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追憶(side精霊王)

 二人が帰ったあと、僕はなんだかとても満ち足りた気分だった。


 もしかしたら、昔ルトの身体を奪う形になってしまったことがずっと心に引っ掛かっていたのかもしれない。


『俺は来世で……好きな人に好きになってもらうんだ』


 これはルトが言っていた言葉だ。

 そう言って、ルトは僕のため……いや、アイリスのために消えていった。


 僕を人間にして、愛するアイリスと結婚させるために。


 いくら愛する人のためだと言っても、自分の身を本当に差し出すことができる者はそういない。


 あの時のルトの決断が生んだ結果が、僕たちにとって最良であったとは今でも思っていない。

 でも、あの子の愛情深さを、僕は尊敬している。

 僕に愛を教えてくれたのは、アイリスとルトなんだ。


 でもまさか、ルトの生まれ変わりであるフィルハイドが、アイリスの生まれ変わりであるナディアと想いを交わすことになるなんてね。


 ルトがあの時願っていたことを、生まれ変わってから本当に叶えられたのだとしても……ルトの悲しい過去が消えるわけでも、僕のひどい行いがなくなるわけでもないのはわかっている。


 それでも、今は少しだけ、救われたような気分なんだ。


 ……本当によかったね、フィルハイド。


 僕は目を閉じて、しばし過去に思いを馳せた。


 ……感傷に浸るのは、ここまでにしよう。

 まだ少し、やらなくてはならないことがあるからね。


《やあ、魔王。久しぶりだね》

【………】


 先ほどナディアが現れた場所へと語りかける。まだ向こうと繋がっているはずだから魔王と話をしようと思ったのだけれど、向こうからの返事はない。


 でも気配はするから、聞いてはいるんだろうな。


 魔王と話すことは滅多にないけれど、大昔に神様に同時に創られた仲だ。大体の性格は把握している。


 あまり長話をしたい相手ではないけれど、言いたいこともあるし、今はちゃんと話をしないとね。


《君の楽しみの邪魔をしてごめんね。でも、もうナディアに迷惑をかけるのはやめてあげて欲しいんだ。あの子は、僕の大切な子だからね》


 そう言葉をかけてしばらく待ってみると、魔王のとても苛々したような声が返ってきた。


【……どいつもこいつも、あんな能天気なちんちくりんのどこがいいってのよ。人間なんてみんな汚い欲の塊の癖に、表面ばっかり取り繕って鬱陶しいったらないわ】


 ……相変わらずひねくれているなぁ。


《僕だって、人間はみんな好きというわけじゃないよ。でもね、あの子の魂はあったかいんだ。君も感じたでしょう?》

【……生温くて反吐が出るかと思ったわ】


 まあ、魔王は静かで寒々しい空気を好んでいるようだからね。

 僕たちの泉はそれぞれが過ごしやすい空間になるよう創られているから、泉の雰囲気を知れば好みも知れる。


 魔王には、ナディアの温かさは気にくわないのかもしれない。


 僕も魔王の泉のようなどこか寂しくなるような空気は好きじゃないし、相性の問題もあるんだろうな。


《僕はあの子のあの温かさが好きなんだ。メノウもきっとそうだと思うよ?》

【………】


 メノウのことを持ち出すと、魔王は黙り込んでしまった。


《君もメノウのことが好きなら、ちゃんと彼と話をすればいいのに》

【はあ!? 馬鹿じゃないの! あたしが誰を好きですって!?】


 聞いたこともない大声ですぐに反論が来た。

 うーん、大音量。

 確証はなかったからちょっとかまをかけてみたけれど、これは確定かな。


【あのね、一時でも人間と番になった変わり者のあんたと一緒にしないでくれる? あたしは魔王よ。そもそも誰かを好きになるなんて感情は持ち合わせていないのよ!】

《元々は僕もそうだったよ。でもね、それは新しく生まれてくるものなんだ。大体、君は僕よりもずっと前から、すでにその気持ちを持っていたはずだよね?》


 そう指摘すると、繋がりから凄まじい怒気が溢れてきた。


【……あんた、何か知ってるの?】

《そうだね、君が何千年も前に、一人の人間を気にしていたことがあるのは知っているよ》

【……!】


 ぐわっと、悪魔の魔力がこちらへ侵入してきそうになるのを抑え込む。


 ああ、やっぱり触れられたくない部分だったかな。


【あんた……それ誰かに言ったら消滅させてやるからね……!】

《そんなことはしないから落ち着いて。でも、いくらメノウが彼の子孫で容姿も似ているからって、何も知らない彼に嫌がらせばかりするのはさすがにどうかと思うよ》

【うるさいッ! あたしが何をしようが、あんたに咎められる覚えはないわよ!!】


 ものすごい剣幕で怒鳴られる。

 うーん、僕もあんまり言いたくはないんだけどね。


 彼女は昔、暇をもて余して気まぐれに人間の体を乗っ取り、外界へ出た。そして、一人の人間と親しくなった。


 それは若い男性だった。

 魔王にとっては、ただの気まぐれで相手をしていただけ。

 けれど、彼は魔王に恋をした。

 そして想いを伝えたけれど、魔王はそれを笑って一蹴した。


 傷ついた彼は魔王と距離を置き、結局他の人間と結婚した。

 その後彼の子孫が何の因果かどこかで悪魔族と交わり、隔世遺伝によって彼の容姿を引き継いでしまった悪魔族のメノウが生まれた。


 そして魔王は、メノウの存在を知ってからずっと、彼を観察し続けているらしい。


 元々知っていたこととさっき小精霊たちが教えてくれた情報を掛け合わせてみたところ、ざっとした事情はこんなところだろう。


 魔王はいい加減、一人の人間を好きになった事実を認めて素直になればいいのにと思う。


 今は彼に似たメノウが気になって仕方ないんだってこともね。


《単純なアドバイスだよ。気になるなら話しかければいいのにって。意地悪ばかりして反応を見たりしてないで》

【黙りなさい。あたしは三千年前の人間のこともメノウのことも、なんとも思ってないわ。むしろあの顔を見ると腹が立つの。だからちょっとからかってやっただけよ!】


 ……君がしっかり三千年前だと覚えているだなんて、君の中で彼が特別だったと言っているようなものじゃないか。


 それに、顔を見ると腹が立つだなんて、ひねくれた君の好意の裏返しでしかないと思うけどね。そもそも何とも思っていないなら関わらなければいいだけの話だ。


 やれやれ、メノウは厄介な存在に目をつけられたものだ。望んで魔王と親しかった人間と同じ外見に生まれたわけでもないのに。少しメノウに同情するよ。


 でも、メノウを揺さぶるためだけにナディアに迷惑をかけるのはやめてもらいたいんだよね。アイリスの魂を持つナディアのことも、僕は大切に思っているから。


《君が自分の気持ちを認めないのも好き勝手に振る舞うのも僕は何も言わないよ。でも、今後ナディアに迷惑をかけるなら僕も黙っていないから。それは覚えておいてね?》

【……! なによ、あんな子、あたしだってもう近づくのはごめんだわ。いい子ぶった態度が癪に障るったらないもの。あんたもメノウも、どうかしてるわ!】


 その言葉を残して、ザアッと散るように向こうとの繋がりが消えていった。


 ……ふう。

 これでもう、魔王がナディアに何かすることはないかな。


 そもそもフェリアエーデンにおいて、僕の加護があるナディアに物理的に手出しできる存在はほんの一握りだ。まさかその一人である魔王に連れ去られるとは、今回はついてなかったね。


 人間の理の中では色々困った干渉をされるだろうけど、それはきっとフィルハイドが守ってくれるだろう。それはもう、きっと命懸けで。


 そんなフィルハイドの姿を想像して、思わずフフッと笑みがこぼれる。


 僕は、ルトがいなければきっとアイリスと結婚することはなかっただろう。

 僕は精霊王。いくらアイリスを好きになったからといって、人間の営みに介入するつもりは全くなかった。


 だから、十数年という短い時間ではあったけれど、僕が人間としてアイリスと幸せに過ごせたのはルトのおかげなのだ。


 ……これがルトへの恩返しになるかどうかわからないけれど。


 今度は僕が、二人が幸せに過ごせるよう見守ろう。


 それが僕の、幸せでもあるから。

アイリスと精霊王とフィルの前世の少年ルトのお話が目次の上部にある「精霊の国シリーズ」リンクから読めますので、気になるなぁ~と思ってくださった方は是非読んでくださいませ!

ほとんど精霊王がネタバレしてますが(笑)

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