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魔王出現2

「え?」


 私の口から間の抜けた声が転がり出た。

「今、アレク、何て言ったの?」

「俺、行こうと思うんです、って言いました」

 聞き直してもアレクは笑顔で同じ言葉を繰り返した。私は言葉を失う。


 確かに魔王は最後はアレクが打ち倒す予定だけど、まだ、まだまだ年数が足りていない。この間の剣術大会だって、結局はイウレスに負けたのだし。


 それに、ジョンの話を聞く限り、剣技でどうこうできるような相手には思えない。


「アレク、それはこの城での仕事を放り出すという事に他なりませんが、それでも行くと言うのですか?」

「それは、ごめんなさい。でも俺の力が必要だって言われたんです」

 ジョンの言葉にしゅんと肩を落として、それでも意思を曲げるとは言わないアレク。

「一体誰にそんな事を言われたの?」

 アレクに入れ知恵した大罪人は誰なのか、私は慌てて問いかける。


と。


「私が言ったのです!」

 白を基調に金の刺繍を施した見るからに上等そうなドレスに身を包んだ少女が、扉を開け放ち、腰に手を当てて立っていた。

 さらっさらの金の髪が、整った顔立ちを際立たせている。


「この間の大会でアレクに負けた子じゃない。一体何処から入ってきたの」

「彼の後ろを着いてきました」

 アレクは少女に指で示されて、目を丸くする。気づいていなかったみたい。

「俺に着いてきたの? 駄目だよ。ここはユリア様の大事なお城なんだから」

 そう言い、アレクは少女の腕を優しく掴み、外へ出る様に促す。だけど少女はそれに抵抗し、ぐっと両足を踏ん張る。

「出ていきません! 私はこの城の主人たる方、ユリア・フィロアに話があるのです」

「もしや、貴方は騎士姫様でございますか?」

 ジョンの問いに、少女が鷹揚に頷く。

「騎士姫?」

「この国の第三王女、ソフィア様の事です」

 ジョンが小さな声でそう教えてくれる。

「君、お姫様だったの?」

 驚くアレクに、ソフィアは眉根を寄せて言う。


「それは今、重大な事ではないのです。私はただのソフィアとして、この国を憂う一人としてここに来たのです。どうか、話を聞いてもらえませんか?」

「話くらいは聞くわよ。この場でよければね」

 私の言葉に、ソフィアは首を振る。

「二人だけで話をしたいのです」

 真っ直ぐに私を射る金の瞳。あんまりにもじいっと見つめられて、私は渋々頷いた。


「わかったわ、ジョン、応接室に案内して」

「承知いたしました、アレクはお茶の用意を」

「はい!」


 私はため息を着いて、部屋を出てゆく三人の背中を眺める。

 どうにも、いい話は聞けないような気がしていた。





 第三王女、ソフィア。騎士姫と皆が呼び慕う、剣を手に騎士に混じり鍛錬を重ねる少女。民衆から愛されてはいるけど、すでに第一王子が王太子となり、次期王となる事が決まっているので、近隣の国へ嫁ぐのか、国内のパワーバランスを崩さない貴族のもとへ嫁ぐのかと噂されていた。


 ユリアの記憶の奥から引っ張り出してきたそんな情報と、目の前の少女を見比べる。

 

 絹糸の様な金の髪といい、艶やかな白い肌といい、ちょっと吊り上がってはいるけれど大きな瞳といい。

 なんとはなしに、大きな猫を思わせる。


 今は、毛を逆立てて警戒している感じ。


「『魔王』を倒すのに、どうしてアレクシスが行かなければならないの?」

「氷の城の主たるあなたならばご存知のはず。『魔王』を倒す為の剣を王家より託されたあなたなら」

 

 パシッと、頭の中で何かが弾けた。


 夢の中でアレクが私の胸を貫いていた剣。宝物庫で見た、何故か目が離せなくなった剣。そして、『魔王』を倒す為という言葉で今、頭に浮かんだ剣。それは全部同じ姿だった。


「その為に、彼を騎士として鍛えていたのではないのですか?」


 頭を押さえてぎゅっと目を閉じる私に、ソフィアの言葉が追い打ちをかける。やめて、記憶が次から次に、繋がって浮かび上がってくる……。


「『氷の聖剣』を振るう為の騎士として」


 その言葉が駄目押しだった。


 ユリアの記憶が、ぶわっと頭の中に溢れて広がった。今までどこに仕舞われていたんだろう、こんなたくさんの記憶。

 優里愛の記憶が蓋をしていたんだろうか。


 私はぐるぐると渦を巻く記憶の中から、必要そうなものを必死に繋ぎ合わせて返事をする。


「そう、そうね騎士として育てているのは確かよ。でも、まだ時が満ちていない」

「一刻も早く、まだ『魔王』が育ち切る前に倒したいのです!」

 ソフィアの言うことは尤も。記憶によれば『魔王』とは、人の悪感情の塊が世界に漂う魔力とくっついて、大きな大きな塊になったもの。

 自然発生した後は、のろのろと進みながら人や動物、農作物に害を与える。さらに悪いのが、魔獣にとって『魔王』の周りは居心地がいいらしく、集まって一緒に進む為、被害が甚大になるということ。


 人の悪感情が『魔王』を産み、『魔王』が進んでまた悪感情を育てる。

 そんな悪循環を断ち切れるのが、この城の宝物庫にある『氷の聖剣』。ユリアの力を少しずつこの地から吸い上げながら育つ、魔法剣。

 でもその魔力が『魔王』に対抗できる程になるまでにはまだ数年かかる。それが、女神が言っていた期間だったんだ。

 でも、私の感覚では、10年でも『氷の聖剣』は力が足りないはずだけど……?

 まして今なんて、全然も全然。魔力不足で『魔王』に傷一つ、つけられない。


「直接戦ってわかっているでしょう? アレクの力はちょっと強い騎士程度。魔力もそこまで強いわけでもないわ。『氷の聖剣』もまだ、魔力不足よ」

「それでもどうしても今、彼に聖剣を振るって欲しいのです。私にはできないことだから……」


 悔しそうに唇を噛み、ソフィアは燃える様な目でそう言った。

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