表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の国のアリス  作者: MIMA茜。
1/3

1 黒猫を追いかけて

 初夏の太陽が照りつける6月。


 じわりと汗が滲む大学の帰り道、この日は受講している午後の授業がたまたま全休になったので早めに帰宅していた。

 なかには大学に残って課題をしていくという友人もいたが、久々に早く帰れるとのこともあって私は家で溜まっている課題を消費することにした。なにせ一人暮らしをしているものだから、天気も良かったし布団を干したり洗濯をしたかったという理由もある。


 歩きながら考える。

 大学進学と同時に田舎から東京に上京してきて1年経つが、都会暮らしには未だに慣れない。

 人は多くて人酔いするし電車の路線も入り乱れていて迷う。物価は高いし、夜は昼間のように明るい。十何年田舎から出たことがなかった私にとって、ここ都会はまさに別世界そのものだった。


 「にしても今日は暑いかなー…」


 思わず口にしてしまうほど今日は暑かった。アスファルトの道路は熱を溜め込み、密集したビルや建物により風は遮られていた。体に溜まった熱は容赦なく水分を奪っていく。今日みたいな日は早めに帰るに限る。

 電車から降り、歩いているとコンビニが目に入った。


 「アイス……」




 コンビニでこの暑さの救世主、ソーダ味のアイスを買った。

 近くに公園があったので木陰で少し涼む私。

 冷たいアイスは乾いた口の中に染みた。いくつになってもアイスは美味しいと思う。きっとおばぁちゃんになっても変わらず好きだろう。


 「お。アタリ棒。何かいいことありそう♫」


 なんて呑気に浮かれてそろそろ帰ろうと立とうとした所に、木の影から黒い何かが急に飛び出してきた。


 「ほわっつぅぅ!??」

 

 実に間抜な声が出た。

 その黒い何かに驚いて体勢を崩し、アタリ棒を落としてしまった。


 「え?なに、黒猫?びっくりさせないでよー…」


 「にゃーん♫」


 黒猫はそう鳴くと私が体勢を崩した際に落としてしまったアタリ棒を咥えて走り去ってしまった。


 「ちょっ!待って!」


 思いがけず走ることになった。せっかく涼んだのに…。

 いや、アタリ棒交換できるしね?その1本は庶民にとっては大きな1本だ。何としてでも取り返す。


 黒猫を追いかけ、騒めくビル街を抜けて大通りから脇道に入ると、人ひとりやっと通れる程の狭い小道があった。道の両端は石のブロック塀で覆われていてその道は暗い路地裏へと続いているようだ。


 「こんな場所がまだ東京にあったんだ……」


 都会とは似つかわしくない雰囲気に思わず足を止めた。大通りから道を1本抜けただけなのに、この場所だけ場の空気が澄んでいるようにさえ感じる。何というか、妙に心地良い。

 しばらくぼーっと立ち尽くしていたが、目の前の小道の先に黒猫のフサッとした尻尾が揺らめいた。


 「あっ!私のアタリ棒!」


 追いかけようと小道に一歩足を踏み出した。

 が途端、そこが境界線であるかのように空気が変わったように感じた。先ほどの澄んだ空気とは一転、突然別の世界に足を踏み入れたかのような、そんな気分。

 この先へ行ってはいけないと思わせられた。


 〝今ならまだ引き返せる〟と。


 その先にあるのは人の気配もない暗い路地裏。どこに繋がっているかも知れない。

 いつの間にか走ってかいた汗も乾いていた。

 物音ひとつしない静寂の路地裏、肌で感じる異質な空気にたじろくのは常人なら普通の反応だろう。


 引き返すか迷った末、結局のところ意を決し黒猫を追いかけることにした。


 「絶対取り返す!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ