第13話 幼馴染との適切な距離感がわからない。
「……そういえば、ろーくんは今どこに住んでいるの?」
「うん? ああ……」
食事に集中しようとしていた俺に、由佳はそのように話しかけてきた。
その質問は、確かに由佳にとっては気になるものかもしれない。以前と同じ場所に住んでいた場合、流石に由佳も俺がこっちに帰って来たことは気付いただろう。その時に住んでいたのは由佳の近所だったからだ。
「もちろん、前とは違う所に住んでいる。ただ、具体的な場所を口頭で説明するのは少々難しいな……」
「えっと、住所教えてもらってもいい?」
「別に構わないが……何のために?」
由佳の質問に、俺は思わず疑問を口にしてしまった。
住所なんて知って、何か意味があるのだろうか。別に何か送りたいものがある訳でもあるまいし。
「あ、遊びに行ったりしたいし……」
「遊びに……俺の家に?」
「うん。駄目かな?」
「ま、まあ、駄目ということはないが……」
高校生にもなって、異性の友人の家に遊びに行くものなのだろうか。由佳の言葉に、俺はそんな疑問を覚えた。
由佳のような俺とは違う世界の住人達の間では、それが普通なのだろうか。なんというか、少し心配になってくる。
「何か駄目な理由があるの?」
「……いや」
しかし、俺は思い出した。由佳の俺に対する態度は、今の所昔と変わっていないということを。
今回もそれが発揮されているというだけなのかもしれない。あの頃と同じ感覚で、俺の家に遊びに行こうとしている。そういうことなのではないだろうか。
もしもそうなら、少々複雑な心境である。俺は、異性としてまったく意識されていなかったりするのだろうか。
「まあ、とりあえず俺が今住んでいるのはここだ」
「あ、この辺りなんだね……思っていたよりは離れていないね」
「そうだな……」
俺はスマホで出した住所を由佳に見せる。流石に長年住んでいるだけあって、由佳は地図を見ただけで俺が住んでいる場所を理解したようだ。
正直、俺は今かなり緊張している。このまま遊びに行ってもいいかと言われた場合、俺はどうすればいいのだろうか。
「こんなに近くにいたのに気付かないものなんだね」
「それは……」
由佳の少しトーンが落ちた声に、俺は言葉を失ってしまった。
確かに住んでいる場所的には、それ程離れているという訳ではない。少し運命が違えば、出会った可能性もある。
「……俺が由佳の家の方に行くのを避けていたからな」
「え? そうなの?」
「ああ、元々外に積極的に出る方ではなかったが、出かける時はそっちを避けていた。顔を合わせたら気まずいと思っていたからな……」
「そうだったんだ……」
俺は、ゆっくりと自分の気持ちを吐き出していた。
昨日既に話したからか、言葉はすんなりと出てきた。学校外でも、俺はずっと由佳のことを避けてきたのだ。その事実が重くのしかかってくる。
だが、これははっきりとさせておかなければならないことだ。俺達が出会わなかったのは、決して由佳のせいではない。
「申し訳なかった」
「……それは、昨日で終わったことだよ?」
「だけど……」
「別にろーくんを責めたい訳じゃないんだ。それに、私自身を責めたいっていう訳でもない。舞にも言われたんだけど、その件はお相子ってことにしよう?」
「お相子、か……」
由佳は、いつも通りの笑顔でそう言ってきた。
お相子、つまりは俺も由佳にも悪い部分があったということだろうか。
しかし、由佳が俺に気付かなかったのは仕方ないことだ。勇気を出せなかった俺とは事情が違う。
そう思ったが、それは口に出さないことにした。そんなことで言い争っても、由佳が喜ぶはずはないと理解できたからだ。
「でも、残念だと思うな。一年早く会えていたら、もっと色々なことができたと思うし……」
「色々なこと? そうなのか?」
「うん。だからね、ろーくん。これからは色々なことしようね?」
「……そうだな」
由佳の真っ直ぐな言葉に、俺は力なく頷くことしかできなかった。
今の俺には、彼女の純粋さは眩しすぎる。それに対してどう反応するべきなのか、俺はまだわかっていない。
「という訳で、ろーくん。今日は暇かな?」
「え?」
「善は急げっていうでしょ? だから、今日は一緒に遊ばない?」
色々と浸っていた俺に対して、由佳は力強い言葉でそんな提案をしてきた。
由佳と一緒に遊ぶ。小さい頃は当たり前だったそれが、今はとても特別なことに思えてしまう。無論、由佳はそうは思っていないだろうが。
「ろーくんが嫌なら皆も誘わないから、二人でどこか行こうよ」
「む……」
昼食の前のやり取りを思い出したのか、由佳はそのような条件までつけてきた。
その言葉を聞き、俺は少し恥ずかしくなっていた。なぜなら、俺はそもそも先程の言葉を二人で遊ぶと勘違いしていたからだ。
どうやら、俺はまた自惚れてしまったらしい。由佳にとって遊ぶとは皆で遊ぶという意味なのだ。今度のためにもそれは胸に刻んでおこう。
とはいえ、結局現状の由佳の提案が二人で遊ぶであるということは事実だ。とりあえず、次はそれに対する答えを考えなければならない。
「……いや、悪いが今日は遠慮させてもらう」
「……え?」
「俺にばかり付き合わせるのも悪いからな。こうして昼食は俺と取ったんだ。放課後はいつもの奴らと遊んだ方がいいだろう」
「……」
俺の提案に、由佳は目を丸くしている。もしかして、俺は何かおかしい提案をしてしまっただろうか。
「いや、俺が由佳がいつも遊んでいる奴らの中に入れないのは、俺の都合である訳だろう? 今日だって、そのせいで由佳を引き止めてしまった。四条達だって、由佳とは一緒に遊びたいだろうし、今日これ以上邪魔をするのはなんというか気が引けるというか……」
「そ、そうなんだ……」
俺が自分の考えをなんとか言葉にした所、由佳はゆっくりと頷いてくれた。
ただ、理解してもらえたのかどうかは怪しい所だ。早口だったし、わかりやすく言い訳であるし、あまり伝わっていないかもしれない。
「そ、それなら仕方ないかな?」
「うっ……」
由佳は、俺に微妙な笑顔を向けてきた。
なんというか、選択を間違えてしまったような気がする。とはいえ、俺が四条一派の中に入るなんてあっちからしてもあり得ないことであるだろうし、一体どうすればよかったのだろうか。




