15.それは自惚れでなければ俺の存在があったからなのだろう。
「あ、そうだ。実はね、ろーくんに見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
宿題の話が一区切りついて、由佳はそのようなことを言い出した。
そのまま彼女は、部屋にある勉強机の引き出しを開けた。そしてそこから、一冊のノートを取り出す。
「じゃーん! ろーくん、これなんだかわかる?」
「……絵日記か?」
「うん。絵日記だよ。小学校一年生の時のやつ」
由佳が見せてくれた表紙には、堂々と絵日記と書いてあった。
確かに、小学校一年生の時にそのようなものを描いた覚えはある。それを久し振りに、見つけたということだろうか。
「部屋を整理してたら、出てきたんだ。せっかくだからろーくんと一緒に見ようと思って」
「見てもいいのか?」
「ちょっと恥ずかしいけど、でもこれも思い出だから」
「……そういうことなら、見させてもらおう」
「うん!」
由佳は、俺の隣にやって来てノートを開いた。
するとそこには、カラフルな絵と子供らしい文字が書いてある。
「うまいものだな?」
「そ、そうかな? あんまり、上手ではないとは思うけど……」
「今と比べたらそうかもしれないが、小学一年生でここまで描ければ充分だろう。えっと内容は……」
「ラジオ体操だね?」
「ああ、やっていたな。一緒に広場まで行って」
「うん。スタンプカードにシール張ってもらったよね?」
最初のページに書いてあったのは、ラジオ体操のことだった。
夏休みに地域の皆で集まってラジオ体操をする。今となっては、懐かしい行事だ。
「それから次は……ろーくんとプールに行ったって書いてあるね」
「ああ、そんなこともあったな。何度か行ったよな?」
「そうだね。でも、多分書いたのはここだけかな?」
「ネタ被りを避けていた訳か」
「うん、そういうことなんだと思う。でも苦労した覚えはないから、多分書きたいことが多かったんじゃないかな?」
「充実していたということか」
そこで由佳は、少しだけ暗い顔をした。
その表情に、驚いてしまう。今の話で落ち込むような部分はあっただろうか。
「ろーくん……ちょっとごめん」
「え? うおっと」
次の瞬間、俺の体はゆっくりと床に倒れていた。
そんな俺に、由佳は覆いかぶさっている。要するに俺は、押し倒されていたのだ。
「んちゅっ……んちゅ」
俺が呆気に取られていると、キスの雨が降り注いできた。
どうやら何かしらの要因で、由佳はキスがしたくなったらしい。
とりあえず俺は、それを受け入れる。よくわからないが、由佳に求められるのは大歓迎だ。
「……由佳、一体どうしたんだ?」
「んっ……ちょっと寂しくなっちゃって」
「寂しくなった?」
「ろーくんが転校してからの夏休み、思い出しちゃったんだ」
「それは……」
由佳がキスしてきた原因が、なんとなくわかった。
彼女の小学校一年生の時の夏休みは充実していた。それは自惚れでなければ、俺の存在があったからということなのだろう。
その次の年の夏休みから、由佳は寂しさを覚えていたのかもしれない。それを思い出してしまったといった所だろうか。
「やっぱりろーくんがいる夏休みがいいな……」
「俺も由佳がいてくれる夏休みがいいさ」
お互いにそんなことを言い合いながら、俺達は再び唇を重ねた。
こうして俺達は、しばらくお互いの存在を確かめ合うのだった。