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「そんなんじゃ悪役失格!」


 キンキンと耳につく声で宣告される。

 そんなことを言われても、だって私が望んだ役ではないんだし。


「それは、女神様の配役ミスでは?」

 この発言が不興を買うなんて事はわかりきっていたけど、それでも一言文句を言わずにはいられなかった。


「もーーーー!」

 見た目は儚い美しさを持つ少女、身に纏った薄衣をふわふわと揺らしながら、地団駄を踏む。

 もーー、なんて言って本当に怒る人(神?)っているんだな、と私は呑気に思った。


「だってちゃんとマニュアルも渡したし! たったの十年、マニュアル通りにあの子を虐めてくれればよかっただけなのに!」


 美術品のように整った顔を歪めて、女神は手に持った書物を振り回した。表紙には可愛らしいイラストと、『コツコツ続けてしっかりヘイトを育てる! 悪役マニュアル』というタイトルが丸っこい文字で記されていた。なんでタイトルの文字にPOP体を選ぶかなあと思いながら、私は女神の前で首を振る。


「そう言うなら、女神様ならできたんですか? あの子に、ここに書いてあるような事を」

 私の言葉に、女神はぐっと言葉に詰まる。

「……そんな事できるわけないじゃない」

 尻窄みに小さくなる女神の声。言いながら、マニュアルに沿って『虐め』ている所を想像したのか涙目になる。

「でも、お願いしたのに~!」

 とうとう泣き出した女神に胸を貸し、私はため息をついた。

「仕方ないじゃないですか、私の勝手な望みより、あの子の方が大切だったんだから」

 泣きたいのはこっちなのになと思いながら、私はさらに女神の背を優しく『ぽんぽん』する。


「元の世界に戻る事より、あの子が幸せでいてくれるほうがずっと大切だったんですよ」


 涙をいっぱいに湛えた目で女神が私を見上げる。にこりと笑いかけると、彼女はさらに泣き出した。






「笹塚 優里愛さん! あなたに決めました!」


 甲高い声が耳の側から響いて、私は飛び上がる。

「あれ? さっきまで会社に居たのに?」

 周りを見回す。真っ白な空間にほんのり光る少女の姿。


 たっぷりとしたドレープの白い薄衣を纏った金の髪の美しい少女。まるで昔の絵画に描かれている女神みたいだなと思ったところで、彼女は慎ましい胸を張った。

「ご名答、女神です!」

「わ、私、口に出していました?」

 だとしたら恥ずかしいなと、私は慌てて口を押さえる。


「女神なので、思っていることを読み取ることも出来るんです! 普段はプライバシーの関係で使ってませんが、今は信じてもらう為に特別にやってるんですよ!」

「はあ……」

 随分と痛いコスプレの人かなと思ったところで、自称女神さんが顔を思いっきり顰めた。


「人をコスプレイヤー扱いする~、本物ですよ。あなたの心が筒抜けなのが証拠です。なんならあなたの個人情報も開示しちゃいますよ?」

 ずいっと顔を近づけられて、思わず仰反る。

「ええと、わかりました。信じます」

 なんか怖いし。


「怖くないです! 慈愛の女神ですから!」

「はいはい」

 疲れてきたなと思ったところで、女神は『ごほん』と咳払いをして、話を仕切り直した。


「最初からやり直し! ええと、笹塚 優里愛さん! あなたに決めました!」

「何をですか?」

 決めましたと言われても、何が何だかわからない。

「氷の城の女主人をやってもらいます!」


 元気いっぱいにそう告げられても、やっぱりわからない。

 女神は右手を宙にかざすと、そこに一冊の本が現れた。

「こちらは『氷の騎士物語』という本です」

 手渡されたので、ぱらぱらとめくると、あらすじが書いてあった。


 幼い頃、両親に捨てられた主人公の少年アレクシスは氷の城の女主人に拾われ、下僕としてこき使われ虐められながらも成長、女主人を倒しその力を奪うと氷魔法を操る最強の騎士となり、最後は魔王も倒して姫君と結ばれるというようなお話しらしい。


「神様の世界で書かれた本なのですか?」

「いえいえ、この本はあなたも暮らしていた人間の世界で書かれた本です。人間界の本は天界でも大人気なんですよ」

 人間が描いたお話が神様にもウケているなんて、作家さんが聞いたらひっくり返りそうだなと思っていると、とんでもない言葉が耳に飛び込んで来た。


「で、大人気すぎて、満場一致で、次に作る世界はこの本をベースにする事が決まったんですよ~」

「え?」

「だから、新しく世界を作るんだけど、この本の世界にしちゃう事にしたんです!」


 そんな、テーマパークでアニメ作品とコラボします! みたいなノリで世界創造の話をされましても。驚きと呆れで言葉が出ない私の前で、女神は不敵に笑う。


 いやいや、褒めてませんよ?


「ちゃんとマニュアルも用意してますし。有能な執事も居ますから!」


 私が仕方なくマニュアルを受け取ると女神は入れ替わりで『氷の騎士物語』を回収しようとする。

「え、返しませんよ?」

 私は本を握る手に力を込めた。

「ネタバレになるじゃないですか」

「ネタバレOKなので、ください」


 私は本を死守し、表情で女神を威嚇する。その必死さに女神も可哀想に思ったのか手を離した。


「仕方ないなあ、くれぐれも他の人に見られないようにしてくださいね」

「わかりました」

 私が頷くと、女神は満足げに微笑んだ。


「では、今から『氷の騎士物語』の世界、リオート大陸に魂を転送します! 目一杯、悪役してきてくださいね! あ、私は神々の間の決まりで、10年間はまったく関与できませんし、見ることもできませんから~」

 から~~~! と女神の声がエコーする。


 段々と意識が遠くなっていく。

 10年間まったくのオートモードでゲームするような感覚かな、暢気なもんだと腹が立つが、もうどうにもならない。

 そう思ったのを最後に、記憶は途切れた。 





 繰り返すノックの音で、意識が浮上した。

 私は慌てて当たりを見回す。

 白と青を基調とした上品な室内。調度品はどれも高価そうに見える。

 壁際には暖炉があり、赤々と炎が燃えていた。


「ユリア様、いらっしゃらないのですか?」

 再度のノックの後、急かすような声がした。私は慌てて立ち上がり、持っていた本に気づくと背中に隠した。

「いるわよ、ジョン」

 自然とそう声が出た。


 自分の今までの記憶と同じくらい自然に、氷の城の女主人『ユリア・フィロワ』としての記憶が私の中にあった。


 扉が開き、初老の紳士が私に問いかける。

「城の敷地に侵入者です。いかがいたしますか?」

「侵入者? それなら尋問が必要でしょう? 連れてきなさい」


 随分冷たい声が出るものだなと思いながら、私はその紳士、執事のジョンに指示を出した。


 そして、これはさっき本をペラペラとめくった時に見た、ユリアとアレクシスの出会いのシーンだなと思い出す。


 ジョンは一礼してから部屋を出ると、しばらくして少年を連れてきた。

「これが侵入者です」

「離せ、離せよ!」

 ジョンの手から逃れようと暴れるが、その手には力が入っておらず、もしかしたら外の寒さで凍傷寸前なのかもしれないと私は気づく。


 凍傷 治療 どうする?


 検索ワードが頭をよぎるが、当然答えはない。


「いかがいたしますか?」

 ジョンの問いに、私はまじまじと少年を見た。

 冷え切った顔は青白く、やせ細った体に汚れた服を纏い、暗い目で立つ少年。


 彼を、虐める? 私が??

 もうとっくに、辛い思いをしてきた事が見てわかる彼に?


「そんなのムリー!」


 私は『コツコツ続けてしっかりヘイトを育てる! 悪役マニュアル』を天に放り上げて、叫ぶしかなかった。

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