みんなの奮闘
フィルは精霊王に会える可能性が高いからと、メノウに学園にいたところをいきなり連れて来られたらしい。
魔術具で学園にいるザックに連絡をとって、今回の事情を説明していた。
わー、ザック、久しぶりだなあ。元気にしてるかな?
……学園からフィルをさらってくるなんて、やっぱりメノウはだいぶ焦っていたんだね。
周囲にいた人たちにはザックがとりなしてくれていたみたいだけれど、メノウが王族の誘拐犯だなんて思われていたら大変だったよ。
ありがとう、ザック!
フィルは護衛たちや荷物もそのまま学園に置いてきてしまったけれど、試験も終わっていたし、帰ってくる手間が省けたと苦笑していた。
残されていた護衛たちに、必要なものだけ持ってきてもらうらしい。
アゾート先生たちにも今日のことをお詫びして、みんなとは精霊殿でお別れした。
「あ、ビシャス様!」
「はい?」
「こちら、お返し致しますね」
「……ああ、そういえばお預けしたままでしたね」
つけたままだった魔術具のことを思い出した私は、まだ少し気落ちした風のビシャス様を引き止めて、指から灯りの魔術具を取ってビシャス様にお返しした。
……そういえばって、魔術具は高価なんじゃなかったの?
「申し訳ありません、実はわたくし、それを使ってしまったのです。暗いところにいたものですから、ビシャス様がこれを灯りをつける魔術具だと言っていたことを思い出しまして……」
「おや、そうでしたか。特に消耗するものでもございませんのでお気になさらず……」
そこまで言って、ビシャス様は一瞬動きを止め、にこりと私に微笑んだ。
……あれ? なんだか嫌な予感がする。
「いやあ、私の魔術具がお役に立てたなら何よりです。いえ、お礼だなんていいのですよ、ですがどうしてもとおっしゃるなら、またメノウ殿とお話する機会を頂けると私としてはとても嬉しいのですが」
「……か、かしこまりました。伝えておきますね……」
おおう、見事にお礼を催促されてしまった。
これは断るわけにはいかないやつだね……。
うーん、私としてはメノウに友達ができるのは望むところなんだけれど、メノウにあんまりその気がないのが問題なんだよね。
私がお願いして無理やり友達になってもらうのは違うし、とりあえずビシャス様にはメノウの興味を引きそうな魔術具とかを用意してもらって、その辺からメノウを説得してみようかな。
そのあと、疲れているだろうからと公爵邸に帰ってすぐに休ませてもらうことになった。
実際にものすごく疲れていたようで、部屋で軽く夕食をとった後、私はすぐに倒れるように寝てしまった。
◇◇◇◇◇
次の日、お養父様とお養母様に昨日何があったのか説明してくれと言われた私は、ソファーに座り二人とテーブルを挟んで向かい合っていた。
魔王が私をさらったということに、二人ともとても驚いていた。
魔王が精霊王の土地に住む者に干渉するなんて前代未聞らしい。そもそも存在すら定かじゃなかったくらいだもんね。
ちなみに魔王がメノウを気にしていたことや魔王に攻撃されたことなんかは省いて話した。今回のことがメノウのせいだなんて思ってほしくないし、余計な心配をさせることもないもんね。
夜の森に一人で置き去りにされたのだと言った時には、お養父様は眉間にシワを寄せ、怒りを抑えているように見えた。どうやら魔王の理不尽さに腹を立てているようだ。
「……辛かっただろう」
お養父様が心配そうな目を私に向けながらそう言った。私はまた胸がほわりと温かくなった。
……なんだか、私もちゃんとここの子供だと思ってもらえているんだなと、最近すごく実感している。
うう、お養父様もお養母様も大好き!
もちろん、アリアナやマリエラも。
まだ会ったことはないけれど、グレイスフェル公爵家には私の一つ下に双子の男の子たちもいる。
今は学園の寮にいるので、学期終わりに戻ってくるまでは会えないのだ。
当初挨拶に戻ってこさせるとお養父様は言っていたのだけれど、それはさすがに遠慮した。
挨拶をしなければいけないのは私の方なのにわざわざ帰ってきてもらうのは心苦しいし、帰ってくるのは往復にかかる時間と休憩や滞在も含めると何日もかかるのだ。
私が急に養女になったせいで、勉強中の二人にそんなに学園を休ませることになるのは申し訳ないもんね。
どんな子たちなのかな。彼らとも、仲良くなれるといいな。
そして、お茶会で私がいなくなってからのことをお養母様から聞いて、私も驚いた。
私が急に消えて何の手がかりもなく、みんながどうすればいいのかと戸惑っていたところ、メノウが私の状態も居場所もわからなくなったということで早々に犯人に当たりをつけた。
「精霊王の力を借りに行く」と言って消えようとしたところ、ローナが必死な様子で引き止めたらしい。
え、ローナが?
『どうかわたくしも連れて行ってくださいませ! ナディア様が心配なのです。何かお役に立てることもあるかも知れません!』とすごい剣幕だったそうだ。
メノウは少し逡巡したあと、みんなを連れて精霊殿に転移したらしい。
ローナ、いつもはそんなに主張することなんてないのに。私のために何かできることはないかって、必死になってくれたんだろうな。
お養母様は転移した時のことを、あの時はそれどころじゃなかったけれどあれはすごかった、またやってほしいと少しはしゃいでいた。
そういえばあの急に現れたり消えたりするやつ、人を連れて出来るんだね。
あ、でもメノウは亜空間にある自分の屋敷に私を連れて行こうとしてたわけだから、そういうことになるのか。
あの時はいきなり一生面倒を見るとか言われたから驚いて断ったけれど、今度遊びに連れて行ってって言ってみようかな。
メノウのお屋敷って、一体どんなのだろうね?
メノウは、私をさらったのは自分より格上の相手であることは確かだから精霊王に力を借りようとしたみたいだけれど、精霊王に会う方法なんて、そもそもないんだよね。
困ったことがあったからと言って、簡単に会える存在ではないのだ。
メノウは私が洗礼式で聖水を飲んだ時に精霊王に会ったと言っていたから、とりあえず精霊殿に向かったみたい。
「予約がないと洗礼の間に入れることはできない」と精霊殿長がごねたところ、メノウは恐ろしい顔をして精霊殿長に近づき、何かを言ったらしい。
すると精霊殿長は急に態度を変えて、洗礼の間へ案内しますと震える声で言ったそうだ。
小声だったので、お養母様にはメノウが何を言っていたのかは聞こえなかったらしい。
私が戻ってきた時精霊殿長はかなり顔色が悪くてなんだか怯えていたみたいだったけれど、メノウは一体何を言ったんだろうか。
何か精霊殿長の弱みでも握っていたとか?
でもどうしてそんなの知っていたんだろう?
うーん、なんだか知るのが恐い……。
精霊殿長にはちょっと申し訳ないけれど、私はそれで助かったからあんまりメノウを怒るわけにもいかないしなあ……。
とりあえず、精霊殿にお詫びに行った方がいいかもしれないね。
それでなんとか洗礼の間で全員が聖水を飲むことはできたけれど、誰の呼びかけにも精霊王は応えなかった。だからメノウは、精霊王の魔力を多く受け継いでいるフィルを連れて来て、それがうまくいったということらしい。
そういえば私はフィルの銀髪が精霊王の魔力を多く受け継いでいるからだって知っていたけれど、みんなは知らなかったんだよね。
「本当に驚いたわ」と言っているお養母様に、お養父様もこくりと頷く。
どうしてメノウが知っていたのかはわからないけれど、メノウが何を知っていても別にもう驚かないよ、うん。
「ナディア、このことは決して他の人に言っては駄目ですよ」
「えっ? どうしてですか?」
お養母様が真剣な顔でそう言うけれど、なぜだかわからない。
私は今まで他の人に言う機会がなかっただけで、言ってはいけないことだとは思っていなかった。
だって、別に隠さないといけないことでもないよね?
むしろアイリスの王配が精霊王で、フェリアエーデンの王族には今でも精霊王の魔力が宿っているだなんて、喜ぶ人も多いんじゃないかな。
でも、お養母様は困ったような顔で頬に手を当てた。
「銀髪の子に精霊王の魔力が強く受け継がれているだなんてことが広まれば、ならば銀髪の子を王にすべきだと言う人たちがきっと現れるわ。せっかくアレクサンダーが立太子したというのに、フィルハイドを王太子に推す声が高まって不要な争いが始まってしまう可能性があるもの」
「!!」
そ、それは困る!
フィルはアレクサンダー様が立太子することをとても喜んでいたのに、なりたくもない王太子に推されてお兄さんと争わなければいけなくなるなんて絶対にダメ!!
「それに、今回は決まったこととして押し通せても、今後王太子を決める上で髪色が最重要事項になるのも避けなければいけないわ。王の素質はどれだけ精霊王の魔力を受け継いでいるかではないもの」
うーん、そうだよね。王になるのに精霊王の魔力はほとんど関係ないと思う。
でも、そう思わない人もきっといるし、それが争いの種になるなら言わない方がいいよね。
「これはフィルハイドの希望でもあるし、お兄様の……陛下の意向でもあるわ。いいわね、ナディア」
「もちろんです。絶対に言いません!」
ぐっ、と拳に力を込めて宣言すると、二人はくすりと笑った。
後でメノウにも、誰にも言わないように言っておかないとね。
そして、フィルが聖水を飲むと同時に倒れたと思ったら、床につく前に今度は体ごと消えてしまったらしい。
あれ? 私の時と違う。
私が精霊王に会った時は、倒れてすぐ起き上がったみたいだったのに。
そうしたら、すぐにどこからか「ナディアを救い出すのに魔力が大量に必要なんだ。悪魔族なら豊富に持っているだろう、出せ」というフィルの声が聞こえてきたらしい。
……あれ? や、やっぱり二人、仲が悪い?
でも、そんなフィルの言い方を気にもせず、メノウはすぐに「どうすればいいのだ」とフィルの言うことに従った。
そこで、たくさん必要なら自分も、とみんなで魔力を注いでくれたらしい。
「ええっ! お養母様も、アゾート先生やビシャス様もですか?」
「ええ、ローナもね。後でお礼を言わなくてはね、ナディア」
「はい……お養母様も、ありがとうございます」
みんなが私のために魔力を提供してくれていただなんて。
そういえば魔王の泉と精霊王の泉が繋がった時、みんなの声が聞こえたっけ……。
あれは、みんなが魔力を使って道を作ってくれたからだったのかもしれない。
うう……みんな、私のためにたくさん動いてくれて、頑張ってくれて、心配してくれていたんだね。本当に嬉しい。私は本当に幸せ者だ。
ぽかぽかした気持ちが胸を占め、幸せな気分に浸っているとお養母様がそんな気分を一気に霧散させた。
「さて、この話は終わり! 今日はこの後、三ヶ月後の式典用のドレスを作りましょうね、ナディア!」
「……はぇ?」
い、いきなり話がぶっ飛びましたけれど、何を言っているんですか、お養母様? 式典って何?
「ほら、王子二人が同時に婚約を発表したでしょう? 国民からお祝いの行事を是非やってほしいって要望が多数寄せられたらしいの。お兄様も乗り気でね。アレクサンダーの快癒と立太子も合わせておめでたいことが続いたし、国民へ王子二人の婚約者の御披露目も兼ねて、盛大に式典を執り行うことになったんですって」
……えええええ!?
「そ、それは一体どのような……」
「そうねぇ、まだはっきりと決まってはいないけれど、午前中は城で貴族たちを集めて祝宴、午後には平民も含め国民に向けて顔見せという感じになるかしらね。王都ではお祭りが行われるかもしれないわ」
お養父様もこくりと頷く。
私はできるだけ笑顔を保っていようとしていたけれど、内心では大嵐が吹き荒れていた。
うああああ、ついこの前貴族としての御披露目が終わったばかりなのに、どうして今度は王子の婚約者として国民に向けて御披露目をすることになってるの!
しかも一日行事だし、お祭りって! どれだけ盛大にやるつもりなのー!?
そして私はまたドレスのデザイン選びに苦心し、失敗するわけにはいかない式典での振る舞いについて勉強する日々を過ごすことになったのだった。
公爵家の子供たちについては、以前お養母様が少し言っていただけでしたのでほとんどの方が忘れてしまっているかと思いますが実は四人いるのです。
ちゃんと跡取りの男の子がいるのでご安心ください!(笑)




