表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/90

帰ってきました

 一瞬真っ白になった視界に再び景色が映り出した。


 そこは、見覚えのある白い広間。

 精霊殿の、洗礼の間だった。


 そして、そこには驚いたようにこちらを見つめる見知った人たちの姿があった。


 メノウ、お養母様、ローナ、アゾート先生、ビシャス様。

 ……あ、あと精霊殿長。

 彼はなんだかとても顔色が悪いけれど大丈夫だろうか。


 うう、みんなには心配と迷惑をかけてしまっただろうから、少し気まずい……。


「あ、あの……ただいま戻りまし、ぐぇっ!」


 何でもないように笑ってみせようとしたけれど、それはとんでもない速さで抱きついてきたメノウによって阻まれてしまった。がっちり拘束されて全く身動きがとれない。


「むぇ、むぇおうっ!(メノウっ!)」


 ちょ、しゃべれないし、動けないし、何も見えないんですけど!


 というかこの状態のせいで私さっきから変な声ばっかり出しちゃってるから! 苦しいから! 離してっ!


 もごもごと文句を言っても、全然メノウの力は緩まない。


「………」


 はっ!

 まずい。見えないけど、なんだかフィルから危ないオーラが出ている気がする。これは後が怖いやつじゃないだろうか。


 でも、メノウの私を抱きしめる腕は一向に緩まない。

 かなり心配をかけてしまったみたいだし多少はこんな風になるのも仕方ないのかもしれないけれど、とりあえずメノウを落ち着かせないと。


 私はなんとか動く肘から下の部分をメノウの背中に回して、ぽんぽんと叩いてあげた。


「……大切な友達だと、言ったではないか。私の手の届かないところに、一人で行くな」

「………」


 ……メノウ、声、震えてる。


 前にも思ったけれど、メノウは私がいなくなるのをすごく怖がっているよね。

 ……アイリスを目の前で亡くしたこと、まだひきずっているのかな。


 それなのに、目の前で私が急に消えたんだもん、メノウはとても驚いただろうな。


 あの時私はすぐにメノウを呼んでみたけれど、メノウはそばに来なかった。

 あそこでは従魔の契約が有効じゃなかったのだとしたら、きっと私がどんな状態なのかもメノウはわからなかったよね。


 私も不安だったけれど、下手をするとメノウの方が不安だったのかもしれない……。


 私はメノウの背中を軽く叩いていた手にぎゅーっと力を込めた。

 すると少しだけメノウの力が緩んだので、なんとか言葉をかけることができた。


「メノウ、心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

「………」


 大丈夫だと伝えても、反応がない。

 そんなにすぐには安心できないのかな。


 どうしよう、と考えていると、ようやくメノウが少しだけ体を離した。


「……誰が、お前をさらったのだ?」

「え」


 いつもより低いメノウの声が聞こえて、ぱっと顔を上げる。

 私はぴしりと固まった。


 うわあ、メノウ、顔がとても怖いですよ?

 眉間のシワがすごい。そして戻る気配がない。


 ど、どうしよう。

 メノウの雰囲気がなんだかとても危険だ。

 目が据わっているし、ぴりぴりした空気を放っている。

 初対面の人が今のメノウを見たら、きっと逃げ出したくなると思う。


「お前をさらったのは誰だったのだ。私が今すぐ始末してくる」

「!?」


 ひいっ!? もう、メノウはなんでいつもそんな物騒なこと言うの!


 魔王の仕業だったなんて絶対に言えない。

 今のメノウは、相手が魔王だとしても向かっていってしまいそうだ。無謀すぎる。


「メノウ、落ち着いて。私は無事だし、そんなことする必要ないから!」

「なぜだ。人間のルールでは罪を犯した者に罰を与えるのは当然なのだろう? 魔王だろうが天王だろうが私が必ず始末してやる」


 は、犯人にほぼ見当がついてる! なんで!?


 いくらメノウでも、魔王であるレイさんを懲らしめるのは難しいと思うの。

 だって魔王って、悪魔と悪魔族を統べる存在だってレイさんは言っていた。悪魔族のメノウが簡単に勝てる相手じゃないはずだし、戦ったらきっとメノウはケガをしたりそれ以上悪いことになる可能性が高い。


 レイさんはメノウに興味があるみたいだったからメノウには攻撃しない可能性もあるけれど、そもそもそんな危険なことはしてほしくない。


 よし、ここは正面から説得するしかない!


「メノウ、そんなことしなくていいよ。私は何ともないし、それにそのどちらかが犯人だとしたら、人間のルールに従わせることは難しいんじゃないかな。ほら、相手は自然界の王様なんだよ?」

「私とて悪魔族だが、人間たちは人間の法を以て私を罰しようとしていたではないか。人間ではなくともその土地で法を破り人間に対して危害を加えた者は罰されるべきだからではないのか?」


 うぐっ。


「拉致監禁は立派な罪だろう。ましてやナディアは公爵令嬢だから、犯人は死刑で何も問題ないはずだ」


 うぐぅ……っ。確かに……?

 いやダメだから! 魔王に死刑とかきっと無理だから! 私が論破されてどうするの!


「おい」

「!」


 フィル!


 フィルがメノウに声をかけてきた。

 一緒に止めてくれるの?

 怒ってると思ったのは気のせいだったのかな?


「なんだ、おま……」

「いいから聞け」


 フィルは私と周囲に聞こえないように小声でメノウに何か耳打ちをしている。


 ……? 何を言っているんだろう?


 始めは鬱陶しそうに顔をしかめていたメノウもだんだんと聞く耳を持っていき、最後には二人でこくりと頷き合った。


 なんだか二人とも悪い顔をしているような気がするんだけど……というか、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう?


 そして話が終わると、メノウはぱっと私に顔を向けた。


「ナディア、無事で本当によかった。これからはこんなことがないよう、空間的な干渉も防ぐ魔術具を急いで作ってやるからな」


 あれ? メノウが仕返しを諦めてくれた?

 フィルは何て言ったんだろう。


 魔術具で思い出したけれど、そういえばメノウがくれた防御の魔術具についてお礼と文句を言いたかったんだった。

 助かったけれど、あれはちょっと強力すぎるよって。


 でもそれを言うと、相手に攻撃されたことを伝えてしまうようなものだ。

 そうしたらきっとまた怒り出しそうだから、それはまたの機会にしようかな、うん。


 だから、今は普通にお礼を言おう。


「ありがとう、メノウ。私、さらわれたって気づいた時、一番にメノウのこと呼んでたの。呼んだらいつでもそばに来てくれるってこと、知らないうちにすごく頼もしく思ってたみたい。私と契約してくれて、ありがとう。これからもよろしくね」

「!」


 私がそう言うと、メノウが嬉しそうにフッと微笑んだ。


「「!!」」


 周囲になぜか一瞬衝撃が走った。


 ? なんだろう。


 あ、もしかしたらメノウの笑顔が珍しいのかな? メノウはあんまり人前で笑わないもんね。


「私も、あの時お前と契約してよかった。お前といると、私は色々なことを感じる。喜びも、驚きも、不安も、焦燥も。お前がいるから、感じることができるのだ。ありがとう、ナディア。今回は私が助けに行くことはできなかったが、どこにいてもいつでもお前の声に応えられるよう、私はさらに研鑽を積むとしよう。……またな、ナディア」


 メノウは私の頭を撫でて、いつものように闇色の空間へ消えていった。


「あああ!?」


 突然の大声に驚いてそちらを振り向くと、ビシャス様がショックを受けているような顔でメノウが消えたところを呆然と見ていた。


 ……もっとメノウとお話したかったのかな。

 メノウは人気者だね。


 私はぱっとそばにいたフィルを見上げた。


「フィル、メノウを止めてくれてありがとう。でも、メノウに何て言った……の?」


 あれ? フィルの様子がおかしい。


 フィルはまるで何かを企んでいるような笑顔でこちらを見ている。


「後で十倍ね、ナディア」

「へ?」


 いきなり何を言い出すのか、と首を傾げると、フィルはにっこり笑って、ぎゅっと腕を何かを抱きしめるような形にした。


 ……抱きしめる? 十倍って……はっ!?


「え、あの、フィル?」

「あいつの十倍するって、約束したもんね?」


 うっ……そ、そうだった。だからフィルはメノウが私を抱きしめるのを、大人しく見ててくれたんだね……。


 ……でも、なんだか前よりも、フィルに抱きしめられることに抵抗がなくなっている……というか、私ももっとフィルにぎゅってしてほしいって、思ってしまっている。

 フィルともっと一緒にいたいし、もっとお話したいし、もっとくっついていたいな。


 もしかしてフィルも、そうなのかな。


「……うん。後でね」

「!」


 ちらりとフィルを見ると、かなり驚いたような顔をしていた。


 ……そ、そんなに驚かなくても。


 フィルが嬉しそうにふわりと笑う。

 私も嬉しくなって、うるさく鼓動する胸をぎゅっと押さえた。


 そして、帰ってくるなりメノウが突撃してきたから後回しになってしまっていたけれど、ようやく私はお養母様たちと向き合った。


「皆様、ご心配をおかけ致しました」


 苦笑混じりだけれど、なんとか微笑んでみせる。


「ナディア様っ!」


 ずっと我慢していたのが爆発したみたいに、がばりとローナに抱きつかれた。


「ローナ!?」

「ナディア様、ナディア様! ご無事でよかったです……!」

「………」


 涙声で少し震えているローナをぎゅっと抱きしめる。

 ローナにもだいぶ心配をかけてしまったみたいだ。


「心配したわ、ナディア。無事でよかった」

「!」


 お養母様にも、ローナと二人まとめて包み込むように腕を回された。


「………」


 ……お養母様にこんな風に抱きしめてもらうの、初めてだ。


 お養母様の腕の中はとても温かくて、愛情がじわりと心に染み渡っていくみたいだった。


 初めてお会いした時からとても気さくで優しい方だったけれど、お養母様はこの国の元王女様なのだ。


 書類上母になってくれたとはいえ、アリアナたちのようには甘えちゃいけないと、線引きしていたところがあったけれど……たまになら、こんな風に甘えてもいいのかもしれない。


「お養母様、ローナ、心配かけてごめんなさい」


 私もちょっと涙声になってしまった。

 お養母様は私たちを抱きしめながら、私の頭を撫でてくれた。


「ナディア様、ご無事でよかったです。メノウ殿がいきなり殿下を連れてきたことにも驚きましたが、本当に殿下が精霊王の元へ赴き、ナディア様を連れて戻ってくるとは……! とても素晴らし……あ、いえ、最高……んん、貴重な瞬間に居合わせることができました。お茶会をしていただけなのにこのような事件に巻き込まれ、そして何事もなかったかのように戻られる……さすがはナディア様ですね!」


 ……アゾート先生はやっぱりちょっと言っていることがよくわからないね。私がさらわれたというのに、素晴らしいとか最高とか言ってるし。いや、無事だったし別にいいんだけれど。

 出そうだった涙が一瞬で引っ込んだよ。


 その横で、ビシャス様はまだがっくりと肩を落として嘆いていた。


 フィルがメノウに何を言ったのか、ナディアが知ることはありませんのでここでネタバレ。

 フィルは、犯人が魔王であることと、ナディアが言っていた魔王のしたこと、そしてやるならナディアに言わずこっそりやればいいのだと教えました。

 メノウはいつも素直にナディアに報告していましたが、フィルのせいで隠すことを覚えました(笑)

 きっといつか魔王に何かしら復讐しようと目論んでいます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ