運命の人2
「ミスミくん相手なら、『ユリア』として気を張ってしゃべらなくていいから楽でいいわ」
夜毎、というわけでもないけれど、時々は顔を出す同じ世界の住人に、私はすっかり気を許していた。来れば、だいたいベッドに腰掛けて話をする。
「うーん、こうして油断しているユリアさんが見られるのは嬉しいんですけど、もうちょっと意識してほしいっていうか」
「何言ってるの、あなたの体がアレクの物である以上、なんていうか、子どもって感じが抜けないもの」
ミスミであり、アレクであるその顔を見てそう言うと、彼はちょっと悔しそうな顔になり、私との距離を少し詰める。
私は空気が甘く色づいたような気がして、慌てて話題を変えた。
「そ、そういえば、ここに送り込まれる時に『攻略本』になりそうな本を女神様からもらって……というか奪い取ってきたんだけど、ジョンを助けに跳躍んだ時に落として来たみたいなのよね、あの時、見かけなかった?」
「あ~本なら見ましたよ。馬車と一緒に燃えてたみたいです」
「そうなの……残念」
あの時、ジョンが助かったのはあの本のおかげだったし、今後も何かしら手助けになるかもと思っていたのに。
「そんなことより、今度の剣術大会なんですが、今から出場を無しにはできませんよね?」
「どういう理由かはわからないけど、それは難しいわね」
『氷の城』の騎士として『出場する』と宣言した以上、余程の理由がないと撤回は難しい。そう返すと、ミスミは顔を曇らせた。
「行くと、良くないことがあるかもしれない、って言っても?」
私は、彼のその言葉にぎゅっと眉根を寄せて、距離を詰める。
「ねえ、もしかして本はミスミくんが持ってるの?」
ジョンの乗った馬車が襲われたあの日、執務机の上に置かれていた『氷の騎士物語』は、私では見ることができなかった未来を示すページが開かれていた。
アレクが眠っている間だけは体の主導権が握れると言ったミスミ。彼は私と違ってあの本の先のページが開けるとしたら。
「さて、何のことでしょう?」
にこりと笑うミスミ、付き合いはそう長くないけど、彼がこんな笑い方をする時は絶対に正直に答えてくれない。多分、ご褒美で釣っても。
「……じゃあ深くは聞かないけど、せっかくアレクが張り切ってるのに出場取消するなんて、できればしたくないわ」
「まあ、ユリアさんならそう言いますよね」
「わかってるならなんで聞くのよ」
ミスミの事がわからない。私はため息をつく。
「剣術大会出場を止めたいのは山々なんですが、ユリアさんが応援に来てくれるのは嬉しいという揺れ動く男心から、ですかね」
そう言いながら、ミスミはこちらに手を伸ばし、私の頬に添えた。正面から真っ直ぐにこちらを見つめる。
「い、今、そんな雰囲気だった?」
「雰囲気とか関係なく、僕はいつでも『そういう』事はしたいんですけど、今回はそうじゃなくって。……ちょっとじっとしていてください」
ミスミの顔が近付いて来る。私はぎゅっと目をつむった。
暖かな感触が、額にちょん、と触れて離れた。
「……防御系の魔法?」
触れたところから、魔力が優しく私を包むのを感じて目を開ける。
「そうです、術式が読み取れますか?」
真剣な顔でミスミに問われ、私は、うーんと考え込む。
「なんとか行けると思うわ。私は何をすればいいの?」
「同じ術式を、大会の日の朝にアレクに施してほしいんです。」
細かく術式を読み解く。これは、身体的な防御というより、精神的な防御の魔法みたい。
「わかったわ、約束する」
「ありがとうございます、ユリアさん」
すっかり油断していたところで、ミスミの腕が私を捕らえる。肩口に顔を埋められて、私はくすぐったさに小さな悲鳴を上げた。
「そんな可愛い声を聞いたら我慢できなくなりそうなので、今はここまでにしておきます」
「ここまでもなにも、ここから先は無いわよ!」
強い拒否の声をあげ睨むけど、多分首まで真っ赤になっているので、台無しな気がする。
案の定、まったく堪えていない顔で嬉しそうに笑って、ミスミが体を離す。
「忘れないでくださいね、僕、ちゃんと見てますから……ずっと」
そういえば、向こうの世界でも同じような事を言っていたな、と思う私を名残惜しそうに見て、それからミスミはいつもみたいに、するりと部屋を出て行った。