魔女の心臓1
一旦、頭を冷まそうというのか、ソフィアはアレクが用意してくれたお茶を一気に飲んで、その熱さにちょっと涙目になった。
私は魔法でティーポットを操り次のお茶を注ぐと、氷の欠片を降らせる。
ソフィアは目礼して、その冷えた一杯をぐぐっと飲み干した。
「足りない魔力を補う方法なら、知っています」
やっと落ち着いたのか、取り澄ました顔でソフィアはそう言う。
「そんな方法があるなんて、聞いたことがないわ」
「それはそうでしょう。王家の秘事ですから」
さらりとそう言うけど、秘事なら言ったら駄目だったのでは。
「緊急事態なので、陛下もお許しくださるでしょう」
「許可はとっていないのね」
私の言葉に、ソフィアがそっぽを向く。
「それで、その方法というのは?」
「『魔女の心臓』を、剣に与えるのです」
ソフィアの目が、私を射抜く様に向けられる。私は思わず、左胸を庇う様に両手で覆った。
夢の中のワンシーンが脳裏に蘇る。
泣きながら『なんでこんな酷い事をさせるんですか!?』とアレクが問いかけていた相手。『魔王を倒す為には必要な犠牲なのです』と答えた冷たい声の主。あれはソフィアだったんじゃないか。
もしかして、アレはただの夢じゃなくて、予知夢だったのかも……。
「あなた、剣術大会でアレクに洗脳魔法でもかけようとした?」
「彼が魔法に抵抗できたのは、やはりあなたのせいだったんですね」
その返しで確信する。ミスミが警戒していたのはやっぱり彼女だったって事を。
ソフィアの敵意と『勝つまで、何度でも挑みます!』の宣言は私に向けられていたんだ。
「魔王出現については、そろそろではないかと国家魔術士達から予想が出ていました。だから、彼が出るという剣術大会に出場して、氷の城の騎士が今どんな状態なのかを私自身で確認し、彼の力だけで魔王を倒すに至らないと判断したら、魔法で操り彼の手で『魔女の心臓』を剣に与えさせるつもりでした」
ソフィアの言葉に私は混乱していた。
かなり早いけど、私は元々アレクに倒されるのが役目。彼女の描いたその絵の通りに動いても問題は無いはず。
ソフィアの言う事が本当なら、『氷の聖剣』は『魔女の心臓』の力で、きちんと『魔王』を倒す力を持つという事。
ストーリーの流れは、あちこち変わってしまったけど、『ユリア』を倒して力を奪う、はクリアできる。氷魔法を操る最強の騎士になる、はちょっと時間が足りなかったけど、魔王を倒して姫君と結ばれる、はソフィアにお願いしてなんとかならないかな?
でも。
「あの時、アレク、泣いてたわ」
夢の中のアレクは、泣いていた。あのままじゃ、目が溶けてしまうんじゃ無いかというくらいに。
それは、嫌だなと私は思った。
「『魔女の心臓』を剣に与えるというけれど具体的な方法は?」
もしかしたらアレが予知夢ではなくて、グサッと行くよりまだマシな方法があるんじゃないかと淡い期待を持って聞いてみる。
ソフィアは、剣を握る仕草をしてから、真っ直ぐにその見えない剣をこちらに突き立てた。
「剣に選ばれた騎士が、魔女の心臓を剣で一突き、です」
まあ、ソウデスヨネ。
私は苦い顔になる。
「この時のために、国は氷の魔女である貴女にさまざまな恩恵を与えて来ました。この城も、領主を通して渡されている報奨金も、そして貴女の立場も」
「生贄は私だったのね」
私の言葉に、ソフィアは目を逸らさずにまっすぐ顔を上げていた。
魔王出現までに剣を育てきれれば良し、その時はまた次にも使える。
魔王出現までに剣を育てきれなければ、魔力源として使い切り。
この国にとって、氷の魔女というのはそういう存在だったってことだろう。
いや、本当の自分ではないとはいえ、全然納得はいかないけどね!
でも、これで女神がアレクを虐めて、と言った理由がちょっとだけ理解できた。もし本当に私が苛烈にアレクを追い詰めていれば、アレクも大義のために私に剣を突き立てる事も躊躇せずにできただろうから。
説明が圧倒的に足りてないよ……。
「他には本当に方法はないの?」
「王家に秘されていたのは、その方法だけです。今回お話ししたのは、今の彼の様子ではあなたを害する方法は受け入れないと思ったから」
それはそう。今ではそこそこの信頼関係が築けている、と思う。
アレクが魔王に対抗するために騎士として国の招集に応える、と言ってはいても、その為に私を……なんて断固として受け入れないと思う。
「私に命令しろと言うの? 彼にこの身を貫けと」
「それは無理でしょう」
ソフィアはあっさりそう言う。私は拍子抜けして、目を瞬いた。
「その命令を彼が聞くとは思えません。でも、魔法が阻害される限り、無理やり従わせるのもできないでしょうし」
あのミスミの魔法、実は見よう見まねで再現したせいで、私にかかっているものも、アレクにかけたものも解き方が分からない。
「それで、もしかしたらあなたに何か案が無いかと」
「そんなことを言われても……」
私はソフィアと目を見交わし、ため息をついた。




