9.それはきっとこれからも受け継がれていく。
「くーちゃん、もういいよ」
「あ、えっと、それじゃあ入る……」
お祖母ちゃんに言われて、俺はゆっくりと部屋の中に入る。
すると、目の前には普段とはまったく違う衣装に身を包んだとても可愛い子が目に入ってきた。
「ど、どうかな?」
「ああ……とてもよく似合っている」
「えへへ、ありがとう」
藍色に赤い花をあしらった浴衣を着た由佳からは、普段とは少し違った印象を受ける。
なんというか、少し大人っぽくて艶やかだ。これは可愛いというより、美人といった方が適切かもしれない。
「すごくきれいな浴衣だよね?」
「ああ、鮮やかな色合いをしているな」
ただ、個人的に少しだけ気掛かりがあった。
それはこの浴衣を着ている由佳が、黒髪であるということだ。
俺は黒髪の由佳の方が好きだと普段から豪語しているし、今の由佳でも浴衣は十二分に似合っている。
「ろーくん、どうかしたの?」
「ああ、いや、その……」
しかしそれでも、ピンク色の髪をした由佳がこの由佳を着ている所を見てみたいと思ってしまった。
もしも彼女の髪がその色であったなら、浴衣を彩る花のように、きっと映えたはずである。そういう由佳を見ていたいと、俺は直感でそう思っていたのだ。
「どうやら、俺はピンク色の髪の由佳もかなり好きだったんだと思ったのさ」
「ピンク色の髪? あ、確かにこの浴衣ならあの色でもいいかも……」
俺の言葉で、由佳は全てを理解したようだった。
今となっては懐かしい髪色ではあるが、やはりあれも由佳に似合っていたと思う。
色々と大変らしいので、また染めるようには言いたくない。だが、ウィッグなどでもいいから時々あの由佳に戻ってもらうのもいいかもしれない。
「……由佳ちゃん、髪の毛がピンク色だったの?」
「え? ああ、その……」
「あ、そうなんです。ろーくんが、昔ピンク色が似合うって言ってくれて」
「あら、そうなの? ふふ、本当に一途だったのね」
話の流れで、由佳のかつての髪色を知ったお祖母ちゃんだったが、すぐにそれを受け入れてくれていた。
もちろん、実際に見ているかいないかは大きいかもしれないが、やはりお祖母ちゃんはそれを特に気にしないようだ。
「この浴衣はねぇ、お祖母ちゃんがお祖父ちゃんに嫁いで来る時に一緒に来てくれた浴衣なのよ」
「へぇ、そうなのか」
「お母さんにも持たせてあげようと思ったんだけど、あの子は変にこだわりがあったから。まあ、あの頃と今なら考えは違うとは思うけど」
「まあ、なんとなくわかるような気もするよ」
お祖母ちゃんは、由佳に対して懐かしむような視線を向ける。
その浴衣には、きっとお祖母ちゃんの想いが刻まれているのだろう。それなりに古いのに、その綺麗さがちっともくすんでいないのがその何よりの証拠だ。
「だからね。くーちゃんのお嫁さんが、もしもこれを着てくれるなら……この浴衣が受け継がれていくなら、嬉しいなって。お祖母ちゃんはそう思うの」
「……私が受け継いでも、いいんですか?」
「ええ、そうよ。今は由佳ちゃんに受け継いでもらいたいって、はっきりとそう思えるの」
お祖母ちゃんに対して、由佳は真剣な顔で質問をしていた。
きっと着付けの時に、その話はしていたのだろう。二人の間には、俺が入ることができないような空気が流れている。
「大切にします。それで、私とろーくんの子供ができた時に、この浴衣をきっと託します。お祖母ちゃんからしてもらった話をして」
「ありがとう、由佳ちゃん」
そこで二人は、笑みを浮かべていた。
そのやり取りこそが、きっとこの浴衣が受け継がれたということを表しているのだろう。