魔女の心臓2
結局、お互いに何にも案が出ず、ソフィアが翌日また来る事を了承して今日は解散となった。
何か情報が無いか、探してみるという約束をして。
私は、何を話したのか聞きたい素振りのアレクをあえて見ないふりをし、夕食もそこそこに自室に篭った。
さっきソフィアと話していて、一気に記憶が溢れてきてから、何というか、自分自身とユリアの境目が分かりづらくなってきている。この氷の大地に親もなく魔女として生まれて、この国と契約を結び、与えられたこの城で暮らしてきた日々が、そのまま今の自分に繋がっている。
ユリアの記憶というのは今までだって常に私自身の中にあった。ただ、薄い紙を一枚挟んだ向こう側にあるような感じで、知ろうと思わない事は表に出てこなかったのに。
記憶をあえて探らなくても、『すぐそこ』にある感覚。
で、その記憶の何処にも、『他の手はない』というのが問題で……。
「本当に、何もなかったかしら」
私は呟いて、自室の隅に置いてる本棚を眺めたが、その中身はとっくに頭の中に入っているし、解決策は書かれていない。
ヤケになって、あちこち開けてみて……そして私は机の引き出しの奥に丸めて押し込んだ紙の束を見つけた。
『コツコツ続けてしっかりヘイトを育てる! 悪役マニュアル』
可愛らしい文字でタイトルが書かれているそれは、女神に渡されたマニュアル。
「こんな物もあったわね」
結局一度も開いていなかったなと思いながら、ペラペラとページを捲る。ポップな文字で書かれている割に、『成長に影響を与えないギリギリの食事の抜き方』『心を抉る罵倒10選』『後に残らない暴力のススメ』など、胸が悪くなるような内容が続いていた。
こんな事、できるわけがない。
暖炉の火にでも焚べようかと持ち上げたところで、長い間引き出しの奥に押し込んでいたのが悪かったのか、手の中でくるりと丸まって指の間を滑り、足元にバサリと取り落としてしまう。
「え?」
偶然に開いたのは最後のページ。今までのデザインとはガラッと雰囲気が変わって、どちらかといえばこの部屋に並んでいる魔法書のレイアウトに似ていた。
拾い上げて、そのページに目を通す。
「こんな所に……」
それから私は、そのページだけを抜き取り他の紙束を暖炉に放り込んだ。
出発の日が来た。
結局、アレクはソフィアと共に、隣国へ魔王を倒す旅へ出る事になった。
まずは、ソフィアの待つ王城へ。
「これは王城に着いたら開けるのよ。きっと役に立つから」
出発を前にして私は小さな箱を渡す。アレクはお守りのようにそれを胸元にしまい込み、嬉しそうに服の上から撫でた。
氷の聖剣は先にソフィアに渡してある。
「ありがとうございます」
「ジョン、王城まではしっかりアレクを送り届けて頂戴ね」
「かしこまりました」
ジョンが寂しげに微笑む。もしかしたら、ジョンにはわかっているのかもしれない。渡した物がどんな物なのか。
「『魔王』は刻一刻と人の生きる土地を狭めていると聞くわ。隣国へ急がないと」
「はい! 俺、頑張って魔王を倒してきますね。だから帰ってきたら俺のお願いを一つ聞いてくれますか?」
「ええ、約束するわ。魔王を倒して帰ってきたら、あなたの願いを一つ、なんでも叶えてあげる」
私は目一杯、優しく笑う。出会った頃は冷たくしか笑えなかったけど、今は柔らかく笑えているだろうか。
「それじゃあ、いってきます! ユリア様」
手を振って、アレクが馬車に乗り込む。ひらりと手を振り返すと、アレクが嬉しそうに笑った。
馬車が走り去ってゆく。
そうして彼らが森を過ぎ王都へ向かう街道へ出るころ、この城は崩れてしまうだろう。
この日のために、新たな術式を組み上げて氷の大地に結界を張ったから、城はなくても街に魔獣が侵入するようなことはないはず。
アレクに渡したのは、『魔女の心臓』。本当の心臓ではなくて、魔女の全ての魔力を込めた結晶。
それを聖剣に嵌め込めば、『魔王』を倒すだけの力が振るえる。
マニュアルの最後のページには、魔力の全てを結晶化させる方法が、『他に手がない場合に』として、書いてあった。この手を使った場合は、元の世界に戻る権利を失うかも? という注意書きと共に。
まあ、この結末は、女神のお気に召さないという事なんだろう。
私はいつも眠る時のように、大きなベッドに横たわる。
だるくて、ねむくて、しょうがない。
元の世界に帰れないなら、もう一度だけミスミに会いたかった。結局どれだけ待ってもあれから彼は全然現れなくなって、もしかしたら存在自体が夢だったのかなとも思ったりする。
なんだか意識がぐにゃぐにゃと歪む。まともに物が考えらえれなくなってきた。
元の世界に戻れない私は、どうなってしまうんだろう。
消えちゃうのかな。
それでもアレクが泣くよりいいかな、最後にそんな風に思った。




