8.それらは口に出して伝えた方がいいらしい。
夕方、俺は夕食の準備を手伝っていた。
お祖母ちゃんは俺達二人に待ってくれていいと言ったのだが、由佳がどうしても手伝いたいと申し出たため、一人だけ座っているのも悪いと思ってできることをさせてもらうことにしたのだ。
基本的に、俺はほとんど料理ができない。
そのため、お祖母ちゃんや由佳の指示にできるだけ従っているというのが現状である。
「由佳ちゃんは、料理上手なのねぇ」
「え? そうですか?」
「ええ、手際を見ていればわかるわ。慣れてるって感じがするもの」
そんな中で、お祖母ちゃんはそんなことを呟いた。
流石長年主婦として過ごしてきたお祖母ちゃんだ。由佳の手際を見て、彼女が料理上手であることを理解したらしい。
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」
「普段から、お手伝いとかしているの?」
「あ、はい。特に予定がなかったら手伝っています」
「そう、偉いのねぇ」
お祖母ちゃんの称賛に、由佳は頬を赤らめていた。
しかしそう言われると、自分が少し恥ずかしくなってくる。俺は今まで、あまり家のことを手伝ってこなかったからだ。
「ああ、お祖母ちゃん。それだけじゃないんだ」
「くーちゃん? どうかしたの?」
「いや、実の所最近の俺の弁当はほとんど由佳が作ってくれているんだ。毎日おいしい弁当を食べさてもらっている」
「あらまぁ、ふふっ……」
由佳が何も言い出さなかったため、俺はその事実をお祖母ちゃんに伝えておくことにした。
それはきっと、大事なことである。お祖母ちゃんには、俺の彼女のことをしっかりと知っていてもらいたい。
そんな俺の説明によって、お祖母ちゃんは由佳に優しい笑みを向けた。それに対して、彼女は少し照れている。
「本当に……くーちゃんは、いいお嫁さんを見つけたのねぇ」
「ああ、それは本当にそう思うよ」
「ろ、ろーくん、そんなに褒めなくても……」
「いや、事実を述べているだけさ」
由佳はかなり照れているようだったが、今のは俺の紛れもない本心だ。
由佳程にいいお嫁さんなんて、きっといない。少なくとも俺にとって彼女は、最高のお嫁さんなのだ。
「……というか、それを言ったら私の方こそいいお婿さんを見つけたってことだよ」
「……何?」
「ろーくんは、いいお婿さんだってこと」
「む……」
由佳の言葉に、俺は少し照れてしまう。
確かに、これを対面で言われるのは妙に恥ずかしい。
しかしながら、別に俺は特別いいお婿さんという訳ではないだろう。なんというか、失敗してばかりの情けないお婿さんだ。
「二人は本当に仲が良いのねぇ。うふふっ……」
そんな俺達の様子に、お祖母ちゃんはとても楽しそうに笑っていた。
本当に、楽しそうだ。ここまで笑っているお祖母ちゃんを見るのは、なんだか久し振りのような気もする。
「二人とも、そんな風にいつまでも褒め合える関係でいて欲しいねぇ」
「褒め合える関係?」
「長く一緒にいると、そういうことを言わなくなるものなの。お祖父ちゃんから直接褒められることなんて、数える程しかなかったのよ」
「お祖父ちゃんが……」
「相手の長所とか、それに好意とか、感謝とか。そういうことはねぇ、恥ずかしいけど口に出してもらった方が嬉しいものなのよ」
お祖母ちゃんの言葉に、俺は数年前に亡くなったお祖父ちゃんのことを思い出す。
基本的に俺にはすこぶる甘いお祖父ちゃんだったが、確かにお祖母ちゃんや母さんに向ける態度には威厳のようなものがあった気がする。なんというか、とても普段から人を褒めるような感じではなかった。
感じは違うが、父さんもそんなに堂々とそういうことを口にするタイプではないかもしれない。まあ、俺の前と二人きりだと勝手が違うという可能性もあるが。
「そういうことなら、ろーくんはちゃんと言葉にしてくれていますよ。料理はおいしいって言ってくれるし……好きとか愛してるとかも」
「あらあら……」
「ま、まあ、それは……」
由佳の説明で温かい目を向けてくるお祖母ちゃんから、俺は思わず目をそらしてしまう。
だが、それが大切であることはよくわかった。それなら俺はこれからも、由佳への愛と感謝を忘れずに伝えていくとしよう。




