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運命の人3

 剣術大会当日の朝がやってきた。

  朝食を終え、ジョンと一緒に荷物のチェックをするアレクを、私は手招く。

「勝利を願うおまじないよ、少し目を閉じておきなさい」

  言われるままに目を閉じるアレクの額に、私はそっと指で触れる。 ミスミが教えてくれた、精神系の防御魔法を展開。

 ほんのりと指先から、アレクの額に光が移動していく。

「ありがとうございます!」

  額に自分でも触れてみて、嬉しそうに笑うアレク。その姿を微笑ましく見守るジョン。


  子どもの運動会に家族で行くみたいだなあと、ほのぼのとした気持ちになって、それから自分の運動会の時はどうだったかなあと考え……そこに、該当する思い出がないことに気づく。

  あれ? 学生時代の思い出とか、家族のこと、私の中にはそんなものは無かったとでもいうように、思い出せない。

  ユリアである日々が長すぎて、自分がこちらの世界にすっかりと馴染んできているとは思っていたけれど、こんなに記憶の欠落ってあっただろうか。


 不意に怖くなる。

 十年経って元の世界に帰ったとして、私は本当に元の自分に戻れるのかな、と。


 足元から恐怖が這い上がるのを、私は目を閉じ耐える。

  ミスミくん、そう彼がいる。向こうに戻っても彼がいれば大丈夫。

 どちらの私も知っていて見ていてくれると言った彼が居れば、たまにこっちの世界の思い出を話しながら、日々の忙しさに流されてあっという間に元の生活に戻ってしまうに違いない。

 私は目を開けアレクを見た。『おまじない』が嬉しかったのか、アレクはきらっきらの目でこちらを見ていた。

 その目を見たら、ふっと怖さが掻き消えた。


「さあ、行きましょう」

  気持ちを切り替えそう告げると、二人が先に立って歩き出す。

 その背中を追いながら、今はこの世界できちんと役目を果たす事だけ考えていようと、そう思った。





「今のアレクの一撃をご覧になりましたか、ユリア様!」


 珍しく少し大きな声を上げるジョンの横で、私は思った以上のアレクの活躍に内心でびっくりしている。

 『氷の城の女主人』という役でなければ、両手を叩いて、ジョンの数倍大きな声をあげたかったくらいに。


「勝者、アレクシス!」

 審判の鋭い声が上がる。アレクの剣は、へたり込む相手騎士の眼前でぴたりと止まっていた。

「今のなど、剣筋が見えぬくらいでございました」

「そうね」

 ジョンの言葉は大袈裟だけれど、相手騎士を翻弄するアレクの剣はとにかく疾く、しかし当たれば力強く相手の剣を押し返す。

 いつのまにこんなに剣の技術が身についていたのかと、驚いてしまう。


 今回の剣術大会は、ユリアに魔獣退治を依頼している領主が主催のこじんまりとした大会なので、出場しているのも近隣の騎士見習いの少年から青年達。その中だからかもしれないけれど、ここまでは向かう所敵無し、という感じ。


 やっぱりウチの子、天才では?


「ユリア様、勝ちました!」

 観戦席に駆け寄り、嬉しそうにそう報告してくれるアレク。

「ここまでは見事だったわ」

「ありがとうございます!」

 元気よく返すアレクの肩越しに、次の対戦相手の姿が見えた。白いシンプルな鎧を纏う金の髪の少女。遠目でもわかる整った顔立ちと、この距離なのに首筋がちりっと灼けつくような強い魔力。


 もしかしたら、ミスミの仕込みはこの子の為に……?


「ユリア様、じゃあ俺、行ってきますね!」

 ジョンから受け取った水を一気に飲み干してアレクはそう言うと、対戦相手の元へ向かう。


「あっ、アレク!」

 思わず呼び止めてしまった。私は振り返ったアレクに、なんと声をかけて良いのか迷い、結局一言。

「最後まで気を抜かないように」

 とだけ投げかける。


アレクはただ、笑顔で大きく頷いた。

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