イケアと安雄の悶着
noteに書いてたやつ、ちょっとお気に入りなのでこっちにも上げます。
作者は童貞なので、この話は鬼のようにフィクションです。
ついにこの時が来た、と安雄は思った。口の中に渇きを覚えた。
妻の良子から内々に話が来ていたが、いざ実際に一人娘の友子から結婚を考えているパートナーがいると切り出されると、理解ある父親と思われたいがために着々と準備していた言葉や態度が一瞬にして吹き飛んだ。
結果しどろもどろになりながら受け答えをするも、大学生の頃から交際していることや彼の誠実な人柄に惹かれたことを真剣に話す友子の目を見ると、安雄はいよいよ子離れの覚悟をしなければと椅子の上で居住まいをただした。
聞くと彼は外資企業に勤めているだけでなく、海外で働いているという。大学卒業後も友子と海を越えた遠距離恋愛を続け、現地での生活が安定したため満を持してプロポーズをしたそうだ。想像以上に壮大な規模で繰り広げられた恋愛ドラマに安雄は目を白黒させた。安雄はハワイに行ったことがある。新婚旅行と家族サービスの二回である。
安雄は家族サービスをあまりしてこなかった。したとすれば日曜大工くらいだろう。妻子に不自由をさせまいと、ちょっとした法律を度外視して仕事に打ち込んだ。日曜日には、組み立て式家具のパーツにピンやねじを打ち込んだ。安雄の家の家具はいまや、ほとんど安雄によって組み立てられていた。
「どんな仕事をやっているんだ?」
不出来な父親として今更ながらできることといえば、友子とその子供に不自由なく生活をさせることや、さらには家族との時間をとることがパートナーにできるのかを一応確認することだけだと、安雄は考えていた。
「商品開発だって。イケアの家具の設計とかしてるみたい」
「何っ?」
安雄は椅子から立ち上がりかけた。
「やっぱりダメだ。結婚は認められん」
「何でよ!」
感慨深い顔をして話を聞いていた安雄が急に手の平を返したため、友子は強い口調で反論したと同時に、普段はあまり強く主張してこない父のみせる珍しい一面に少なからず驚いた。安雄の目は険しく、恨みがましく口を歪めてから、テーブルに手をついて熱弁をふるった。
「イケアの家具を作ってるんだろう?あれは人のことを考えていない家具だ!組み立てにくくてしょうがない!やれここにねじを通せだの、ここに木のピンを打ち込めだの、そのたびに俺は妙に強い力を加えて、壊れやしないか不安になりながら組み立てているんだぞ?そんなところに嫁に行ってみろ!夫婦仲は家具のようにはいかないぞ!壊れたって取り替えるわけにはいかないんだ!」
良子と今の家に住み始めてから、安雄はイケアへの恨みをコツコツと蓄積させていた。家庭のことはよく分からなかったが、イケアの家具の造りについては嫌というほど知っていた。しかし友子は負けじと言い返した。
「それはお父さんが説明書をよく読まないからでしょ!手順通りにやったらちゃんと組み立てられるのに、いつもいつも『構造は分かったから』とかいって何も見ないで組んじゃって、棚とかタンスとかガタガタするから結局バラしていちからやり直してたじゃない!」
「う、うるさい!俺が何年イケアの家具を組み立ててると思ってるんだ!そもそもうちの家具は何でイケアなんだ!脆いし高いし面倒くさいのに!」
「でもおしゃれでしょ!」
安雄はいよいよ態度を硬化させ、椅子にふんぞり返って腕を組んだ。
すると、いままで静観していた良子が口を開いた。
「あなたが私たちのためにずっと、家具を組み立ててくれてたことは知ってるわ。でも私も同じくらいずっと、あなたが組み立ててるところを見てきたの。最初の家具は丸テーブルよね?ベッドの横の。あなたは不器用なのに張り切って、2,3枚しかない説明書をじっくり読んでいたわ。一つ一つの手順を何度も確認してた。半日かけてやっと完成させて、嬉しそうに私の方を向いて笑ったとき、私、あなたと結婚して本当に良かったと思ったの。あの頃のあなたをもう一度思い出して?」
「良子...」
「夫婦仲は、いくら説明書があっても、いくら細かく説明しても、絶対にガタガタするものじゃないかしら?でもそのたびに組み立てなおして、分からないとこは何度も確認して、手探りでやり直していくことに、意味があるんだと思うわ」
安雄は妻と娘の顔をもう一度見直した。そして家族で囲んでいるダイニングテーブルに手の平をあてた。何パーツにも分かれた木材を次々と組み合わせ、初めて組んだ丸テーブルよりも速く完成させたとき、安雄は得も言われぬ達成感を抱いたのだった。
「お前たちの言う通りだな。初めは、良子や友子の喜ぶ顔が見たくてやっていたのに、いつしか俺は、いかに早く終わらせるかばかりを考えるようになっていた。...今度、彼に会わせてくれないか。上手い組み立て方を教えてもらえるかもしれない」
「それよりも彼のツテで、組み立てまで格安でやってもらう方がいいわ」
「そうだな。それがいい」
友子は今の仕事に整理が付いたらスウェーデンに行くつもりらしい。寂しくなるが、それでもイケアの家具は温かみに溢れていた。
しかし、安雄には一つ懸念があった。
「とりあえず夫婦別姓ということに、してもらえないだろうか」
「それは聞いてみるわ。たぶん大丈夫だと思う」
安雄は似鳥家の一人息子であった。日本に千人は居ないであろう、この珍しい苗字を、家族全員気に入っていた。