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【小話】雪の日の思い出話(ジョン視点)

「こんな所で何をしているの?」

 この命を餌にしようとつい先程まで自分を追い回し、甚振っていた魔獣が氷の刃で真っ二つになり倒れる様を冷たい大地に座り込み眺めていたジョンは、その声に顔を上げた。


 目に飛び込んできたのは雪原に乱反射する日の光を背負い、長い銀の髪を雪風に揺らして立つ、美しい女性。

 女神を象った氷像が動き出したよう。そんな錯覚に、ジョンは何度も目を瞬く。


「もしかして、邪魔だったかしら?」

 感情が掴めない冷たい声。

「い、いいえ。助かりました」

 死の恐怖から見た幻かと思ったが、差し出された手がほんのりと温かくて、ジョンはほっとする。


「そう」

 立ち上がったジョンにそれだけを言うと、女性はさっさとその場から立ち去ろうとする。

「あ、あの! お待ちください!」

 声に振り返る女性は、この凍てついた大地には不似合いな、薄いドレスを纏っている。その姿、魔獣を狩る役割、その情報から導き出される名前はあったが、あえてジョンは名を問う。

「貴女のお名前を教えていただきたいのです」

「ユリア、氷の城の魔女よ」

 

 ああ、やはりそうか、とジョンは考える。

 冷たい氷の城で一人、魔獣を狩る魔女。

 噂ではその力で領主を脅し富を得ているとも、楯突くものを氷漬けにするとも聞いている。でも、向き合ってみてジョンにはそんな風には感じられなかった。


「もういいかしら? まだ魔獣は残っているのよ」

「失礼しました。助けていただき、ありがとうございます」

「助けたわけではないわ。元々、魔獣を狩るのが私の役割だから」

「それでも、です。貴女が居なければ、私は今頃……」

 想像するだに恐ろしい。

 身震いするジョンを見て、一つため息をつくとユリアは子供に諭すように言う。


「そう思うのならすぐにこの場を離れ、街に帰るといいわ。雪の実でも採りに来たのでしょうけど、命をかけるだけの価値はないでしょう?」

 ユリアの言う通り。ジョンの目当ては『雪の木の果実』。この土地でしか育まれない魔力をたっぷりと含んだ天然の魔力回復薬。

 氷の大地に踏み入ることが出来る者は殆どおらず、なかなか流通しないので、当然価格は高騰している。

 ジョンは、商売で負った借金をなんとかそれで返せないものかと、死を覚悟してここに踏み入った。

 ただ、覚悟はしていたつもりだったが、実際は魔獣を前にして思ったことは『死にたくない』というただ一つだった。


「そうですね、命をかけるだけの価値はありませんでした」

 ユリアはその言葉を受けてさらに一つため息をつき、ジョンヘと手を差し出す。

 ジョンは意図が掴めずに、首を傾げた。

「手を。……街まで送るわ」

 街までどうやって? そう思いながら恐る恐るジョンは、白くしなやかなユリアの手に、ちょん、と自分の手を乗せた。


「しっかり掴まっていないと、振り落とされるわよ」

 ユリアの言葉に慌てて手を握る。次の瞬間、世界がぐるりと回り、胃がぐっと押されたようなような感覚が襲う。


「うっ」

 空いている方の手で口を覆う。が、その不快感は一瞬で消えた。

「それを持って帰りなさい、街へ」

 顔を上げると、そこには街の門へ続く道がある。転移の魔法かと驚き振り返ると、とっくにユリアは消えていた。


 ジョンの手に皮袋を残して。

「『雪の木の果実』、こんなに」

 袋を開いて絶句する。換金すれば、ジョンの負った借金など一気に返せてしまうほどの数の『雪の木の果実』がそこにあった……。





「それで、その『恩返し』として、この城に押しかけたのですよ」

 ジョンは、二つ並んだ良く似た顔に笑いかける。

「元が商人だったから、お金の管理も、契約関係もあんなにぱぱっとできちゃうんですね」

 尊敬の眼差しを向けてくるアレク。

「ぱぱっとかはわかりませんが、お役に立てる事が少しでもあって良かったと思っていますよ」

「俺もこれからもっと勉強して、ジョンさんを補佐しますね」

「そうですね。今はミスミさんがユリア様の実務の補佐として動いてくださってますから、私とアレクは城で後方支援をがんばりましょう」

「はい!」

 少年らしい元気な声を返すアレクに微笑んで、そろそろ夕食の準備をとジョンは立ち上がる。


「敬愛、以上の気持ちはありませんよね?」

 すれ違いざま、しっかりと釘を刺してくるミスミに、ジョンは上品に笑ってみせる。

「さて、どうでしょうか?」


 ジョンの返事にちょっと眉を寄せるミスミ。


「さて、今日は香草と一緒に仕込んでおいた塊肉をローストしましょうか。アレクはスープをお願いします」

「スープにはキャベツを入れてもいいですか?」

「もちろんです」

 にこにこのアレクを連れて厨房へと向かう。ちらりと振り返ると、ミスミが困ったような顔でこちらを見ていた。


「ミスミさんは、付け合わせをお願いできますか?」

 その言葉に早足で追いついてきたミスミの耳元に、一言落とす。

「どうあれ、手放すつもりなどないでしょうに」

「まあ、それはそうですね」


 ミスミが不敵に笑う。


 彼と居るユリアは今まで見たこともない幸せそうな顔をするから、ジョンとしては、そんな彼らを見ているだけでも幸せなのだけれど。

 でもほんの少しくらいは、やきもきして貰きたいと思う。


 ……あの日、ジョンの目に焼きついた女神のように美しい人。その隣にするっと入り込んだ彼には、その責任があると思うのだ。


「さあ、ユリア様がお帰りになる前に準備を済ませてしまいましょう」


 パンパンと手をたたき、気持ちを切り替える。


 いつまでもこんな幸せな時間が続きますようにと願いながら。

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