フランチェスカ・ツェナー
暇つぶしや気分転換に楽しく読んでいただければ幸いです。
私は美しかった。男と視線が合い微笑めば彼らは照れたように瞳をそらし、私が困ったように首を傾げれば、どこからともなく人が現れ助けてくれる。そこでにっこり微笑み「ありがとう」とこぼせば、相手は幸せそうな顔をする。それが私の日常で当たり前だった。
「ったく、お金がもらえるだけでもありがたいと思いな」
そう言ってババアは私に向かって数枚の小銭が入った袋を投げつけた。くそ、いつか絶対にお前に同じことをそっくりそのまま返してやる。投げつけられて地面に落ちた袋と散らばった小銭をかき集めながら私は唇を噛みしめた。
事の始まりは私がある男爵からの告白を木端微塵にそれも跡形もなく、それはもうこっぴどく断ったのが始まりだった。
フランチェスカ・ツェナー。この帝国で最も美しく、最も悪辣な女。それが私だった。裕福ではないが歴史と家格はある侯爵家の一人娘に生まれ、蝶よ花よと育てられ、見目麗しく、微笑むだけで人が動く。そりゃあ、調子にも乗るし、性格も捻じ曲がる。いや、別に私は自分の性格が特別悪辣と思ったことはないけれど。私は少し人より素直で、正直で見た目至上主義なだけ。そう思ってる。まぁ、それは置いといて、話を戻すと、告白。そう、とあるパーティーにて男爵からの熱烈な告白を受けた。別にそれはいい、いつものこと。男爵が不細工極まりなかったからいつも通り、望みが持てないほどにこっぴどくお断りした。それもいつものこと。いつもと違ったのはその男爵が跪き、涙ながらにすがりついて私のドレスに振れたこと。
問題!不細工極まりない30代男性が涙を浮かべ縋りついてその表情が夜の暗がりの中、光に照らされ浮かび上がった顔を見たら?
A.怖い上に不気味で気持ち悪い
問題!そんな人物がうら若き乙女のドレスに振れたら?
A.絶叫する
ええ、私の反応は至って普通でしょう。そこへ現れた大量の人々。いくら人格者と評判の男爵といえど、涙を浮かべた乙女(しかも美しい私!)が居たらまぁ、普通に私を世間は守るでしょう。そうして男爵はあれよあれよという間に社会的地位を剥奪、抹消され追い込まれた彼は、失意のままその人生に終わりを告げた。そこまでならばまだ良かった。問題はそこから先。男爵を失い悲しみのどん底に追いやられた母親がいた。女の敵は女。いつの時代もどこの世も変わらない。普遍的な思想。ええ、男爵の母親は私を恨んで恨んで恨んで……それだけだったらね、どれ程良かったか!
恨んでも息子は戻らない。男爵の母親は私に呪いという復讐をしたの。ええ、男爵の母親は魔女だった。
「……はぁ」
路地裏の窓ガラスに映る自分の顔を見て私はため息をついた。大きく青空のように澄んでいた瞳は仄暗く、くすんだ灰色へ。スッと通って形の良かった鼻は、低く、僅かに上を向き。淡く金に輝いていた髪は薄汚れた茶色へ。張り艶のあった色白の肌は、青白く渇ききり、白魚のようだった手は、今じゃひび割れてガサガサだ。
男爵の母親…魔女は私の顔を変えた。魔女が私にしたのはたったそれだけの呪いだった。だけど私の家族は誰もそれを信じてくれなかった。娘が居た部屋に、同じ年頃で体型も声も言葉遣いも思考も、顔以外は全て娘にそっくりだと言うのに、私の両親は私を寝間着のままその身一つで屋敷の外に追い出したのだ。
どんなに私が本物のフランチェスカだと訴えても、あの魔女の仕業だと話しても、チェンジリングに遭ったと言って取り次ぐ島もない。何も持たず、何不自由なく育った18の娘が、冬が見え隠れする秋空の下に放り出され、自分は娘だと侯爵夫妻や屋敷の周りの者たちに訴えるのは3日が限界だった。