式典へ出発!
──そして、三ヶ月後。
いよいよ、今日は式典の日だ。
私は早朝から、メイベルとローナにそれはもう力を入れて磨き上げられていた。
「はあああ~ナディア様、ほんっとうにお綺麗です!」
「はい、完璧ですメイベルさん! ナディア様はいつもお可愛らしいですけれど、今日のナディア様はまるで天使のようですよね!」
「あ、ありがとう……それは間違いなく、二人がとっても頑張ってくれたからだよ……」
やりきった達成感でいっぱいの二人を見て、いや本当にそうだよと心の中で呟く。
二人は今や私が少し妬いてしまうくらい仲良くなっていて、今も二人の共同作品である私の姿を見て手を取り合って喜んでいる。
確かに、今日の私はとんでもなく綺麗にしてもらいました。目の前の鏡にはどこぞの知らないお姫様が映っているとしか思えないくらいだ。
丁寧に梳かした髪はサラサラになっていて、上半分は可愛く編み込まれて華やかな髪飾りで纏められている。適度に施してもらったメイクでまるで別人みたい。
ここに来る前よりすこーしだけ、成長した感じもするしね。洗礼式の時よりも、鏡に映る姿が大人っぽくなっている気がするのだ。きっと美味しいものをたくさん食べているからだね!
澄んだ紫色のドレスは艶やかな布をたっぷり使っていて、ひっかけたらどうしようと緊張してしまうくらい。でもそれがとっても綺麗で、見ているだけでうっとりしてしまう。所々に使われている銀色のレースが上品でとても華やかで、ずっと見ていられるくらい綺麗。
……あんまり考えないようにしてたけど、これってどう見ても、フィルの目と髪の色だよね。
「……」
私は思わず、両手で顔を覆った。
うああ~、なんて言うかこれ、すごく恥ずかしい!
実はこのドレス、フィルがくれたものなのだ。お養母様が気合いを入れてドレスのデザインを考えて注文しようとしていたのだけれど、なぜかフィルが用意してくれるという流れになってしまった。どうやら婚約者が相手の女性にドレスを贈るのは普通、というかわりと当たり前のことのようで、アデライド様のドレスもアレクサンダー様が用意してくれているらしい。
そういえば初めて仮面パーティーに行った時も、フィルが選んでくれたのは紫のドレスだったな。あの時は何も思わなかったけど、もしかしてあの時も、フィルは自分の目の色に近い色のドレスを選んでいたのだろうか。
……相手の目や髪の色の花をつけるのが流行っているのは聞いたけど、こんなに全身相手の色のドレスを着るのも流行ってるの?
「ねえ、あの、この色って……」
「うふふ、ナディア様は殿下にとても愛されていますよね!」
「そうですね、男性は自分の色を愛する女性に身に纏って欲しいと思う生き物ですから」
私が聞き終わらない内に、メイベルとローナが私の疑問に返事をくれる。ローナの言葉に、メイベルもうんうんと頷いている。
うわああああ! やっぱりそうなんだ! というかローナはどうしてそんなこと知ってるの? 本当に私より年下なの!?
「奥様とお嬢様方がいらっしゃいました」
メイドの言葉と共に、お養母様とアリアナ、外出着を着たメイドに抱かれたマリエラがやって来た。
「お養母様! アリアナ、マリエラ」
「なでぃたーん!」
「お姉様!」
妹たちが駆け寄ってきて、キラキラした目で私を見上げた。
「わあ、お姉様、お姫様みたい! すっごく綺麗よ!」
「きらきら、きれー!」
「ふふ、ありがとう」
そういう二人だって、今日はおめかししていてとっても可愛いよ!
ドレスがシワになりそうだからぎゅーってできないけど!
今日は街がお祭り状態になっていて、飾り付けがされ出店が出て、催し物なんかもたくさんやるみたい。アリアナたちはまだお城へは行けないので、街へ遊びに行くことになっているのだ。「午後の顔見せの時には正面にいるから手を振ってね!」とアリアナに言われている。
「まあナディア、本当によく似合っているわよ!」
「お養母様、ありがとうございます」
「ドレスを用意するのはフィルハイドに譲ることになってしまったけれど、この出来なら納得するしかないわね」
ふう、とお養母様は仕方なさそうにため息を吐いた。でもその顔はどこか嬉しそうだ。
お養母様、ドレスを選ぶの好きだもんね。今日の装いも素敵です!
「でも、お養母様はいつもわたくしのドレスを選ぶのを手伝ってくださいますし、こんなに素敵なお部屋を用意してくださったのですから、とても感謝しております」
そう、少し前に、正式に私の私室が用意されたのだ。ずっと使っていた客室でも何も不便はなかったのだけれど、『ついにお部屋が用意できたのよー!』という楽しそうなお養母様に連れられて入った私の私室は、お養母様の思いやりがたくさん詰まったとても素敵なお部屋だった。
元々広いと思っていたお部屋の広さは倍以上になり、壁紙や家具はお養母様がひとつひとつ選んでくれたという特注のものばかりで、可愛らしい雰囲気に統一されていた。誰が使ってもいいように整えられた客室ではなく、私のために用意してくれたのだとわかるお部屋だった。
お養母様の心遣いが嬉しくてちょっと泣いてしまったのは、アリアナたちには秘密だ。
「ふふ、娘のためにドレスや部屋を用意するのは当然のことよ。さあ、そろそろ行った方がいいわ。その姿を、婚約者にも見せてあげないとね?」
「えっ、フィルがもう来ているのですか?」
「さっき正門前に馬車が到着したって報告があったから、そろそろ玄関に来ていると思うわ」
今からお城へ行くというのに、私をエスコートするためにフィルはわざわざ迎えに来てくれることになっている。お城で待っていていいよと言ったのだけれど、有無を言わせない笑顔で「行くから」と返されてしまったのだ。
婚約者をエスコートして目的地に行くのが普通のことだとわかっているけれど、フィルは元々お城にいるのに、面倒じゃないかと思うんだけどな。
「では行って参ります!」
「ええ、また後でね」
「いってらっしゃいませ!」
みんなに手を振って玄関を目指す。廊下を少し進んだ先の階段の下なのですぐだ。
広くひらけている階段の上から玄関を見下ろすと、ちょうど着いたところらしいフィルの姿があった。
……うわあ。フィル、今日は一段とかっこいい……。
本当に、なんて正装が似合うんだろうか。キラキラしすぎてもはや眩しいくらいだよ。髪型も、少し整えるだけですごく大人に見えるなあ。うう、今日は私もすごく可愛くしてもらったと思ったけれど、フィルの隣にいると絶対霞んじゃうね。
「フィルー!」
私の声に反応してこちらを向いたフィルが、目を見開いてぴしりと固まった。
……あれ? どうしたの?
「フィル?」
声をかけながら階段を下りてフィルのもとへ向かう。目の前に着いても、フィルは私をじっと見つめたまま何も言わない。どうしたのかな、と首を傾げた時、フィルの顔がふにゃりと笑み崩れた。
ふぁっ!? な、なにその笑顔!?
フィルの目は夢みるみたいにとろんととろけて、頬は色づいて、なんだか背後に花が飛んでるような幻覚が見えるくらい壮絶に魅力的な笑顔だ。
ううっ、ちょっと待って、動悸が激しくなってきたんですけど!
フィルが距離を詰めてきて私の手を取り、顔を近づけた。
「ナディア、すごく可愛い。すごく似合ってる。世界で一番綺麗だよ、俺のナディア。今すぐ食べたいくらい可愛い」
ぎゅんっと顔に熱が集まる音が聞こえた気がした。
うわああああ!? ほ、褒めすぎ! 褒めすぎだよフィル! みみみ、耳元でそんなこと言わないで! あと食べたいくらいって何!?
今度は私が固まって動けなくなってただ口をぱくぱくさせていると、フィルがくすっと笑って愛しそうな目を向けてくる。
……フィルの目には何か強力な魔術でもかかっているんじゃないだろうか。本気で心配になってくるよ。
ふと、フィルが私の胸に挿してある花に目を留めた。
「ナディア、それとこの花、交換してくれる?」
フィルが笑顔で自分の胸に挿していた花を手に取り私に差し出す。それはお城の小庭園で見た、フィルの目と同じ色の、澄んだ紫色の花。
それに対して私の胸にあるのは、私の目の色と同じ緑の花だ。パートナー同士は、自分の色の花を胸に挿しておいてそれを交換するのだと聞いて、私は自分の目と同じ色の花を挿しておいたのだ。
「う、うん」
なんだか照れるけれど、フィルの婚約者である証明みたいで嬉しいな。
私が胸から緑の花を取ると、フィルがそこへ紫の花を挿してくれた。代わりに私は、フィルの胸に緑の花を挿してあげる。
照れくさくて、ふふ、と笑うと、フィルも嬉しそうに目を細めた。
(まあ~甘酸っぱいわねえ!)
(お姉様たち、とっても仲良しだわ!)
(はあ、なんてお似合いなんでしょう)
(ナディア様、お幸せそうでよかったです!)
(う~?)
……あれ? 今何か聞こえた?
「……さあナディア、行こうか」
「? うん!」
急によそ行きの顔になったフィルに少し疑問を感じつつ、出された腕に手を添える。
午前中にある祝宴がちょっと不安だけど、フィルがそばにいてくれるのがすごく心強い。
よーし、式典、頑張るぞー!
もはやただのメロメロバカップルですね……。
次回はいよいよ式典本番です。
そしておそらく最終回になるかと思います。
最後までお付き合いくださいますと幸いです!




