第1話 死をもって、追放とす
「ノア。落ちこぼれのお前はこの家にふさわしくない。出て行ってしまえ……と言いたいところだが、野垂れ死にされても寝覚めが悪い。明日から使用人として働いてくれないか?」
「え……」
いつもと同じように夕飯を食べたあと、ノアは兄のオーギュスト、弟のマティアスと共に、父親に呼び出された。
ノアだけ、まるで見せしめのように床でぶちまけられたご飯を食べさせられていた食堂。久々に食卓の椅子に座らせてもらえたと思ったらこれだった。
「そんな、どうして……」
言葉にならず、はくはくと口を動かす。そんなノアを、オーギュストとマティアスが気の毒そうに見つめた。
「どうしても何も、分かってるんじゃないのか? 自分で」
「確かに俺には『スキル』がありませんが……それにしてもこの処遇はあんまりすぎますっ!!」
「働き口はちゃんとあるのだぞ?」
「しかし……」
ノアは食堂の端で突っ立っている使用人を見た。コックにメイド・執事に庭師。ノアに職業を選ばせるためか、色々な人たちがいた。全員が、ノアから目を背ける。
彼らは助けてくれることはないが、ノアに同情するような目線だけはしっかりと向けてくる。分かりやすい嫌がらせをしてくる父よりも、嫌いだった。これからは彼らに混ざって仕事をしなければならないのか。
……自分をいじめてきた、家族たちを世話しなければならないのか。
ノアには『スキル』がないから。
貴族、王族なら5歳のときに神からもらえるはずの、『スキル』が、ノアだけもらえなかったから。
オーギュストとマティアスは王族にも負けない優秀なスキル――それぞれ剣を極めし者の『剣聖』、強力な力を持つ炎の魔法スキル『業火』をもらえたのに、ノアだけ、貴族の中では初めてもらえなかったから。
「それか追放でもするか? いや、これは実質追放なのだがな。貴族社会からの」
「分かりました。父上」
ノアは父の言葉に、使用人たちの顔を見るのを止めた。ただしっかりと、父だけを見た。
「明日から、この家に仕えさせていただきます」
椅子から立ち、90度に腰を曲げた。屈辱に唇を噛み、握りしめすぎた手から血を流しながら。
……まぁ、これは――
「分かった。ならもう良い。部屋に帰れ」
「……はい」
返事だけして、5歳のときから自分の部屋になった屋根裏部屋へと戻る。
「今日は新月か。チャンスだな。よく考えれば3年もいじめられ続けたんだ。家を出る方がずっといい。まぁ親父は、俺がいつか出て行くこと前提で使用人になることを提案したんだろうけど。使用人たちは気づいてないだろうからな。逃げやすくなるし。俺才能あるんじゃないかな」
――演技だったのだが。
藁の上に弟のおさがりのシーツを被せただけのベッドに寝転がり、にっかり笑う。
下手に浮かれた様子を見せるわけにはいかなかった。手は痛むけれど、名誉の負傷だ。
自分にスキルがないのは確かに貴族社会に広く知られていて、嘲笑の的となっていた。夜会に出席すれば誰もが、笑っちゃダメよ、と肩をつつきあう。追放されるのもある意味当然かもしれない。
ノアはしばらく血のついた手をかざし、開いたり閉じたりしていたが、窓から窓を飛び移り、塀をよじ登って家の外へ出た。元々何も渡されていなかったから、持ち物もない。大切に隠し持っていた銅貨5枚くらいか。
「これで俺は、自由なんだ」
ノア8歳。彼の目には、今まで体験してきたものよりずっと広い景色が写っていた。
*
「父上、いくらなんでも可哀想すぎるんじゃないでしょうか」
ノアがいなくなった食堂では、オーギュストが父親に詰め寄っていた。そんなオーギュストを父親は一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「お前だってずっと馬鹿にしていただろう」
「でもさすがに使用人は……! せめて今の生活を……」
「なぁオーギュスト、本当にあいつは使用人の仕事をすると思うか?」
父親の視線を受け、オーギュストは立ち尽くした。オーギュストの隣では、まだ6歳のマティアスが居眠りをしている。
「それはノアがサボる、ということですか?」
「いや。たぶんあいつは明日、この家からはいなくなっているだろう」
「どういうことですか?」
「今頃窓からでも脱走してるんじゃないか? ノアはああいうやつだ」
「そんなの、どうやってこれから……」
「死ぬだろうな」
色をなくしたオーギュストに、父親はサラリと答えた。
「父上は、それが分かって……」
「あぁ。あいつが恥ずべき役立たずだから、というのもあるし、それに……」
父親がオーギュストを見下ろす。視線の冷たさに、思わずオーギュストは椅子に逆戻りした。
「あいつは危ない。学校にも行っていないのに、ああ見えて案外賢いし、昔から少し人と違った」
「ノアは至って変わらないように見えますが……?」
「目が違う。力のこもった目をしている。生きたい意志が強すぎるんだ。下手に貴族社会の情勢でも知られたらかなわん。崩壊させられてしまうかもしれん。だから、死ぬくらいがちょうどいい。外に行けば自然に死ぬだろう。今まで生意気だった。絶望を見てから死んだらいいさ」
「そんな……」
オーギュストが落とした肩を、父親がポンと叩く。
「オーギュスト。お前は優しすぎる。お前はきっとこの家を継ぐだろう。時には冷たさも、必要なのだぞ」
父親が出ていった食堂は、しんと静まりかえっていた。
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