、それはもちろん……」
俺は由佳の言葉に、ゆっくりと頷いた。
由佳の頼みだ。部屋の中はあまり見ないことにしよう。いや、というか頼まれなくても見るなんて駄目だろう。普通に失礼である訳だし。
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