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オーク=エルフをモデルにした生体兵器?! 本稿における『人類』を定義する【2021/06/05】

 現代ファンタジーの原典といえる『指輪物語』の『中つ国』世界では、みんな大好きオークさん(※偏見)はエルフを参考に生み出された紛い物らしい。ちなみにエントを参考に生み出されたのがトロールさんという。


 オークさんはトールキンさんのオリジナル種族と思いきや元になる種族もいらっしゃるようだが、意図的に別になっているようでややこしい。


 ちなみにオークを中つ国のホビットの言葉で訳するとゴブリンらしい。なんか綴りが天使(goblinとGabriel)で似ているのは偶然かしら。まあLとRが違うから偶然だろう。調べたらギリシャ語起源とヘブライ語起源なので全然違った。

 ただ、子音を古いヘブライ語では表さないらしいからやっぱりわかんない。


 そしてオークと人間をスプラッタな邪術で合成したのがウルク=ハイと映画版では再定義された。


 よかった! 強姦される女性はいない。

 しかし『ザ・フライ』な合成には異論がある方もいらっしゃるだろう。



 とりあえず村娘を片っ端から拉致監禁婦女暴行して借り腹するゴブリンさんやオークさんの描写は最近ということになる。


 ゴブリンさんは自らを陥れるなろう作家はまとめてほぼ全員名誉毀損で訴えていい。



 最近、カナダ政府は歴史上は絶滅したことになっていたとある部族について、外国に逃げた彼らの子孫たちに先住権を認める判決を出した。彼らをカナダ人、少なくとも先住民族の祖先と認めた形になる。

 https://www.jiji.com/jc/article?k=20210430041484a&g=afp


 また、カナダ政府はかつて先住民族に対し同化政策を行ったわけだが、その寄宿学校で215名もの死骸を見つけたという。

 https://www.bbc.com/japanese/57312454


 これらは2021年、すなわち今日の話である。



 まあ日本だって入管だの外国人実習生制度だので絶賛現在進行中にやらかしているのだからいえたもんじゃない。

 まだ過去のやらかしを反省するだけマシである。



 織田信長に仕えた弥助さん(※今となっては彼の本名を知ることはできないだろう)は城主をいずれ任されるレベルで織田信長に信頼されていたのだが、彼を助命した明智光秀は『黒奴は動物で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺さず』として処刑せず助命した。寸前まで信長を守るべくひとり奮戦していたのにだ!


 現代の感覚をどのような異世界でも当てはめようとする、傍迷惑ななろう主人公たる我々ならば、ここにいたら人ごとなのに勝手にブチキレるであろう案件だ。曰く『人種差別だ!』と。


 しかし刀を振るって織田信長を守り抜こうとした弥助はこうして南蛮寺に送られて一命を取り留めた。


 光秀さんナイスプレー。

 こんないい猛者は殺すに惜しい。



 伝承では妖精だったゴブリン。

 マイナーだったろうに指輪物語を経て独自のイメージを得て気づいたら性犯罪者種族になっているオーク(※日本だけらしいが)。

 そして弥助さんの物語にそれぞれ感じ入るものはないだろうか。



 筆者の提言は以下の通りだ。



『借り腹で繁殖できる種族は人間なのか』



 これはみんな大好きエルフさんにも当てはまる。


 え、エルフも?


 うん、エルフもそうだ。

 考えてみれば今日のなろう作品のエルフは相当不気味というかイレギュラーな生き物すぎる。

 どっちかと言えば『クトゥルフ神話』の『深きものども』や『R-TYPE』のバイド帝国のほうに近い。

 さすがに無機物と融合進化はしないが。


 個人的意見に過ぎないが、なろうファンタジーのエルフはとにかく人間に都合が良すぎて寒気がするというか、これ妖怪の類ではと原点に戻ってしまう。


 これが『ロードス島戦記』や『クリスタニア』あたりでは短編『ハイエルフの森』などで独自の文化や思考回路を持つ生物としてまだ理解できる(※むしろ作品の中ではハイエルフが人間を理解しようとする)が最近では歳取らないくて美形以外に人間とほぼ変わらない。


 あと魔法と弓という特技だがこれも最近は怪しい。

 体型ももはやぶっちゃけ人間とほぼ変わらない。



 もうこの子ら人間で良くね?

 定命の人間を愛してしまうとか長生きによる葛藤とかストーリー的にもないよね。無駄な描写でないかな。



 何故エルフをここまで取り上げるか。またもう人間でいいだろと主張するのか。


 本稿はいわゆる狭義といえる『ホモ・サピエンス』を『人間』と定義していない。

 なぜならファンタジー世界の人間が『ホモ・サピエンス』と生物学的に同一と言う保証がないからだ。


 また、ユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』で語るようにかつて地球上に存在したサピエンスたち全てをまとめてサピエンスとくくることもしない。



 だってなろう異世界の人間、髪の毛が青だったりするのだぜ。ねえよ。



 鼻水はまだ緑になりうるが人体において青は構造色でもなくばちょっとない筈だ。大抵有害物質だし。


 とりあえず必殺『魔力の影響でさまざま髪の人間がいる』設定がある中、古いなろう作品だと『黒髪黒目だと魔法能力が高い。よって日本人は魔力が高い。最強』としている作品もある。


 ちょっと待った。今の日本人、ほとんど髪の毛染めていたり脱色しているぞ。自分からパワーダウンしているじゃないか!


 まあ、そのような古い作品の世界における転移者については、そのうち黒い髪に生えかわってくるだろうから良いとしよう。

 転生や転移という慣れない環境ストレスでハゲたら知らん。勝手にやってくれ。

 自分たちだって異世界のルールご無用で好きにやるのだからハゲて魔力を失ったと言われても同情しない。


 もっともなろう作品でのニートやワープアの類は引きこもりやパワハラで死んだりしたくせに異世界では妙にアクティブだったりする。


『おまえら他人の庭である異世界で好き勝手できる対応力あったのなら、異世界なんてまどろっこしい遠くに行かずに最初から自分で部屋から出てこいや。パワハラで殺される前に上司なんかぶん殴ってこい』


 転移先である異世界人なら上記のように叫びたくなるであろう案件である。

 マザー・テレサの言葉として広がっているデマゴーグをあえて引用したいレベルである。


 異世界行くよりトイレには自分でいけ。



 異世界にいったら急にアクティブになるなろう主人公。


 心理学の専門家からみたら不思議な存在かもしれないが筆者は心理学には詳しくないので口を閉じよう。



 なろう主人公はさておき創作世界、特に異世界の人間は同じ人間に見えていても収斂進化の過程で別の起源種を持つ別の生き物かもしれない。


 ナメクジやカタツムリたちがこれに該当する。



 個々のナメクジは見た目はナメクジという生き物だが起源種は違い、ぶっちゃけ個々の種族の寿命は確認不可能だ。


 個体によっては何百年も生きるかもしれない。

 貝類だしマジわかんない。


 ナメクジたちは大きくなったら天敵に喰われるし乾燥して死ぬかもだがその寿命はわかんない。

 筆者は瀬戸内海の離島で30センチメートル越えの個体を確認している。


 筆者父である久さんはウッキウキでそれを見せようとした。やめてください。



 仮に同じような猿に似た生き物の仲間から進化したとしても『ヒューラン』『ヒューム』(ファイナルファンタジーシリーズ)などといった名前の人間に似て異なる別種族であったりするかもしれない。



 とかくファンタジーの人間種族は見た目はさておき地球人類よりひたすら頑丈なので同じ人間と思うべきではない。



 実例として馬の仲間には奇蹄目カリコテリウムという生き物がかつて存在していた。


 収斂進化の結果ゴリラと大型ナマケモノの特性を得た生き物だったようだ。


 彼らが進化を続ければ仮名『ミノタウロス』という本稿における別の『人類』種の旗本になりえたかもしれない。


 ちと『人類』というバトルシステムを構築する種族になるには大型にすぎるが。


 他種族と比較して個体がデカ過ぎたり強過ぎても良くないのだ。

 個体能力やダンパー数を超えるコミュニティーを作る必要がなく完結してしまう。


 実際カリコテリウムは絶滅している。

 理由は今となっては定かではない。



 バトルマンガの主人公は現代日本を舞台にしていても、また骨折して全身打撲で全治六ヶ月の診断を受けたのにもかかわらず、次週にはきれいさっぱり後遺症も残らず、殴られまくって吹き飛ばされていたのにも関わらず脳への影響を見せず回復できる。


 おまえ先週足をズパズパ斬られてなかったか。

 顔面ボコボコ殴られていなかったか。


 なぜ問題なく歩ける。


 まあリアルを追求し創作世界で『ブシドーブレード』な世界をやっても誰得なので仕方ない。多分読者が面倒くさがる。



 私事だが筆者は顔面ボコボコにされたら一年間その顔のままだった。


 これでも『全治三ヶ月』の怪我に過ぎない。六ヶ月てどうなの。



 どっかの『カリオストロの城』を攻略する大泥棒さんみたいに『血が足りねえ』と食うだけで回復のためのカロリーを得てしかも完全回復するのは少々出来過ぎであると筆者の理性は訴えるものの、創作世界だから多いにアリだと魂は叫ぶ。



 やっぱりかっこいいのが最高にして至高である!



 しかしここまで論考したところでファンタジーな世界やSFだと、創造主たる神や高度種族が存在している、していたのかもしれない。



 そうすると生物学的知識もへったくれもない。



 神が粘土をこねてできました、細胞レベルで3Dプリンターから作りましたになる。


 異種族同士の混血も他人への愛も『神々』の思し召しになってしまう。




 では本稿では人間、否『人類』をどう定義づけしているか。繰り返し何度も改めて立場を表明しておこう。


『言語を主体としたコミュニケーション能力をもつことで種の持つダンパー数を克服している戦闘集団。

 もしくは虐殺機関。他種族にとってはバトルシステム』


 すなわち生物に限ることなくもっと大きな括りになる。


 本稿定義においては『ゲッターロボ』の世界における他種族から見たゲッターロボみたいな圧倒的他種族殲滅集団は『人類』である。

 そう言えばゲッターロボってバイド帝国のように人類や機械や同じゲッターロボ を侵蝕したり融合する。



 我々は実際、こんにゃくいもみたいなどうしようもない毒芋でも食い尽くし農作物に変えた挙句、今度は逆に種を維持するべく農家は工夫を凝らし、現在なおも群馬県民は世界一こんにゃくを生産し、マンナンライフは商品開発に余念がない。


 喉に詰まるから禁止とされたこんにゃくゼリーも今や細かく砕いて販売している。



 そんなに毒芋を食いたいのか人間!


 喫茶店のモーニングでもこんにゃくを食い尽くすぞ群馬県民!


 いいのか日本人!

 もちろんさ日本人!



 なんの恨みでこんにゃく芋を食い尽くすのかマンナンライフ!

 それでいいのだダイエッツ!



 余談だが山芋を除いて芋類は等しく生食に向かない。


 それを食い尽くす努力を惜しまず、食い尽くしそうになったら自分で種を維持するべく環境保護とか偉そうに抜かす。


 やっぱり『人類』おかしい。



 人類の不可解さはきっと人という種族だけの問題ではない。



 筆者の幼少期におけるニンジンはもっと赤くて臭くて甘くなかった。


 それが数十年ぽっちで『にんじんの自然な甘みが砂糖無くしてこの美味しさを』と一般的な料理レシピに書かれるくらい甘い人参が当たり前の存在になっている。


 色合いもオレンジがかっていて見るからに美しい。


 多分筆者が知る人参ではこのレシピ通りの味にはならないし、筆者が知る旧来の人参を用いたレシピではその味やビジュアルは再現できまい。



 最近ではフルーツトマトの方が苺より甘かったりするし、水茄子がパイナップルより甘くなってきている(※水茄子の話題のソースは2021/06/04朝日新聞夕刊)。


 これは今話題の遺伝子組み換え食品と関係ない。

 普通に農家が最近育てられていない作物を選別して育てている範囲での話だ。



 所謂化学調味料と言われ一部の人は有害と主張し続ける旨味調味料と日本酒。


 これらは等しく発酵、すなわち生物化学によって生成されている。


 なのにあーだこーだと勝手に『改良』しておいて『自然なおいしさ』とか言っている。



 うん。人間視点での『自然』は不自然だ。

 暴言をあえて口にすれば『度し難い』。



 もっと旬のものを食べろ人類。


 苦くて臭くてまずい上、一定の時期しか口にできないが『自然な味』を楽しめる筈だ。



 余談だが植物の苦味酸味などはニコチンにせよカフェインにせよ虫や雑菌除けの『毒』であり、我々はこの毒を持って他の毒を制している。



 これは彼ら農作物として取り込まれた異種が『人類』に組み込まれるために人間を奴隷として最適化させていると逆説を述べることはできなくもない。


 人類にある程度食われることを前提として種族が存続し、人類はその維持のために最適化をする。



 どちらが奴隷だかわかんないけど。



 そのうち伝説上のマンドラゴラをほんとに作ってしまうかも人類。結構笑い事ではない。



 では本稿における『人類』を幾度も繰り返し改めて定義しよう。



 子供のおもちゃである人形。


 動物実験で猿の子供たちにあてがわれる『乳を出す針金製の親人形』と『乳を出さない布製の親人形』。

 武術練習用の石木。

 村を囲み縄張りを規定しその意思を示すロープや柵。


 家畜や農産物と言った他種。


 野生種を飼い慣らしたペットなどをも含む集まり。


 これら種の限界や異種であることをコミュニケーションや技術を用いて超越し、その手段を個体の寿命を超えて伝承させ、複数の種族が生存し他種を殲滅し食い尽くす能力を持ち自己更新していく集団、いわばバトルシステムを本稿では『人類』としている。



 本稿における武道はその一環の中における『言語』やそれを用いた伝承の一形態に過ぎない。


 人間は個体で見れば脆弱なる『考える葦』にすぎないのだ。しかしその言語は時代や個人の寿命を超える。


 そしてこのバトルシステムにはれっきとした組織としての格差が存在する。

 もしくは区別か。


 例えばこの組織内では『犬は人間ではない』。



 早速本稿での『人類』定義と人間の定義が外れているのだが愚昧な筆者は他に都合の良い言葉を思いつかなかった。『人類』や『共同体』も違うし、『地球生命』もおそらく違うだろう。


 この中では人間と犬の呼び名は違う。

 なぜだ。同じ共同体の仲間ではないのか。



 違う。犬は人間の役に立つからあるいは犬にとって人間はある程度種を維持する上で有用だから『人類』の輪の中において共にある。


 たとえ前述の人参や茄子やトマトのように。種のありようが変わっても人を利用し尽くし、人の労働時間を奪いまくったイネなどの穀物もそうであるように犬はこのバトルシステムの一環に加わった。



 つまり『火』も本稿の定義に従えば『人類』だ。


 意外に感じるかもしれない。

 しかし火(燃焼現象)、もしくは炭素(元素記号C)からすれば自分たちを維持するために万難を排してくれる我々は実に都合の良い存在である。


 地球上の炭素は0.07パーセントしかないのに人は実に都合よく彼らの維持に力を貸してくれる。


 麻薬、宝石、砂糖、燃料、そしてプラスチックなどなどと新たな力をも与えてくれる。


 人は火を使っていると思い込んでいるが火からすれば核の炎で同族をも焼き尽くしてくれる奴隷に過ぎない。



 これは穀物側から見た人もそうであろう。


 詳しくはスティーヴン・J. パイン他2名著の『図説火と人間の歴史』を読んで欲しい。



 もちろんこの集団もしくは輪の中で人間と犬の呼び名が重複する例も多々あるが、我々日本人が『ポチ』とか『ココ』などと己の息子や娘さんにつけることはまずない。

 いや、たまにはある。


 あるにはあるが、これは後ほどに『頭が赤い魚を食べる猫』問題を述べるので楽しみにしていて欲しい。これは『黒い白鳥』『青い薔薇』『黒いチューリップ』あるいは我々が外国人などに懐く感情にも通じる、皮肉屋の筆者には楽しい話題である。



 閑話休題。言い換えれば現実世界の人類に輪をかけてより多くの他種族によって編成され、個々の創作世界にて人類と敵対するいわゆる『魔族』も本稿ではその『人類』の定義に入る。


 つまり『別の人類』となる。



 そりゃ遭遇すれば互いに滅ぼし食い尽くすしかない。



 なろう作品にもよるが、その出身種族を問わず個体として強いいわゆる『魔王』を頂点とし、多種多様な生物や無機物や不死者などなどが集い、他種族の殲滅や食料化を是とする超攻撃的種族。


 つまり『魔族』は本稿における『人類』と同じ特性を持っている。



 まあこの中ではドラゴンのように人間の視点からは『魔族』のくくりに入っていても『魔王』には従わない、自分たち独自のバトルシステムを築いている種、本稿では『人類』もいたりもするが大した問題ではない。


 なぜならは多くの物語では『人間』、すなわち読者の代弁者である主人公視点で紡がれるためドラゴンが魔王にまつろわぬとしても大した問題とならないのだ。


 主人公が人間や現代人もしくはその精神を持っていても、逆に完全に魔族側であってもその基本は変わらない。



 拙作『四天王』において、ドラゴンたちはその個体単位では魔族たちより強かったにも関わらず、ドラゴンとそのバトルシステムを支える種族たちの多くは描写もなく物語開始前には久たちにほぼ殲滅された。


 ただ魔王軍首都である『六芒星都市』の要害となる『魔竜山脈』を本拠地にしていただけなのにだ!



 創作の中における『魔族』はその各作品によりメインとなる生物種は異なる。いわゆる悪魔だったり作品によっては魔力に秀でた人間が起源など様々である。



 拙作では魔族はダークエルフ、悪魔や異界渡りは魔神もしくは魔人という定義なので少数派かもしれない。


 いや、拙作だけか?



 完全に余談になってしまう上、とてもややこしいことに拙作『四天王』の魔族の主要種は他種族と交わることでハイブリッドクローン体を生み出し自種族の守護者とする『ニンフ』である。


 これはリンス・リンシィースに命名されるまで無名であった小型魔物貝を起源とする種族である。



 四天王の世界である『箱庭』世界の魔族において餓鬼族や犬頭族、死族を除いて全体の三割強がニンフだ。


 繁殖力はあるが悉く戦死するため魔族運営上ほぼ無関係な餓鬼族や犬頭鬼族の地位は読者様方の想像に委ねるとして、死族に至っては主要となるスケルトンが死体さえあればいくらでも生産可能な資源もしくは永久機関、すなわちエネルギーに過ぎないので、死族は一部の意思疎通可能な上位個体を除いて我々『地球人類』にとっての石油などに該当する。ガレー船漕がせれば実質永久機関。



 そういった数だけならばぶっちぎりでも主要なメンバーとみなされていない種族を除いてそれなりの数を誇るこの世界における『ニンフ』の特性。これは地球上の伝承と異なる。


 これは何故か。『夢を追うもの』たちが彼女らの起源種である小さな魔物貝を『ニンフ貝』と名づけたことに由来する。


 その主な特性は老衰しないこと、寿命、金色の髪、他種族男性の好みに寄せて変化する容姿を除いて魔法を少々使える才能を持つ人間に準ずる。



 ダークエルフは数と能力のバランスから最も勢力の強い魔族の代名詞でありながら『四天王』における今代の四天王メンバーに誰も入っていない。



 水魔将はニンフ→水の身体の呪い持ち→人間(由紀子)。副官ニンフ。

 風魔将と炎魔将は精霊であり魔法生命でもある存在。副官『子供たち』。

 土魔将はドワーフ巨人。副官は上位巨人族。



 魔族(ダークエルフ)もっと頑張れ。まじで。



 ニンフは別世界(第八輪世界)では『夢を追う者達』により絶滅認定までに追いやられたが、後年『車輪の王国』滅亡の元凶となった恐ろしい種族である。



 個体としては極めて無害で他種族男性にとって理想的な異性としての振る舞いをしそれ故に性格も平和的かつ穏やか。


 政治的な野心などとは無縁(※先代ウンディーネは例外中の例外)。


 主に人間からみて理想的異性としての容姿を誇るというだけの能力だがこいつらのモデル種族は日本住血吸虫症を媒介した宮入貝である。詳しくはWikipediaを見てほしい。



 水源を犯しかわいい顔して絶対人類殲滅するガールな種族だが、由紀子と久は彼女らと関わっていたにもかかわらず魅了されずまたなぜか平気だった。


 二人は人間を食わなかったからだが。


 後付け設定だから仕方ないが異世界人である二人にはニンフの能力に耐性があるのかもしれないし、『四天王』世界のニンフは水源を病原体で汚染する能力を失っているのかもしれない。


 後述する特性のほうが人類殲滅には重要だし。



 ニンフ貝が媒介する病原体に感染した場合、被害者は人間を食べることで魔法を使う能力を得る。


 逆に言えば寝るだけで気力が回復し魔法を使えるほかの『魔法使い』とは異なり人間を食い尽くすことが無くば腹を膨らませる死病に侵されるか、その身体を魔物に変じて人間を襲うようになる。



 状況証拠からして『四天王』世界の水源は間違いなくニンフの病原体に汚染されているはずだが、由紀子も久も人間を食っておらず、また影響を受けていない。



 まああの世界の『勇者』や『魔王』はニンフ貝、そのオリジナルである『金色の髪』にとって実に都合がいい存在なので人間を食べずとも良いのかもしれない。『戦士』であるエアデはさておき、由紀子に至ってはほとんど魔法を使えない。



 ニンフのオリジナルである『金色の髪』を人類と魔族は共闘の末討ち果たし、あの世界の魔族と人間は統合を果たす。


 つまり同じ『人類』になってしまう。



 あの世界での魔族は『人間を食えば魔力を回復する能力を持つ(=人間を食べなくば魔力をほとんど回復できない)知的生命』という定義であり、エルフやドワーフも人間を食って魔力回復できるなら、すなわちニンフの影響に有れば『魔族』に該当する。


 実例として由紀子の養父母であるドワーフ巨人『ノーム』や上位巨人族『ガイア』がそれに該当する。


 由紀子は異世界における個人的論理といずれ起きる魔族全滅の危機を予見したことから人間を食べないことを命令したが、結果的に人類を滅ぼすために生まれた種族であるニンフはオリジナルである『金色の髪』に反旗を翻し、数を減らしあるいは『ただの人類』に統合されてしまう。


 何故統合されたかと言えば『魔族』だった集団が人間を食わなくなったのも大きいが、それ以上に『四天王』世界でのニンフは単性生殖能力を失っているからだ。


 この場合依存する『魔族』たちが強すぎた。女の子に奉仕する性格のようだし。無駄にイケメンがすぎる。



 この世界のニンフは『ファイナルファンタジーⅪ』のガルカ同様『気づいたらそこにいたので生まれた頃の記憶がない』『母の記憶はある。優しくて美しい人だった』という本人たちでもどうやって増えているのか一切謎の種族である。


 オリジナルである『金色の髪』が滅べば発生そのものがなくなるので自然ハイブリッドクローンのみになっていずれ種族そのものが人類に統合されてなくなる。



 こうして二つの『人類』は統合され一つになる。

 一部繁殖不可能なカップルもいるが他勢に影響はない。


 人間だって『FACTFULNES』いうところのレベル3に至るまでは数を増やすのが生存戦略になるが、それ以上は教育に力を入れて少数精鋭化する。文明がある程度発展したら人間同性愛に寛容になるし繁殖数より繁殖を続けることのほうが『人類』には大事だ。



 よく多様性が人類には大事だとおっしゃる方がいるが、逆説は真になると限らない。


 個人的戯言だが多様性の善は『程よく敵対する人類集団』が『それぞれ維持管理できる程度に睨み合う』以上はそれぞれにとってただの混乱要因でしかないと筆者は考える。



 集団における多様性とは『Think Smat』でロルフ・ペドリ氏が述べるように『ニュースや新しいものを次々取り入れても個人レベルでは疲れるだけ』のものでしかない。



 椅子は古代エジプトの頃からドリル使って作られていたし(※放送大学オンライン授業『椅子クラフツ文化の社会経済学』)眼鏡は発展はすれど基本構造は変わらない。


 逆に視線と作業のほとんどを人類から奪うiPhoneは眼鏡と合一するかもしれない。


 つまり50年前にない最新のものはいつ陳腐化するかわからないので、『人類』は『やだー! ぱそこんつかって〜!』と息子(※筆者)に訴えるゆっこさん(※筆者母)の存在を許容している。



 逆に言えばある程度の多様性は一時の変化に揺らがない防衛機構とも言える。


 集団とすればゆっこさんは自動車に乗らず『ぱそこん』もほとんど使わないが、人類全体としてはちゃんと存在意義があるのだ。


 これはほとんど仕事しない動かない寝ているだけで試験勉強もしない息子(※筆者)にも言える。えっへん。



 まあその古いものに対する安定思考が瀉血しゃけつのために2000年もヒルを飼う無駄を続けていた(※今でも一部が行っている)ということも同書は指摘しているが、そもそもロルフさんはあちこちの書籍の意見を引っ張ってまとめているので同じ本の中で言動一致しない。


 本読みなら原著を読むだろう。


 これでもまだ彼は出典を誠実に書いているだけマシだ。『言動一致しないのが人生』というなら一貫しているがそういうとこ、アリだぞロルフさん。



 ではエルフの不気味さをあえて『ニンフ』と命名した事実上オリジナル種族を使い、『深きものども』という筆者が読んでいない『クトゥルフ神話』のグロ確定事例で語らずに済んだところで、改めて考えよう。



『オークは人か』


 ウォークラフトとかだと菌類らしい。


 性格もレイプ魔ではないし豚の顔もしていないらしい。

 どうもオーク=豚顔のレイプ魔のイメージは日本で育まれた通説らしい。


 それどころか『ファイナルファンタジー』シリーズのオークは生まれて数年で肉体的に成人してしまうため言葉を覚える前に戦闘システムに組み込まれる反面、成長すれば捕虜から魔法や騎士道精神を学ぶカッコ良い種族になっているし、筆者は未プレイだがエロゲーのはずの『千年戦争アイギス』のオークはある意味最もモラルの高い戦闘種族として描かれているらしい。



 結論で言えばオークは本稿で定義する『人類』かもしれないが、人間で借り腹をしてクローン体を作り出す限り『弱い種族』に過ぎない。人間滅ぼしたら消える。


 AD&Dではエルフをみたら生理的に受け付けずまずぶっ殺すらしい彼らは何故か日本ではエルフの姫騎士を真っ先に犯す。普通にオークから見てガリガリのエルフなんてブサイクか不気味な存在だと感じるのだが筆者がマッシヴ大好きだからであろうか。


 レイプ魔種族に見えて案外オークの内心ではめっちゃ女性に奉仕しているかもしれない。『科学的に存在しうるクリーチャー娘の観察日誌』みたいに。


 あるいは『スレイヤーズ!』の世界における魚人のように『なんでこんなブサイク(人間)を犯さなければならないの』となるかもしれない。



 仮にこれが普通にハーフオークを作れるとする。


 現実的に考えればハーフオークやハーフエルフには生殖能力がない。筆者の世界では『愛する相手の子供は作れる』ことになっているがかなり珍しい。



 余談だがタイには何百頭もの虎が住む寺院があるが、実数は六〇頭くらいで、あとは動物園名目の闇商人が牛耳っている。


 人間は面白半分でライガーだのなんだの、あるいは利得からラバだのを作らせるが、仮にクォーターオークやその半分が生まれるならば誇り高き戦闘種族オークは『人間に組み込まれる』存在に堕してしまうだろう。



 また人間が苦労してオークやゴブリンの巣穴を潰し、耳を取って『討伐証明しました』は利得に反する。



 なろうファンタジーのオークやゴブリンが数年で肉体的に成人を迎えるならば適当な奴隷をかってきて牧場を作った方が効率良い。


 人間に似ている種族ならば臓器とか活用できそうだ。実際人間の遺伝子を組み込んだ豚の心臓を移植する技術はあるらしい。


 これがSFならばオークは人類に臓器などを提供するため作られた種族になってしまう。すなわち正しく半分は人間になる。


 まあ実際のところは違うと思われる。そもそも家畜化できないからこそ野生を捉えて利用するのかもしれないがこの辺は『銃・病原菌・鉄』を読んで欲しい。



 統計を取ってみたらオークが人間をレイプして増える種族だとしても多分小さく収束する筈だ。なぜなら人間をレイプして数を増やすならばオークは人類に依存しすぎている。


 ちょっとムラムラしてヤギと致した村人が一人いたら病原体で駆逐される程度でしかない。こう言う英雄と言いたくない方々は結構いる。



 人間が持つ病原体の多さや多様さは特筆に値するのだ。



 つまり、オークは個体としては強力でもバトルシステムとしては人類に大きく劣る。



 実際ファイナルファンタジーのオークはオークマシンという力技で動く戦闘マシンまで繰り出し、人間の脳を邪術で身体に組み込んで魔法まで使う。


 それでも敵対している人類の一氏族に過ぎない『エルヴァーン』を殲滅に至っていない。


 一応本国が動けばすごいらしいけど。



 また、その特性上、オークは人類と融合することは多分ない。


 つまり、本稿における『人類』としては『別の人類』になる。

 たとえ『エルヴァーン』と交配可能であっても彼らはそうはしないだろう。



 では言語学的、かつ人類全体を考えたコミュニケーション的な問題に移りたい。


 これは『人類』というバトルシステムを語る上で、今話題の読解力を示す上で避けては通れない、あるいは『ケーキを切れない非行少年』のような話になるからだ。



『頭が赤い魚を食べる猫』


 どんな姿か想像できたであろうか。

 作者である筆者的に伝えたいことは一つしかない。



『猫が魚を口に咥えている。その魚の頭は赤い』



 そんなバカな。二つだろう。


 そうおっしゃる方は『頭が真っ赤な猫がいる。猫は魚を咥えている』姿を想像したのであろう。



 うんうんそうだよ!


 しかし筆者の知識では頭が真っ赤な魚はいるかもしれないが、頭が真っ赤な猫はいない。


 あくまで筆者の知識の中ではである。


 ひょっとしたら黒い白鳥のように実はいるかもしれない。



 また、毛染めをすれば赤い猫はあり得るのだが、筆者の感覚では有害物質を含むかもしれない毛染めを自らの意思に基づき自身に施すのはさておき抵抗できないペットや己の子供には施すことはないだろう。


 これは個人の見解にすぎないので、筆者は読者様がご自身のお子様に毛染めをするのを止めるつもりはない。


 とりあえず、筆者的には『赤い猫はいない』ためこのように文章を構築する。



 しかしこれが異世界ならば?


『頭が猫になっている獣人。彼もしくは彼女は赤い魚を食べる』

『二口女やバイオハザードのモンスターのように頭がパカンと開いてそこから魚を食べる猫』

『頭が赤い猫である獣人が魚を食べている』


 パッと考えただけで以上が思いつく。

 これを『多義的構造』という。



 現代国語力に優れた我が上司は『こんなの勉強しなくても読めばわかるじゃん』と言うが筆者にはわからない。



 筆者は上司から見れば『頭が赤い魚を食べる猫』に五つもの意味を見いだす人々と変わらない。



 上司は五択問題を見ると日本語の乱れから即座に答えを推測出来るかもしれないが、筆者は指導教育責任者講習の試験勉強をサボってこのように駄文を連ねている。



 勉強が苦手な人々はこのような多義的構造を理解することが難しい。



 筆者レベルだと後ろから本を読んで必要事項だけ選んで読む程度が関の山だがそれができない人も一定数いらっしゃる。



 速読と称して本を読むと称するインチキ臭い情報商材の販売者に『広辞苑や百科事典を丸暗記しています』という人物はまずいない。


 百科事典や時刻表や電車図鑑くらい、子供の中には一文一句どころか画像レベルで丸暗記している子がいるぞ。何故やらない。



 そんなわけで筆者は小説の面白みとはまるで関係ないと自分でもわかっているが今更日本語や英語の勉強を始めている。


 そうするとその民族が単語や語源レベルで何をどう定義しているかが理解できるようになると思い出した。妄想である。



 例えば英語では『つかみとる』を意味する語源がcept cip cap ceive cup chaseと六種類もある。


 その派生語を手書きしていくとマジでB4のノート4ページにも及ぶ。どんだけ人様や自然から奪うのが好きなんだよ!



 しかし日本語にも何故こんなものに執着しているのかわかんない部分がかなりあり。


 特に『ご冗談でしょう、ファインマンさん』で虚言より実利を尊ぶファインマン博士がブチ切れて日本語取得を放棄した『敬語表現』が該当する。


 なんか五表現だけではなく厳密に考えたら日本語の敬語は七種類くらいある。めんどくさいにも程がある。



 そんなめんどくさい言語、バトルシステムが『その外』と遭遇したらどうなるか。



『黒い白鳥』


 これは遺伝子的にあり得るが、オーストラリアに住んでいなかった白人にとっては知らない生き物だった。

 しかしアボリジニーとのちによばれる人々にとっては当然既知の生き物に過ぎない。



『黒いチューリップ』『青い薔薇』


 これは染めるか、異世界でもない限り遺伝子的にあり得ない。




 さあ本題だ。


『外国人』

『黒い人』


 この意味を考えてみよう。

 前者は『そとのくにのひと』『そとの地方の人』『外国にいる人』になるだろう。



 後者はどうか。


『腹が黒い(※日本的表現)人?』


 正直言ってわかんない。

 実際織田信長は弥助さんを風呂にぶち込んだ。

 そしたらピカピカ黒光りしてめっちゃ気に入ったぽい。おお肉体美!



 これは最近削除されて名前を変えた日本語における『はだ色』がオレンジと黄色の中間的色合いだったことでもわかる。



 古来の日本人にとって『人間の肌は黒くない』。

 また、みどりと青の区別もなかった。戦前の人の中には緑信号を青色に認識している人もいる。



『意識して分けなければ脳みそは認識しない』



 これは文化的違い、言語レベルで証明できる。



 また、脳みその作り的にも説明できる実験がある。


 例えば『何回白チームがパスしたか数えて』とバスケットボールの試合の動画を見せられた場合、その試合最中を横切るゴリラの着ぐるみに人間は気づくことはない。



 悲しいかな人類、見ていなければ、知らなければ、注意して考えなければ。

 人間はオークどころか同じ人間種を『人間』と認知できない!



 これは言語学レベルでも証明できる。

 実際『異教徒』は悪魔くらいの意味合いになる。



 筆者は『死ねば仏』『大将か。首置いてけ』の価値観に生きているため、『THINKSMAT』にて示される『ヒトラーの着たセーター』は『ただの着古し』でしかない。



 歴史的事実として毛沢東やスターリンやヒトラーが大量殺戮をしたとしても、筆者は彼らの衣服を渡されたところで『つまり、着て良いわけ? 着てはみたいけど文化財を汚損するのは良くないよ(内心:きったねえセーターだなあ。着るわけないだろ)』と質問者の斜め上発言をしてしまうだろう。


 つまり彼らの歴史的罪業についての嫌悪感はない。


 人間どんな人でも悪行を犯す可能性はあると筆者は考えるし、自分自身もそのように生きている。



 筆者はユダヤ人ではないので行動経済学の旗手たちのように『世界三大宗教』を素直に数の面からキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教もしくは日本人的認知の歪みから『仏教』と考えてしまう。

 でも行動経済学の旗手たちからすれば仏教ではなくユダヤ教らしい。なんでや。



 インドだけでも圧倒的に数の多いヒンドゥー教は文句なしに世界三大宗教の一角と言いたいところだが、主にインドのみで信仰されているので『地方宗教』となりこの定義に入らないらしい。これはユダヤ教より世界各地で(※主に中国系だが日本でも沖縄県の某公園で祭礼されていた)信仰されている道教や儒教などもそうだ。


 なんでだよ! 


 北極や南極以外に中国人が住みたがらない土地はないだろ!

 これは漫画『蟻の王』で身内に狙われた挙句『中国人のいないところに逃げよう』と言い出した中国人たちの意見である。



 ぶっちゃけ儒教の方がユダヤ教より多いはずだ。と言うか儒教は地方宗教でユダヤ教は地方宗教ではないのは認知の歪みだ。儒教と赤い十字架を信じる韓国系や道教を未だ信じる中国系もいない国を探す方が難しい。



 かくいう筆者も日本人なのでこの認知の歪みは著しく、キリスト教は日本国内ではほぼ全く信仰されていない事実及び、データ的には全盛期のオウム真理教よりキリスト教の信者は少なさそうと思っている。



 というか最もキリストを信仰していた(※今でも)長崎や連合軍捕虜のいた広島に原爆を叩き込む神経がわかんない。そりゃ鎖国令の時相まって増えるはずがないと考えている。

 これは個人的な偏見である。筆者も偏見に塗れて生きる人間に過ぎない。



 筆者はいわゆる差別主義者を『優しい人』と定義している。

 自分の枠を守るために苛烈に戦う人は身内と認定した相手に甘い。


 笑わせるジョークのセンス、あしらう武術、圧倒的な知恵、その力を示し友好性を示せば彼らは驚くほど好意的に振る舞いだす。



 筆者は浮気性の人々を『なんかライオンみたい』と見做す。


 子殺ししてコミュニティーの異性に子供を産ませる。他の異性から奪う。

 いじめて殺して排除する。


 雄も雌も無能は排除されたり有能は迎え入れたり実に忙しいが、重婚を認める文化は実際のところ結構ある。


 結構ストレスフルだと思うのだが、その世界ではそう言う幸せもあるのだろうと他人事として見做す。



 世の中には様々な文化文明があり、それぞれが敵対したり協調して存続している。


 客観的に見て地球人類が統合するにはまだまだ長い時間を必要とするだろうし、別段統合する必要もないかも知れない。


 その最中で争い、苦しみ悲しみ、喜び手を取り合う時もあるだろう。



 猿の子供を親から引き剥がして、『乳を出す針金の親人形』と『乳を出さない布の親人形』を与えた場合実利を得る針金よりぬくもりをくれる布の人形を選ぶと言う実験結果がある。


 その後、猿は精神的に不安定になったという。


 人は敵だけでは生きていけない。


 人は優しさゆえに憎み合う。

 人は命なき人形すら己の身内に取り込むことができる。

 人は無関係な猿の子供の運命を弄んで人格形成の実験と称する残忍さを持つ。


 他種を取り込み食い荒らし犯しあるいは弄ぶ『人類』。

 もし異なる『人類』と我々が遭遇したとき、最後に残るのは『優しさ』なのかも知れない。


 それは苛烈な争いを含むかもしれない。

 どちらかもしくは双方が滅ぶ道かもしれない。


 願わくば誇り高く、己を通しつつも相手を尊敬する戦士の心を持っていてほしい。



 最後に、『ファイナルファンタジーXI』にて黒太子と呼ばれた誇り高き武人『たち』の言葉を記そう。


 この世界において彼らは個体レベルで幾度死んでも補充され固有の名前を受け継ぐ。

 彼らは輪廻を信じており、戦いに生きる。


(※『魔族』が固有名を持たず、持っている場合特別な個体とする世界は多いので珍しくはない)


 彼らのバトルシステムにおいては個体は入れ替えることができる存在でしかない。


 彼らは個々人として記憶に残されることはない。

 物心つく前に身体は成長して種族の戦士として生きる。


 なのに彼らは名を惜しまず、記憶に縛られず、ただ誇り高く人間に対して牙を剥き、恥を己に課して脳改造をしてでも人と戦う。


 Darkheir Grradhod : 死ぬる前に覚えでおげ。

 世界でいぢばん優れだ種族の名を……

 オーク! オーク! オーク!

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