魔王出現1
「なんで~~~」
少女騎士が座り込み、わんわん泣いている。
私は、拍子抜けして彼女の姿をぽかんと見ていた。
「ご、ごめん。大丈夫?」
アレクが慌てて彼女の前に手を差し出した。
「手加減するのは失礼かと思って」
優しく声をかけているけれど、その言葉に少女は一層悔しそうに声を上げる。
「手加減なんかしてたら、絶対許さなかった!」
今は情けなく泣いている少女だけれど、その実力は見事なものだった。ただ、どうしてもリーチの差が物を言っただけ。
アレクを翻弄するステップ、圧倒的な手数の多さに、アレクが押される場面もあったくらい。
だけど、アレクのすらりと伸びる手から繰り出される鋭い一振り一振りが、少女が攻める隙を与えなかった。
「もう少し君が成長してたら、俺でも敵わないかもしれないって思ったよ」
「だったら、また対戦して」
「うん、約束する」
そう、優しい声で少女の挑戦を受けるアレク。 微笑ましい光景だなあと見守っていると少女とばちり、目があった。
これだけの距離があっても、はっきりとわかる。これは『敵意』だ。
「私が勝つまで、何度でも挑みます!」
私の方を見たままで少女は意味深にそう言い、涙を拭って立ち上がった。
彼女が挑みたいのは、アレク? それとも……。
去っていく少女を、領主が慌てて追っていく姿が見えた。その様子から、身分が上なんだろうと窺える。
満面の笑みで、こちらに勝利の報告へと駆けてくるアレクの向こうのその姿に、私はどうしても不安が胸に湧いて、仕方なかった。
「今夜は、来ると思ってたのに」
私は寝台に腰掛けて、枕をぎゅっと抱いてぼやく。
今日の剣術大会、結局アレクは準優勝だった。
というのも、なんと指南役であるイウレスも一般参加で出場していたから。彼に決勝で当たって、あっさりと負かされてしまった。
それでもかなりの健闘だったし、アレクの成長にとにかく胸がいっぱいになった。
ミスミが伝授してくれた精神防御の魔法がどこで役に立ったのか、立たなかったのかは良くわからなかったけれど、とっても良い1日だったなと思う。
この気持ちをミスミに話したいと思っているのに、今日に限ってなかなか姿を表さない。
確かに毎日来ていたわけではないのだけれど。
私はそのまま後ろに倒れ込み、寝台の上に転がる。
「ミスミくん、来ないのかな」
残念だなと、そんなふうに思っている自分に驚く。
元の世界を共有できる人というのももちろんあるけど、それ以上の存在になりつつあるのかもしれない。 そう思うと急に顔が熱くなる。
だけど、私は枕を抱いて気持ちを見ないふりする。
ミスミはあくまでアレクの中に居るだけの、私と同じこの世界に落とされたメインキャラクターの芯。今のこの気持ちを育てて咲かせるなら、あちらの世界に戻ってからにしないといけない。
私は無事にアレクに倒されて、元の世界に戻るんだから。それからだよね。
枕に塞がれた真っ暗な世界の中で、私は何度もそう自分に言い聞かせていた。
「ユリア様、最近少し調子が悪いように見受けられますが」
「そんな事ないわよ」
私はジョンの言葉にそう返したが、指摘されている事の原因には気づいていた。
剣術大会の前日に出てきて以来、ミスミが現れないから。
おかげで、すっかり寝不足で、調子が悪い日が続いている。
「見回りも滞りなく、魔獣も契約通りの数を仕留めているわ。何も問題はないでしょう」
「ええ、それは……」
顔色が悪いとか、書類にちょっとしたミスが続いているとか、私にも自覚はあった。でもそれを認めるのは嫌だった。
「気のせいよ」
そう言い切ると、ジョンはまだ納得がいかないというように目で追ってきたが、私は振り切るように背を向けた。
そこに、扉が開く大きな音。
「アレク、もっと扉は静かに開け閉めを……」
「大変なんです、ユリア様、ジョンさん!」
買い出しから戻ったアレクはジョンの指摘をスルーして、抱えた荷物をテーブルに乗せ、一枚の紙をこちらに差し出して来た。
ジョンがまず受け取り、目を見張る。
「何かあったの?」
私の問いに、ジョンは新聞の号外にも見えるその紙をこちらに手渡す。
「国からの通達ですね。隣国より魔王出現の報せあり、騎士を求む、と」
「そんな……」
アレクを育てて魔王を倒すまで10年かかるのではなかったんだろうか、まだ2年経ってないくらいなんだけど、魔王出現が早すぎる。
私は、女神が言った言葉をなるべく正確に思い出す。
『10年主人公を虐めて、最後にちゃんと主人公に倒されたら、元の体に戻してあげますね!』
確かに、魔王が10年後に出て来ます、とは言っていない。
私は頭を抱える。ざっと流し読んだ本の概要から行くと、魔王は『氷の城の女主人ユリア』の氷魔法を得た騎士アレクが倒すことになるはず。
だとすると、もしかしてアレクが倒しに行くまでの間、リオート大陸の人々は魔王に苦しめられる、ということ?
「魔王出現ということであれば、急ぎこの国からも騎士を送らなくては、隣国はあっという間に蹂躙されてしまうことでしょう」
「魔王というのはそんなに恐ろしいの?」
私の問いに、ジョンは頷いた。
「通常、氷の大地で魔獣と向き合うユリア様にとっては、脅威とは思えないかもしれません。しかし、『魔王』は、『王』の名がついていますが、自然現象に近いと考えられています。前兆なく生まれ、多数の魔獣を連れて大陸を横断する巨大な影、それが『魔王』です」
「そんなもの相手に、騎士を送ったとして対応できるの?」
「それは……」
ジョンの反応で、答えを察して私はため息をつく。
「隣国とは同盟を結んでいたわね。だからこそ、何かしら手を打ったという形が欲しいということなのかしら」
苦い顔でジョンが頷いた。それなら、国が求めているのは『生贄』と同じ。
それなのに。
「俺、行こうと思うんです」
アレクが笑顔でそう言った。




